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#50 #となりの外国人
6カ国語操るポーランド人、タクシー運転手時代に見た「残念な日本」
日本で働く外国人を取材する中で、印象に残っている女性がいました。6カ国語を話し、早稲田大学で修士号を取りましたが、「家族との時間を大切にしたい」と、タクシー運転手になったポーランド人女性ファビオラさんです。誇りをもって仕事に励むファビオラさんを待っていたのは、心ない乗客の態度でした。大好きだった運転手を辞め、旅行会社を立ち上げた時、起きたのがコロナウイルスでした。仕事が激減する中でも「ディープな日本、『失われた日本』の良いところを海外に広めたい」というファビオラさんの今を聞きました。
ポーランドから留学、日本で6カ国語を操るタクシー運転手になったファビオラさん。仕事のつらさ、事業の大変さに向き合いながら、日本での生活を支えた音楽を教えてもらいました。日本語、英語、そして母国ポーランドの曲を聴きながら記事を読んでみませんか?
2018年に、タクシーの大手で運転手として働いていた津上・サバ・ファビオラさんにインタビューしました。入社したばかりでしたが、「女性なので、ひょっとしたら、乗客から『女性で?外国人で?道大丈夫?』みたいな目で見られるかもしれません。できれば、ナビに頼らない乗務員になりたい」と意気を込んでいました。
ファビオラさんはポーランド語、英語、ロシア語、中国語、日本語とスペイン語が話せます。
最初は中国へ留学しましたが、「東洋と言えば日本と中国。両方の言語に精通すれば、東洋に精通する人材としてポーランドに戻ってもきちんと就職ができる」と考えて、日本語を習得するために来日しました。修士号を取った早稲田大学大学院に在学中、日本人男性と結婚し、子どもをもうけました。
日本では語学教師、通訳、ガイドなどを経験し、周りの日本人は「みんなやさしかった」と話します。子どもとの時間を大事にするため正社員はあえて選びませんでしたが、求人広告を見て、タクシー運転手には正社員として入社しました。
もともと運転が大好きだったというファビオラさん。「来日して20数年間、北海道以外の都府県は全部車で運転して回りましたよ。東京から鹿児島まで走ったこともあります」
タクシー運転手は「1カ月で11日勤務で、30万円ぐらいの収入が得られる」というのも魅力でした。当時は博士課程にも進み、「しっかり働き、ほかの時間を研究に割きたかった」と話していました。
コロナウイルスによって日本全体が影響を受ける中、特にタクシー業界が厳しい状況にあることから、あらためてファビオラさんに連絡を取ってみました。
取材に応じたファビオラさんは、まず、コロナウイルス前に経験した「平坦ではない道のり」ついて語りはじました。
「たぶん文化的差異もある」と前置きをしながら、ファビオラさんは話しました。
「人間を尊重する日本が好き」というファビオラさんは、日本での定住を決め、そしてタクシー運転手になりました。しかし、いざ運転手になった時、戸惑ったのは運転手に対する心ない態度を取るお客さんの存在でした。
「ヨーロッパの場合、コンビ二やタクシーに入るお客さんのほうが、あいさつするのが当たり前です。しかし、日本は逆のようです」
「日本人には二つの顔があるのではないかと感じました。普段は上司、あるいは親しい人に優しい人でも、タクシーのような密閉する空間になると、誰かに見られているわけでないので、マナーを忘れてしまう人がいます。それで冷たい、悪い態度を取ってしまう人が現れてしまいます」
「夜の町で乗車する若い女性の態度には、驚くことが多かったです。わざと聞き取れないスピードで行く場所などを話してくるので、こちらから行方を確認すると、きつい言葉で返事する……言葉も命令形で、かなり見下していると感じていました」
会社の窓口や、同僚にも相談したファビオラさんですが、別のショッキングな情報を知ることになります。
「日本人ドライバーの中にはセクハラを受けた人もいるそうです。私の場合、セクハラまで遭遇したことはなかったですが、タクシードライバーの社会的地位が低いことを実感しました」
「タクシー運転手として、相手から尊敬されなかったので、我慢できなくなった」とファビオラさんは話します。
もちろん、悪い経験だけではありませんでした。
中野区で乗車したある若い女性。20歳ぐらいの学生さんという感じで、最後に200円のチップをくれました。そして「お茶でも買ってください」と優しい言葉もかけてくれたそうです。
「この200円は私にとって2万円ぐらいの価値がありました」
ある有名な会社に勤めるアメリカ人は、2千円ぐらいの乗車料金でしたが、1万円ぐらいのチップをくれました。
そして「女性のタクシー運転手をサポートしたいと思います。とくに外国人の運転手さん。やめないでほしい。頑張ってください」と日本語で話してくれたそうです。
「その1万円札は使うことができず、マグネットで冷蔵庫に半年ぐらいずっと貼り付けておきました」
女性で、ヨーロッパ人で、日本語も流暢なタクシー運転手のファビオラさん。好意的な乗客も多かったと言いますが、マナーや態度が悪い乗客と接したことは大きなショックとなりました。
これまで持っていた日本人の印象とのギャップの大きさに、ストレスが溜まるようになったと振り返ります。
励ましをもらいながら、仕事を頑張ってきましたが、肺炎になったことをきっかけに、タクシー運転手の仕事を辞めました。
ファビオラさんは抜群の語学力、そしてこれまでの通訳・ガイドなどの経験を活かし、2019年1月から、パートナーと一緒に旅行案内の小さな会社を経営するようになりました。山梨県にある会社の事務所は、富士山も見え、宿泊施設としても使っています。
「去年はとても順調でした。多くのお客さんを、東京、沖縄、九州などに案内しました」
「国籍別から言うと、最も多かったのは母国のポーランド人です。ポーランドはかつて社会主義の国で、旅行などに制限があり、当時はどこにも行けませんでした。その後EUに加盟し、近隣諸国と自由に行き来ができるようになったのですが、最近は、欧米の観光地に飽きてきたので、日本や中国などの東アジアに魅力を感じる人が増えてきました」
福島にも何度か足を運びました。外国のテレビ局が福島原発を取材するたびに、ファビオラさんがコーディネーターとして、通訳、取材の手配などをしてきました。
旅行案内会社の業務が順調に伸び、口コミでお客さんはチェコ、インド、オーストラリアなどに拡大し、予約も今年はすでにいっぱいの状態でした。
しかし新型肺炎の影響で、一変しました。
「いまは仕事がほとんどありません。春の予約はキャンセルか、夏か秋に延期しています。収入がないので、いまは貯金を切り崩してギリギリ継続している状態です」
ハローワークで翻訳の仕事を探そうと、1度、訪ねてみましたが、閉まっていたと言います。
「ホームページを見てもとくに説明がなかったので、仕事がなく、困っています」
いまは何とか目の前の困難を乗り越えようとしているファビオラさん。
新型コロナが夏ごろに収まりさえすれば、秋以降は普通に仕事ができるようになると望みを託しています。
「日本の自然はとても素晴らしいと思います。そして田舎であればあるほど、人が優しいです。アレックス・カーが、かつて四国を舞台に『Lost Japan=美しき日本の残像』を書いたように、能登半島、沖縄の離島、福島県などが大好きで、日本の美しき自然と豊かな文化をヨーロッパの人々に紹介していきたいと思います」
「コロナさえなければ、今も、日本での暮らしは最高に幸せです」
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