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連載

#3 #おうちで本気出す

片手袋研究家の「楽しい呪い」15年で5千種類、見つけたら絶対撮影

片手袋、そこには見知らぬ人の「優しさ」すら見える

あなたもきっとどこかで見たであろう、路上に落ちている軍手
あなたもきっとどこかで見たであろう、路上に落ちている軍手 出典: 石井公二さん提供

目次

新型コロナウイルスによって外出自粛が続く中、散歩が貴重な気分転換になっている人もいるかと思います。自分に向き合い、その道を極めたマニアの生き方は、不安な日々を少しでも前向きにしてくれる気づきに満ちあふれています。道端に落ちている片一方だけの手袋。そんな哀愁さえ感じられる「片手袋」を15年間写真に撮り続け、研究している人がいます。片手袋ひとつでこれまで見ていた風景はより立体的に感じられ、実は「見えていなかった」ものが浮かび上がってきました。マニアが行き着いた境地について語ってもらいました。
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#おうちで本気出す
あなたもきっとどこかで見たであろう、路上に落ちている軍手
あなたもきっとどこかで見たであろう、路上に落ちている軍手 出典: 石井公二さん提供

15年間で5千種類撮影、片手袋研究とは

2005年から片手袋を研究しているのは、「片手袋研究家」の石井公二さん(39)。15年間の研究の中で、撮影した「片手袋」の数はなんと5千種類以上に及びます。この記事を読んているあなたが気付かぬうちに落としていた手袋も、撮影されているかもしれません。

まず、「片手袋研究」とはどんなことを行っているのでしょうか。石井さんは「わかりやすい手法でいうと、片手袋の『分類』を行っています」。
「落ちている手袋で何がわかるの?」と思ってしまうかもしれません。しかし、石井さんは、片手袋から「一生触れあうことのない他者の存在がリアルに感じられる」と話します。落ちていたシチュエーションなどを分類していくと、その手袋がたどったストーリーが見えてくるのです。

2019年に出版された石井さんの書籍「片手袋研究入門」では、その手袋の用途、残された過程、状況・場所の3段階で分類する方法を紹介しています。
石井さんがまとめた「片手袋分類図」
石井さんがまとめた「片手袋分類図」 出典: 石井公二さん提供

知らない人の「優しさ」見える片手袋

例えば、「手袋」と一言で言っても種類はさまざま。軍手やゴム手袋、ファッション用品や子ども用など多種多様です。そして、作業用や防寒など用途が異なれば、落ちている場所にも影響していきます。

オシャレな皮の手袋と真夏に出会うことは少なく、銀座の高級ブランド店に軍手の片手袋が落ちている可能性も低いはず(もちろん全くないとは言い切れませんが)。
「片手袋研究入門」より
場所自体にもストーリーを推測するヒントがあります。お金のやりとりや人の乗り降りがあるバス停付近、横断歩道の信号待ちなど、手袋を外して「何か」に気を取られる場所には片手袋が残されがちです。他にも、人に蹴飛ばされ風に流され、最終的に行き着く電柱付近など、分類することで「片手袋が見つかりやすい場所」というのも見えてくるのです。

「冬場であればガードレールなどを見ていればすぐに見つかります。夏場では車道の路肩や歩道でも軍手が落ちているので、いくつか見つけると今度は見つけようと思わなくても目に入ってくると思います」(石井さん)
こんなところにも片手袋
こんなところにも片手袋 出典: 石井公二さん提供
特に記者が印象的だったのが、「過程」による分類です。落ちたまま放っておかれている「放置型」と、拾った人が目立つ場所に置いてあげた「介入型」などに分けられます。「介入型」の片手袋は、手すりや室外機の上などで見かけたことがある人も多いのではないでしょうか。

顔も名前も知らない誰かが落とした手袋を、また知らない誰かが「落とした人が見つけやすいように」と移動させた行動の結果が「介入型」。冷たいと感じる街でも、片手袋ひとつで「優しさ」がそこにあることが見えてくるのです。

