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続く休校、埋めた球根「この現実を生きる」作家・鈴木るりかさんの今

「この現実を生きるのだ」

高校生で作家の鈴木るりかさん=本人提供
高校生で作家の鈴木るりかさん=本人提供

当初は春休み明けまでと言われていた休校期間。のびてのびて、はや3カ月。当の小中高生自身は何を思うのか、聞いてみたい。真っ先に浮かんだのが、小学生の時から鋭い観察眼で小説を書き続けてきた高校生作家の鈴木るりかさんでした。寄稿をお願いして10日。右往左往する大人たちも包み込むような、率直で、あたたかいエッセーが届きました。

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『今、そしてこれから』

鈴木るりか

未来ってこんなんだったっけ?

午前七時十七分。このひとつ前では早過ぎるし、後では間に合わない。これに乗るしかない。月曜から土曜まで。バス通学ももう四年、完全に飽いていた。毎朝同じ時間に、いつものバスに乗って同じ風景を見ながら、決められた場所に行くことに。卒業までにあと何回このバスに乗るのだろう、と思ったが、具体的な数字を知ったら、ますますうんざりしそうなのでやめておいた。学校は嫌いではないが、行き帰りが面倒くさい。そんなことを思っていたからバチが、とは言わないが、あのバスに乗らなくなってから一ヶ月半、オンライン授業が始まった。

こんな未来を思い描いたことはあった。家にいながら授業が受けられる。悪天候でも関係ない。満員の乗り物に揺られることもないし、通学にかかるお金も時間も節約できるし、行き帰りに事件事故に巻き込まれる心配もない。何よりぎりぎりまで寝ていられる。いいことずくめじゃないか。早くそうならないかな。その機会は予想外の状況下で突然やってきた。こんなんだったっけ? 私が思い描き、憧れた未来は。

Zoomで「朝の会」をする小学校
Zoomで「朝の会」をする小学校 出典: 朝日新聞

上履きもそのまま……

見飽きたはずの教室を思い浮かべる。古めかしい黒板、風に揺れる白いカーテン、床の木目。二月の末に休校が決まった時は、学級閉鎖のちょっと長いようなもので、またすぐに学校に来るのだろうと思っていた。級友も、先生たちもそうだったろう。だからロッカーの荷物も上履きも置いてきたのだ。まさかその後ずっと休校が続くとは誰も思っていなかった。

三月に入り、定期テストと修了式、楽しみにしていた部活の送別会がなくなった。あの荷物と上履きはどうしただろう? 一年の時の教室や靴箱にそのままか。いや、今は上履きどころではないのだ。ずっと「そんなどころではない」状況が続いている。

緊急事態宣言という言葉に緊張を覚え、東京の一日の感染者数が二百人を超えた時には胸が痛くなった。これはいよいよ恐ろしいことになってきたのだと思うと、得体の知れない不安で息苦しさを覚えた。

水色の名前入りパスケースは、担当編集者さんからの誕生日プレゼント。中には神田明神のお守りと、3月末で期限が切れたままの通学パスモが入っている=鈴木るりかさん提供
水色の名前入りパスケースは、担当編集者さんからの誕生日プレゼント。中には神田明神のお守りと、3月末で期限が切れたままの通学パスモが入っている=鈴木るりかさん提供

「踊らされている」両親も

両親はマスクを求め、不確かな情報に右往左往し、買い出しに走り「米がない、納豆がない、トイレットペーパーがない」と騒ぎ、嘆き、完全に踊らされていた。

こういう人がいるから、スーパーが混雑しレジに行列が出来るのだと思うが、本人たちはそうやって「人並みのことをしている」安心感を得ようとしているようでもあった。

薬局にはマスクや消毒液の品切れを知らせる紙が貼ってある
薬局にはマスクや消毒液の品切れを知らせる紙が貼ってある 出典: 朝日新聞

何かが大きく変わる。いや、壊れる?

