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岡江久美子さんの死にショック「がんママカフェ」閉鎖中の今

不安を打ち明けられる場、どこに?

井上文子さんが乳がんの手術から3カ月後、家族と「ぷらっと行った」という富士急ハイランド。がんママたちに共通する悩みは、治療と子育てを切り離して考えられないことだ=井上さん提供
井上文子さんが乳がんの手術から3カ月後、家族と「ぷらっと行った」という富士急ハイランド。がんママたちに共通する悩みは、治療と子育てを切り離して考えられないことだ=井上さん提供

目次

がん患者同士が助け合う、草の根のピアサポートをしてきた「がんママカフェ」が、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため休止しています。医師や家族にも話せない胸の内を明かせる場が突然なくなり、孤立が進んでしまう心配が生まれています。がん治療をしていた岡江久美子さんの死にショックを受けている参加者も少なくありません。「医療崩壊」や「休業補償」に人々の目が集まる中、社会的弱者を支える取り組みをどう支えていくべきか。主宰者の話から考えます。

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がんママカフェ初期の頃、終わってから雑談中の井上文子さん(右奥)たち=井上さん提供
がんママカフェ初期の頃、終わってから雑談中の井上文子さん(右奥)たち=井上さん提供

参加者は「治療中のママが8割」

多摩ニュータウンにある小田急電鉄の唐木田駅を降りて坂道を上っていくと、住宅街に1軒のカフェがあります。

ここ「カフェ・ド・スール」で毎月1~2回、看板も出さずにひっそりと開かれていたのが「がんママカフェ」です。

乳がん経験者の井上文子さんと、乳がん治療中でカフェを夫婦で切り盛りする田原愛子さんが立ち上げました。街に溶け込むスタイルを大切にしたいという理由から、開設から3年間、取材を断られ続けてきましたが、2018年2月に初めて記事として紹介することができました。以来、筆者は定期的に話を聞いていました。

ピアサポートなど似た取り組みは、全国各地のがん拠点病院や患者会などをベースに取り組まれていますが、「がんママカフェ」は、誰にも気付かれないかたちで普通の住宅街にあるカフェで友人と会うような日常の延長線上にあることを大事にしています。

そんな雰囲気が評判を呼び、子育て中でがん治療をするママたちが周囲に気兼ねをせずに不安や悩みを打ち明け、支え合う場として輪が広がり、東京23区、八王子市といった「知り合いに会わないちっと離れた」地域や神奈川県など東京都外からも人を集めていました。

当事者だから分かることも、寄り添えることもある(右が井上文子さん、左が田原愛子さん)
当事者だから分かることも、寄り添えることもある(右が井上文子さん、左が田原愛子さん)

「守れる保証ができない」

しかし、「がんママカフェ」は2月10日を最後に、開催を見合わせたまま3カ月が過ぎました。理由は新型コロナウイルスの感染防止です。参加者は治療などによって免疫力が低下しているため命のリスクがあるからです。参加者は予後がいい患者だけではありません。

「参加者のうち、今も治療中のママは8割います。誰よりも感染のリスクについては気をつけていかなければなりません。行き帰りも含めて私たちには守れる保証ができないということで3月は中止しました」

カフェのオーナーである田原さんからは、店の定休日に「がんママカフェ」を開く提案もしてもらったそうですが、4月7日に政府が「緊急事態宣言」を出したことで立ち消えに。「5月にはできるかな?」と思っていましたが、5月も中止を決めました。

手術から3カ月後、「ぷらっと行った」という富士急ハイランドでの井上さん親子=井上さん提供
手術から3カ月後、「ぷらっと行った」という富士急ハイランドでの井上さん親子=井上さん提供

「不安をはき出すところがなくなってしまった」

「がんママ」といっても人によって置かれた環境は異なります。がんの種類、進行状況、治療方法、家族を含めた状況も違います。東京では電車で1時間ほどかけてがん拠点病院で治療をする患者は珍しくありませんが、車を持っていない人もいます。

毎回、新規の人も含めて10人から20人が集まっていた「がんママカフェ」。医師や看護師には相談できない、がんとともに暮らしていく中での不安や悩みが日常の言葉で話されていました。病院内の会議室などの部屋とは違う場が、患者という立場を意識させない自然な空気を生みだし、子育て世代のがん患者に共感の輪を広げていたのです。

井上さんはいま、かつてないほど、がんママたちの不安が高まっていると感じています。

「これまで個別の相談を受けることはしてきませんでしたが、この状況の中では個別に支えることが必要な人たちも生まれています。病院に行くのも電車に乗るのも怖い、だけど人とつながりたいとみんな思っています。止めどもない不安です」

参加者の一人からは「『がんママカフェ』がなくなって不安をはき出すところがなくなってしまいました。早く再開してほしいけれど、いまはがまんするしかないですよね」と言われたこともあるそうです。

「子どものため」。やっとウィッグを外すことができた頃、北海道旅行に行った井上さん親子=井上さん提供
「子どものため」。やっとウィッグを外すことができた頃、北海道旅行に行った井上さん親子=井上さん提供

「がんママカフェ」の場を提供していたカフェも危機

会場を提供してきた田原さん夫婦が経営する「カフェ・ド・スール」も、「緊急事態宣言」を受けて時短営業となり、お客は激減しています。お茶代だけで会場を提供してくれていたカフェの危機も同時に訪れています。井上さんら近くに住む参加者の一部が、テイクアウトの商品を買いに行き、細々と支援を続けています。