しかし、石井さんは書籍の中で「人が他者への優しさを自然に発揮するのは、相手の属性が分からないときだけなのかもしれない」とも示唆しています。目の前の相手には優しくできない人間のむなしさも、片手袋は物語っているのかもしれません。
誰かの優しさが、そこに。
誰かの優しさが、そこに。 出典: 石井公二さん提供

新型コロナウイルスの影響、片手袋にも

人の行動に影響され、まさに「人間活動」を象徴しているような片手袋。実は、新型コロナウイルスの感染拡大による社会の変化は、片手袋にも現れています。

例えば、使い捨て手袋の需要の高まりです。その結果、イギリスでは、使い捨てのゴム手袋が路上に大量に捨てられていました。そんな「片手袋」を地元の写真家が撮影し、BBCが伝えています。
石井さんも、その変化を身をもって感じています。生活用品の買い物など、最低限の外出の中で見つけた片手袋が落ちていたのは、薬局やスーパーの前。「外出自粛で街には人が全然いなくても、現在でも生活が行われていることを象徴していると思います」
新型コロナウイルスの感染拡大によって外出自粛が続く中、片手袋が落ちていたのは薬局の前だった
新型コロナウイルスの感染拡大によって外出自粛が続く中、片手袋が落ちていたのは薬局の前だった 出典: 石井公二さん提供
世界を駆け巡ったニュースの中にも、実は片手袋が隠れていました。オーストラリア滞在中に新型コロナウイルスに感染した俳優のトム・ハンクスさんが、自身の感染を公表したインスタグラムに投稿された写真は、使い捨ての片手袋でした。

石井さんは「彼は以前から片手袋の写真を上げているんです。シリアスな報告ではあったけど、写真ではユーモアも交えていたんです」。
トム・ハンクスさんが自身の感染を公表した投稿
トム・ハンクスさんが自身の感染を公表した投稿 出典:トム・ハンクスさんのインスタグラム
現在の情勢を受けて、「時代によって、思わぬ事態で片手袋が発生してくるのだと改めて実感した」という石井さん。「大げさな話ではなく、片手袋は社会の動きに左右されるものなのです」

「絶対撮影する」ルールで移動もままならず

では、石井さんはどうして片手袋を研究しようと思ったのでしょうか。出会いは幼少期にさかのぼります。ウクライナ民話の絵本「てぶくろ」を読んで以来、道端に落ちている片方の手袋が気になるようになったという石井さん。しかし、大きな転機は2004年、当時持っていた「ガラケー」で、家の前に落ちていた片手袋を撮影してみたことでした。

「このときのことがうまく言語化できていないのですが、なぜか自分にはまったというか、わけがわからぬままに、写真を撮ることを楽しく感じたんです。それを続けることで、だんだん類似点や相違点が見えてきたので、まとめて傾向や分類をやってみようと思うようになりました」
片手袋研究家の石井さん
片手袋研究家の石井さん 出典: 別視点・齋藤洋平さん撮影
研究のルールは「片手袋と出会ったら絶対に撮影する(死なない限り)」。バスに乗っている時も、路上に片手袋を見つけると次のバス停で降りて撮影に向かうという徹底ぶりです。もともと熱中しやすい性格で、「死なない限り」としているのは、高速道路など危険な場所でも見つけたら撮り行こうとしてしまうため、「自分への最後のストッパー」とのこと。
石井さんから「Googleマップの『ストリートビュー』でも片手袋を見てしまう」という話を聞いて、記者が試しに銀座周りで探してみると、間もなく横断歩道脇に見つけた。
石井さんから「Googleマップの『ストリートビュー』でも片手袋を見てしまう」という話を聞いて、記者が試しに銀座周りで探してみると、間もなく横断歩道脇に見つけた。 出典: Googleマップより
他にも、客観的に研究するために「片手袋には絶対触らない」「片手袋をわざわざ探しに行かない」などのルールを課しています。