そうこうしているうちに、今度は学校の九月入学・始業案が浮上してきた。これも以前から「行く行くは日本もそうなるだろう」とは言われていた。まさかこういうきっかけで、とは誰も思っていなかったろうが。今、大きく何かが変わろうとしている。

変わるのではなく、壊れるのかもしれない。学校のことだけではなく、世の中のいろんなことが。こんな状態が半年続いたら、日本は経済的に死ぬ、という専門家がいた。そうしたら一体どうなるのだろう。学校はいつ始まるのだろう。六月でもいい、九月でもいい。もし学校が再開されたら、バスに乗るのが飽きた、学校への行き帰りが面倒くさい、なんて言わない。いや、そういう取るに足らない愚痴をこぼしてもいいくらいに、平和で穏やかな以前の日常に戻ってほしい。

次に履くときは、少しきつくなっているかもしれない=鈴木るりかさん提供
次に履くときは、少しきつくなっているかもしれない=鈴木るりかさん提供

両親「味がしない」にドクン

ある朝、起きると居間にいる両親の会話が聞こえた。「味が全然しない。匂いもしない」「本当だ。味も香りも感じないね」。ドクンと心臓が跳ねた。

コロナ感染の自覚症状のひとつとして味覚障害が挙げられている。まさか。慌てて扉を開けると、二人がコーヒーを飲んでいた。「匂いも味もしないって本当?」頷く二人。「うん、これ」と言って、インスタントコーヒーの瓶を差し出す。賞味期限を見ると、四年前の日付だった。

「やっぱダメだね、いくら未開封でも。長く置いとくと、味も香りもなくなるよ」。外出自粛で時間ができたので、久々に戸棚の整理をしてみると、奥からこの瓶が出てきたという。インスタントといっても、贈答用のちょっといいものだったので、大事にしまっておいたところ、それっきり忘れてしまったらしい。

「もうっ、やめてよね、こんな時期に。びっくりしたよ」と言いつつ、ふっと体の力が抜けて笑ってしまった。笑いにしていい話題ではないかもしれないけれど。

オンライン授業が始まってからおろしたノート。小学校からずっと使っているペンケースとお弁当タイムの相棒の水筒。新しいものと古いものと=鈴木るりかさん提供
オンライン授業が始まってからおろしたノート。小学校からずっと使っているペンケースとお弁当タイムの相棒の水筒。新しいものと古いものと=鈴木るりかさん提供

この現実を生きるのだ

結局そうなんだな、と思った。どんな状況下にあっても、結局はその人らしくしか生きられないものなんだな、と。マスクを高額転売して一儲けした人も、三密を避けるよう言われている中、朝からパチンコ店に行列する人も、緊急事態宣言が出された直後に、夜の街に繰り出し、ハメを外した国会議員も、皆このコロナ禍をその人らしく生きているのだった。

一方で、命の危険にさらされながらも、自分の職務を全うする人、困窮する人々に支援の手を差し伸べる人、政府の要請に従い、ひたすら耐える人がいる。

私はどうか? 今の私ができることは? とりあえず今はふくらはぎがだるい。運動不足がたたっているのだろう。数週間ぶりに散歩に出てみる。花屋でダリアの球根を買った。袋の説明書きに、ちょうど今が植え時とある。

盛夏の頃、鮮やかな花をつける。本当だったらオリンピックがあった頃だ。本当だったら? 今はこれが本当、現実だ。この現実を生きるのだ。

球根はいい。来年も再来年も芽を出し、花を咲かせる。燃える太陽の下、艶やかに咲くダリアの花を思いながら、プランターの柔らかな土を掘り球根を埋めた。

金盞花やナデシコが咲く初夏のプランター。空いているスペースにダリアの球根を植えた=鈴木るりかさん提供
金盞花やナデシコが咲く初夏のプランター。空いているスペースにダリアの球根を植えた=鈴木るりかさん提供

 

〈すずき・るりか〉
2003年、東京生まれ。小学生の時から書いた小説『さよなら、田中さん』は10万部を超え、韓国や台湾でも翻訳。ほかの著書に、中学生で書いた『14歳、明日の時間割』、高校生で書いた『太陽はひとりぼっち』。  

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