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ハナコで注目、トリオ芸人の演劇的笑い「第三世代」のマグマ噴き出す
ジャズメンが源流の「ハナ肇とクレージーキャッツ」を筆頭に、かつてコントを披露するメンバーは5人以上が常だった。演芸ブームなどを経て、お笑いが細分化されるなか生まれたのが3人組のトリオだった。てんぷくトリオ、コント赤信号、ダチョウ倶楽部から、近年、注目のハナコへ。演劇的な構造を持つコントという強みを活かして新たな笑いのスタイルを切り開いたトリオ芸人たちの系譜をたどる。(ライター・鈴木旭)
ハナ肇とクレイジーキャッツがテレビスターとなった1960年代、お笑い界はもう1つの路線が盛り上がりを見せていた。芸人のネタを次々と放送する演芸番組が好評を博した「演芸ブーム」だ。いわゆるネタ番組ブームである。
それまで、演芸の世界で花形といえば落語家だった。漫才やコントは、色物(いろもの)と呼ばれていて“脇の芸”という見方が強かった。しかし、お笑いがテレビでの地位を確立すると、人気は徐々に逆転しはじめる。こうした流れの中で、「てんぷくトリオ」「トリオ・スカイライン」をはじめとする“トリオブーム”も生まれた。
トリオはピンやコンビに比べると、ツッコミ・小ボケ・大ボケのように役割のバリエーションが増え、演劇的な設定やストーリー展開を活かしやすい特徴がある。そのため、お笑いの世界だけでなく、お芝居の世界で存在感を発揮するなど活躍の場が広がった。
1980年には、コント赤信号が『花王名人劇場』(東阪企画・関西テレビ)でテレビデビュー。同時期にヒップアップが『THE MANZAI』(フジテレビ系)で青春コントを披露して人気を博している。
1980年代後半になると、「お笑い第三世代」ブームが起きてダチョウ倶楽部がブレーク。1990年代に入るとネプチューンやロバートなど、2000年以降は東京03をはじめ、ジャングルポケット、パンサーなど、芸人の絶対数が飛躍的に増加したのと比例してトリオも増えていった。
先に触れた「お笑い第三世代」だが、実は小劇場演劇の「第三世代」から名付けられたと言われている。
演劇界でいう「第〇世代」とは、劇作家・演出家のことを指す。学生運動の盛んだった1960年代に演出家の思想を大きく反映した、寺山修司・蜷川幸雄などが第一世代。1970年代にエンターテイメント性を高めた、つかこうへい・山崎哲といった面々が第二世代。1980年代に入ると、言葉遊びや時空が飛躍する世界観を特徴とした、野田秀樹・鴻上尚史ら第三世代が生まれた。
第三世代が活躍した時期は、SFやファンタジーが大衆に浸透していった時代だ。とくに映画は豊作で、1970年代後半には、『スター・ウォーズ』『スーパーマン』が、1980年代初頭には『ブレードランナー』『E.T.』が公開。日本でも1983年に『時をかける少女』、1988年にアニメ映画『AKIRA』、1989年に『鉄男』といった作品が登場している。
1996年に刊行されたキネマ旬報臨時増刊『押井守全仕事』のなかで、先述の鴻上尚史はもっとも好きな作品として、“夢の世界”をモチーフとしたアニメ映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年公開)を挙げている。
「映画で、俺達が演劇でやろうとしていることをしている人がいる」と当時の驚きを語っているところを見ると、演劇の「第三世代」にも少なからず影響を与えたことは想像に難くない。
第三世代の劇団は若者から支持を集め、小劇場ブームを巻き起こす。1990年代は、平田オリザ、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、松尾スズキなど現在も人気の面々が活躍。2000年代以降は、岡田利規・三浦大輔・柴幸男といったリアルでミニマルな表現が支持された。
お笑いの「第三世代」の流行も、演劇界と同じように進んだ。日本経済の浮き沈みに比例して、コントのセットは変化していく。
バブル絶頂期は豪華な美術セットを構えたが、実体経済が下降しはじめると簡素になり、照明や音、身体で時間や空間の違いを示すことが多くなった。
不景気の長期的な停滞は、スタイリッシュなコント表現を後押したと言っていいだろう。
現在、トリオで活躍するコントグループの中で、特に注目を集めているのが、キングオブコント2018王者・ハナコの菊田竜大(32)、秋山寛貴(28)、岡部大(30)だ。
ハナコのネタには、これといった型というものがない。しかし、多くのコントはショートショート(SFやミステリーなどの短編小説)のような「ファンタジー要素」をまとっている。ここに「第三世代」からの流れを見ることができる。
キングオブコント2018でも披露し、もっとも知られているコントが「犬」ではないだろうか。犬のコスチュームを着た岡部が飼い主の秋山を部屋で待っている。部屋へと近づいてくる飼い主の足音を察し、テンションの上がる岡部。この時、「絶対そうだ!」と犬の思いを口にするのも斬新だ。