更に研究対象は、絵画などに描かれた片手袋や映画のワンシーンに登場する片手袋など多岐にわたり、「片手袋とは何なのか」という哲学的な問いにもアプローチしています。最近では、片手袋を見つけた場所を再び訪れ、「片手袋がなくなった風景」の撮影を始めました。
(左)片手袋がある風景(右)ない風景。ひとたび左の写真を見ると、右の写真にも片手袋の存在を意識せざるをえない
(左)片手袋がある風景(右)ない風景。ひとたび左の写真を見ると、右の写真にも片手袋の存在を意識せざるをえない 出典: 石井公二さん提供

もう知らない頃には戻れない「呪い」

それにしても15年間で5千種類という実績は、誰しもが真似できるものではありません。片手袋の何が石井さんを突き動かしているのでしょうか。

「その問いをずっとつきつけられている感じがします」と話す石井さん。「例えば今であれば、新型コロナウイルスの医療の最前線で頑張っている人たちがいる中で、なぜ俺はこれなんだろうっていうのは未だにわからない」と打ち明けます。

「続けているのは、研究家としての矜持というよりも、『呪い』っていう言葉がぴんとくるんです。やりたいんじゃなくて、やらないと気持ち悪いんです」
子ども用の手袋。どんなきっかけで落としてしまったのだろうか。
子ども用の手袋。どんなきっかけで落としてしまったのだろうか。 出典: 石井公二さん提供
これまで気にしていなかったものも、一度気になるともう無視できないもの。石井さんは「ひとたび自転車に乗れてしまうと、もう乗れない頃には戻れない、それと一緒です」と語ります。

家族で出かけていても片手袋を見つければ撮影を始める石井さんに、妻や子どもはどう感じているのでしょう。石井さんは「子どもに至っては、生まれる前から僕は片手袋を研究しているので、『お父さんは路上に片手袋があったら撮るもの』だと思っているのではないでしょうか」。
より見つけやすいようにか、電柱にくくりつけられているものも
より見つけやすいようにか、電柱にくくりつけられているものも 出典: 石井公二さん提供
もはや家族の中では極端なリアクションはなく、当たり前のものとして生活に溶け込んでいるようです。先日、妻と子どもがアイロンビーズづくりに勤しんでいるところを覗き込むと、なんと作っていたのは「全部、片手袋だったんです」。「僕よりも妻や子どもの方が、片手袋を好きで楽しんでいるのかもしれません」と石井さんは話します。
三角コーンの上に残されていることもある「片手袋」
三角コーンの上に残されていることもある「片手袋」 出典: 石井公二さん提供

研究のゴールは「死ぬとき」

記者が「片手袋」というジャンルを知ったのは、さまざまな「マニア」が集まるイベント「マニアフェスタ」(運営:別視点)でした。「楽しい呪い」というキャッチコピーに惹かれて話を聞いてからというもの、今まで意識をしたことがなかったのに、道端に落ちている片手袋をいくつも見つけるようになりました。

そして更にはこの話をした同僚、友人からも、見つけた片手袋の報告を受けるように。片手袋の「呪い」は簡単に広がっていくようです。
昨年の冬、筆者が見つけた片手袋
昨年の冬、筆者が見つけた片手袋
片手袋の「初心者」に向けて、「本音をいうと、そのまま素通りしなさいと言いたいけど」という石井さん。「ただ、片手袋という概念をインストールすることで、見えることがあるのかなと思います」

最後に「研究のゴールはなんでしょう」と尋ねてみました。石井さんは「う~ん、死ぬときでしょうか」。「最後に出会う片手袋の写真を撮らずに、『ようやく解放された』というその瞬間だと思います」
片手袋について解説する石井さん
片手袋について解説する石井さん 出典: 別視点・齋藤洋平さん撮影

現在、石井さんを始めとするさまざまな「マニア」が「マニアブログフェスタ」と題し、gooブログにそれぞれの「好き」を綴っています。「見えない頃には戻れない」新しい視点をインストールしてみませんか。
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【#おうちで本気出す】
外出自粛による巣ごもりで、生活の中に変化が起こりにくい日々が続いています。そんなときでも、今まで知らなかった「ちょっとニッチ」な世界に出会うことで、新鮮な気持ちになれるかもしれません。withnewsでは家の中で楽しめる事柄の奥深さ、その道を究める「マニア」な人たちの情熱を伝えていきます。
 

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