また、井上さんは時々、体調不良に加え、不安が重なりなかなか動けないでいるがんママの一人に、体調不良でも食べやすい食事に手紙を添えて宅配便で送っています。

「食べられなくて、気分がめいっているがんママもいます。在宅勤務になったパパも十分なサポートができずに戸惑っている家族もいます。そんながんママたちともつながりを大切にしていきたい」

LINEで返ってくる「がんばろうと思います」が、井上さんの志を支えています。

「がんママカフェ」のfacebookページ
「がんママカフェ」のfacebookページ

岡江久美子さんの死の衝撃

若いがんママから「『がんママカフェ』をオンラインでできないでしょうか」という提案もありました。在宅ワークで使われるインターネットのテレビ会議システム「ZOOM」を利用する案ですが、井上さんら運営スタッフは当初ちゅうちょしていました。誰も知らない街のカフェで、リアルに会う場だからこそ、がんママたちの共感を得て本音を言っていい場として受け入れられていたと考えたからです。

再開のめどが立たない中、4月23日、昨年末から今年2月にかけてがん治療をしていた女優の岡江久美子さんが新型コロナウイルスによって亡くなったニュースが流れ、がんママカフェの参加者に衝撃を与えました。井上さんのLINEやメッセンジャーには、参加者から個別のメッセージが相次ぎました。

「自分が通院している病院はコロナの患者を受け入れているけど、これからどうしよう……」

「怖くて病院に薬も取りに行けない」

「これから治療に行かないといけないけどどうしたらいいの」

医師の判断や指示を受けずに治療を中断したり、先延ばしにしたりすることがよくないことだとわかっていても、通院や感染に対する不安や心配はなくなりません。

日本放射線腫瘍学会は4月25日、テレビの情報番組などで放射線治療を2月にしていたことが強調されたことを受け、「がんの放射線治療後の免疫力について」(https://www.jastro.or.jp/customer/news/20200425.pdf)という声明を出しています。

声明では「早期乳がん手術後に行われる放射線治療は、体への侵襲が少なく、免疫機能の低下はほとんどありません」と、がん患者の動揺を抑えようとしています。

がんはいま、2人に1人がかかる時代です。岡江さんは事務所の所属発表によると「初期の乳がん」でした。乳がんは一般の人たちにも知られているように5年生存率はとても高い病気です。

国立がん研究センターの「がん診療連携拠点病院等院内がん登録生存率集計」では、女性の乳がん全体で5年相対生存率が92.2%、「ステージI」なら99.8%、「ステージII」なら95.7%です。

いまや治療をすれば日常生活に戻れるがんのため、大きなショックを受けた患者も多いのです。

特に乳がんは外科治療や放射線治療のほか、多くの治療薬が開発され、また乳房再建の保険適用も行われてきたことから、患者も検診などで早期に見つかって治療をすれば怖くない病気とされてきました。もちろん、薬による副作用や予後が悪い乳がんもあります。

井上さんもがんママたちの止めどもない不安を受け、考え方が少し変わってきました。

「こんなに不安があって、オンラインの『がんママカフェ』を開くことで和らぐならやってみてもいいのかな」
「がんママカフェ」を主宰する井上文子さん(左)と田原愛子さん。2人とも乳がん経験者だ=提供写真
「がんママカフェ」を主宰する井上文子さん(左)と田原愛子さん。2人とも乳がん経験者だ=提供写真

「救える命を救う」とはコロナの感染者だけではない

がんママカフェの現状からは、声を出せない中で不安が募っている社会的弱者がたくさんいるという現状が浮かび上がります。

医学的な不安や疑問については、日本癌治療学会、日本癌学会、日本臨床腫瘍学会が合同で作成した「がん診療と新型コロナウイルス感染症 Q&A」(サイトはこちら)が随時更新されています。「多様な情報が流れる中、混乱を招かないように」との考えからです。

新型コロナウイルス対策を最優先に進めることに異論はありません。しかし、東京都内でがん治療を多く手がけてきた病院の中には、新型コロナウイルスの感染者の治療に当たるため、他の手術が延期されたり、遠方の病院に医師が出張して手術を行ったりするなどといった苦渋の選択をしているところもあるそうです。

5月14日に安倍晋三首相が記者会見をし、39の県で緊急事態宣言が解除されました。東京でも新規感染者数が減少していますが、新型コロナウイルスの流行の第2波、第3波を防ぐには長期戦にならざるをえません。このことを考えると、改めて「救える命」は何かを考えさせられます。

がん治療をするある外科医は「『救える命を救う』とはコロナの感染者だけでなく、コロナ以外の患者でも同じことなんだよね」といいます。

そして長期戦になればなるほど、外出自粛で孤立化した時間が長くなり、「がんママカフェ」のようなピアサポートの存在が重要になります。現在、閉鎖しているカフェも、感染対策に注意したうえで再開できるような、何かしらのサポートが必要だと感じます。

ウイルスとの共生を覚悟しなければならない時代。封じ込めと同時に、これまで社会的弱者を支えてきた社会機能の維持も考えていかなければならないと思います。
 
【関連リンク】「がんママカフェ」のfacebookページ
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