秋山がドアを開けて入室した後、友人の菊田がやってくる。はじめて見る菊田に人見知りする岡部。飼い主とじゃれ合いたいのに、菊田がいるためにできない。その気持ちの揺れを岡部は語り続ける。そこに、音の出る犬用の玩具が投げられる。犬の習性から、岡部の意識はそちらに向いてしまい、それを見て秋山と菊田は再び外出する、というワンシチュエーションコントだ。
設定そのものはシンプルだが、犬の目線で進行するコントは珍しい。動物を演じるにしろ、従来であれば鳴き声や動き、あるいは動物が毒を吐くといった“ギャップ”で笑いをとっていた。「犬」には、そうした人間の“雑味”がない。奇をてらわない日常のファンタジーという視点が新しかった。
そのほかにも、ハナコには「捕まえて」「おじさん虫」「タイムワープ」など、ショートショートを思わせるネタが多い。また、日常の設定であっても、ネタの切り取り方がユニークなものばかりだ。
私は、あるインタビューでハナコの3人に「幼少期に見ていたバラエティ番組は?」と質問をしたことがある。すると、ネタをつくっている秋山と岡部が共通して口にしたのは『笑う犬シリーズ』(フジテレビ系・1998年~2003年終了)だった。ウッチャンナンチャンをはじめ、ネプチューンや中島知子(元オセロ)、ビビる大木らが出演していたコント番組だ。
「小須田部長」「ミル姐さん」「生きる(テリーとドリー)」など、コントに登場する親しみやすくも突飛なキャラクターが根底に染みついているのだろう。
ハナコのスタイルは、少し時代を間違えれば、設定や時間軸についていけない観客も多かっただろう。その下地を作った「お笑い第三世代」には、コント番組の最盛期を築いた顔ぶれが並ぶ。
代表的な芸人コンビは、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンだ。しかし、コント番組の質という意味で2つに分けられる。パロディを得意としたのが、とんねるず、ウッチャンナンチャン。オリジナルを得意としたのがダウンタウンだった。
ダウンタウンとウッチャンナンチャンの共演で話題となった『夢で逢えたら』(フジテレビ系・1988年~1991年終了)では、「いまどき下町物語」という日常コントのなかに、松本人志扮する蛇人間の警官・ガララニョロロが登場する。赤塚不二夫らギャグ漫画家の影響こそ感じるが、元ネタのない架空のオリジナルキャラクターで笑いをとるスタイルが実に斬新だった。後のハナコにつながる「ファンタジー」を思わせる時代の流れが見て取れる。
同番組の終了直後に、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系・1991年~1997年終了)がスタート。松本人志の独創的な世界観がコントの常識を変えていった。約6年で打ち切りとなった『ごっつええ感じ』の流れを引き継いだのがウッチャンナンチャンを中心とした『笑う犬シリーズ』だった。
それまで、パロディが多かったウッチャンナンチャンだが、『笑う犬シリーズ』ではオリジナルコントを中心に制作されている。脚本家・宮藤官九郎が途中参加するなど、コント作家陣が充実していること、また多くの芸人や女優が参加していることで、コントの幅を広げやすかった側面もあるだろう。
ただ、『ごっつ』と『笑う犬』のどちらにもさずさわった演出家・小松純也氏は、『ザテレビジョン』のインタビューのなかで「(『ごっつ』では)作家さんたちが書いてきたコントの設定を、ADの僕が『どうですか?』と松本(人志)さんにプレゼンして、それを話の入り口に、松本さんがコントのアイデアをどんどんひねり出していく…(中省略)。(フリーディレクターだった故・星野淳一郎さんとは別に)ダウンタウンさんもまた、僕にとっては師匠のような存在」と語っている。
やはり、オリジナルコントを中心に番組を制作する流れをつくった松本人志の影響は計り知れないものがある。
往年のコント番組を見てきたであろう、現在活躍するお笑いトリオたちだが、それぞれの特色はだいぶ違っている。
サラリーマンの設定が多く日常の機微を笑いに変える東京03、多種多様な設定といびつなキャラクターで魅了するロバート、ボケのコントラストと巧みな構成力が冴えるジェラードンなど、同じコントでも別ジャンルと思えるほどに幅が広くなった。
そのなか、ハナコは絶妙な配分でファンタジーをコントに取り入れた。そのほかの芸人が「キャラクター」に集約するのに対して、ハナコは「設定」「時間軸」にその要素を導入した。料理で例えるなら「食材」に重きを置くのではなく、「調味料」「香辛料」にこだわったつくり方だ。コントの細分化が進んだことによって、1980年代に生まれた「第三世代」のマグマが、ここにだけ顔を出したような現象と言える。
気付いたところで、なかなか真似できないコントなのである。今後、ますますコントは細分化されていくだろうが、ハナコのようなスタイルはしばらく現れないだろう。
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