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連載

#7 #アルビノ女子日記

アルビノ女子が避け続けた人間関係、「痛み」に向き合わせた芸術家

たとえ傷つけ合っても、誰かとつながる意味

筆者の神原由佳さん(右)と、現代美術家の渡辺篤さん。手前は、修復のモニュメント「卒業アルバム」(2019年)。いじめを受けて不登校を体験したT氏との共同作品。加害者が写る卒業アルバムをモニュメント化した
筆者の神原由佳さん(右)と、現代美術家の渡辺篤さん。手前は、修復のモニュメント「卒業アルバム」(2019年)。いじめを受けて不登校を体験したT氏との共同作品。加害者が写る卒業アルバムをモニュメント化した

目次

生まれつき髪や肌が白い、アルビノの神原由佳さん(26)は、「いつも場の『空気』を読んできた」と話します。「ふつう」と異なる外見のために、排除されることを恐れた過去。他人の言動で傷ついたり、逆に傷つけたりするくらいなら、本音を押し殺してしまえばいい……。そんな価値観を揺さぶったのが、とある現代美術家です。歩くだけで傷つけてしまうアート作品。「共感は幻想。たとえ傷つけ合っても、互いに対話することが必要だ」という言葉。誰かと強くつながるため、あえて「痛み」を引き受けることの意味について、神原さんの言葉でつづってもらいました。

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人を傷つけることは「禁止事項」だった

アルビノとして生まれた私は、子どものころから「ふつう」ではないと思ってきた。「ふつう」でないから、いじめられないか、排除されないかと不安だった。だから、私は目立たないように「空気」を読み、周囲の言動に自分を合わせてきた。

両親からは「自分がされて嫌なことは人にはしてはいけない」と教わった。それもあってか、私が傷つける側に回ることも、傷つけられるのと同じくらい怖いことで、禁止事項だった。

私はよく「優しい人だね」と言われる。けど、それは違う。

本当は、自分を守るためだ。人間関係で生じるあつれきから逃げたいのだ。何かの弾みで強い言葉や口調になってしまった時には、動悸がする。相手を傷つけてしまったかもしれないのに、なぜか同時に自分の言葉で自分自身が傷ついている。

アイムヒアプロジェクト|渡辺篤 「修復のモニュメント」の会場。制作過程を映したビデオも上映されていた
アイムヒアプロジェクト|渡辺篤 「修復のモニュメント」の会場。制作過程を映したビデオも上映されていた

価値観を揺さぶった現代美術家・渡辺篤

人間関係を穏便に済ませたいという私の価値観を揺さぶったのが、現代美術家の渡辺篤さん(41)だ。

渡辺さんは2010年から3年間、引きこもりを経験している。未来への不安、大切な人の裏切りなど様々な出来事が絡み合い、他人との関わりを断ち、自宅にこもった。

ある日、引きこもりの当事者を無理やり家から出そうとする支援団体に、父親が「解決」を委ねようとしていることを知る。「このままでは、ひきこもる権利さえ奪われてしまう」。渡辺さんはそう考え、自らの力で引きこもりから抜け出したという。

以来、渡辺さんは自らの経験も生かし、孤立する人たちの存在を、社会に向けて発信するアート作品をつくり続けている。

私が渡辺さんと出会ったのは、昨春。あるTV番組で共演したことだった。「現代美術家」との肩書に緊張したが、渡辺さんの優しい雰囲気にひかれ、すぐに打ち解けることができた。

修復のモニュメント「ドア」(2016年)。渡辺さんが引きこもっていたとき、怒りから蹴破った「扉」を再現し、壊した後に修復した作品
修復のモニュメント「ドア」(2016年)。渡辺さんが引きこもっていたとき、怒りから蹴破った「扉」を再現し、壊した後に修復した作品

抑圧された声をアートに

今年2月、横浜で開かれていた渡辺さんの個展「修復のモニュメント」(※編集部註:現在は終了しています)に足を運んだ。

会場には、渡辺さんが引きこもり当事者と「対話」しながら、抑圧された声を具現化した作品が並ぶ。テーマは「修復」。当事者と一緒につくったコンクリート製のモニュメント(記念碑)をあえてハンマーで破壊し、「金継ぎ」で再構築した。だから、作品にはヒビが入り、欠けている。

たとえば、ある女性は、暴言を聞くと脳を貫くような「痛み」が走り、心臓の鼓動が速まったという。その「痛み」を、脳を形取ったモニュメントに鉄製の棒をつきさすことで表現している。
修復のモニュメント「脳と心臓」(部分、2019年)。ゆりなさんとの共同制作。心が傷つくたびに、脳が射抜かれ、心臓の鼓動が速くなる感覚を、社会に向けて可視化した
修復のモニュメント「脳と心臓」(部分、2019年)。ゆりなさんとの共同制作。心が傷つくたびに、脳が射抜かれ、心臓の鼓動が速くなる感覚を、社会に向けて可視化した
修復のモニュメント「脳と心臓」(部分、2019年)。ゆりなさんとの共同制作
修復のモニュメント「脳と心臓」(部分、2019年)。ゆりなさんとの共同制作

「相手のことがわからない」前提で対話を

特に印象に残った作品は「被害者と加害者の振り分けを越えて」だ。

会場に敷き詰められたコンクリートタイルの上を歩き、壁に掛けられた絵画を鑑賞するという体験型の作品。入場できるのは「人を傷つけたことがある人」に限られている。

足を踏み入れると、「ミシ、ミシ」とタイルにヒビが入っていく。弱者支援やケアという「善意」の名のもとであっても、加害者になりうることを突きつけるアート作品だ。

人を傷つけることも、傷つけられることも望まない私は、怖くなった。絵を鑑賞するためには、タイルを割ることを避けられない。人との関わりに置き換えると、私は人を傷つけない限り、人とはつながれないことになる。私が一番恐れていることだ。

私の気持ちを推し量るように、渡辺さんは「意地悪な作品だよね」と少し笑った。そして、こう続けた。

「人と付き合うのは怖いことですよね。傷つけることも、傷つけられることもある。『怖い』と思うのをスタート地点にすればよいと思う。いろんな人と会ってコミュニケーションをとるほど、僕らは『相手のことはわからない』ことに気づく。共感は幻想。僕らに必要なことは、互いに傷つけ合ったとしても対話し、関係を再構築することだと思う」

「被害者と加害者の振り分けを越えて」(2019年、制作協力:駒木崇宏)。タイルを割って歩を進めなければ、壁にかかった絵画を鑑賞できない
「被害者と加害者の振り分けを越えて」(2019年、制作協力:駒木崇宏)。タイルを割って歩を進めなければ、壁にかかった絵画を鑑賞できない

修復可能な「傷」もある

渡辺さんの発する言葉は時に難しくて、私は「うーん」と悩んでしまう。すぐに答えを差し出してくれるわけではない。その代わり、考えるきっかけを、私に与えてくれる。

人を傷つけることも、自分が傷つくことも怖い私は、これまで人間関係を穏便に済ませてきたと思う。本当の意味で、私は真剣に人と関わってこなかったと言えるのではないか。

人と本音でぶつかる必要があるのかもしれない。大切な人であれば、なおさらだ。たとえ、互いに傷つけ合うことになったとしても。悪意による「傷」と、人と真剣に向き合うことでできる「傷」は違う。後者なら、きっと修復は可能だ。

渡辺さんの作品のように、壊れてもまた修復をすることで、新たな価値を見出せるはずだ。修復後のつながりは、もっと強くなるかもしれない。「傷痕」も愛せるようになったら、本当の意味で誰かとつながれるのかもしれない。

と、ここまで考えみて、「でもね……」となる。やっぱり人を傷つけることは怖いよ。

修復のモニュメント「01」(2019年)。E氏との共同制作。IQが高く知識欲がおうせいだったE氏は、同級生との遊びに興味をもてず、孤立。大学では数学に没頭する。森羅万象は0と1だけで表せると考えた。だが、「01思考」は極論的な思考でもある。数字と向き合ったEさんは、コンクリートでつくった「01」を容赦なくたたき割った
修復のモニュメント「01」(2019年)。E氏との共同制作。IQが高く知識欲がおうせいだったE氏は、同級生との遊びに興味をもてず、孤立。大学では数学に没頭する。森羅万象は0と1だけで表せると考えた。だが、「01思考」は極論的な思考でもある。数字と向き合ったEさんは、コンクリートでつくった「01」を容赦なくたたき割った


【連載・#アルビノ女子日記】
他の人と比べ、生まれつき肌や髪が白いアルビノ。「特別な存在」とみなされがちですが、どのような人生を送っているのでしょうか。当事者である神原由佳さんに、等身大の姿をつづってもらいます。不定期連載です。(連載記事一覧はこちら

【外見に症状がある人たちの物語を書籍化!】
アルビノや顔の変形、アザ、マヒ……。外見に症状がある人たちの人生を追いかけた「この顔と生きるということ」。神原由佳さんの歩みについても取り上げられています。当事者がジロジロ見られ、学校や恋愛、就職で苦労する「見た目問題」を描き、向き合い方を考える内容です。

【関連リンク】渡辺篤さんの個展「修復のモニュメント」の公式ウェブサイト(現在は終了)

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