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無観客「R-1」で問われたフリップ芸の覚悟 革命家だったバカリズム
今やピン芸人の定番となった「フリップ芸」。そのスタイルは意外にも『天才・たけしの元気が出るテレビ』のワンコーナーから誕生したと言われる。いつもここから、バカリズム、霜降り明星・粗品へと引き継がれていく中で、フリップ芸はどう進化していったのか。フリップ芸から生まれた活動はネット動画や漫画など様々な領域へ広がり、クリエーターとして活躍する芸人たちも現れている。現代の「お笑い」の進化を体現するフリップ芸の起源、そして未来について考える。(ライター・鈴木旭)
そもそもフリップ芸はどこから生まれたのか。テレビの世界では、『天才・たけしの元気が出るテレビ』(日本テレビ系・1985年4月~1996年10月終了)のオープニングで披露された「たけしメモ」が元祖だと言われている。
「こんな○○は嫌だ!!」「これは○○だ!!」などと冠したネタで、司会のビートたけしがお題に対する答えが書かれたフリップをめくっていきながら、具体的な状況を補足して笑いをとった。当時、このスタイルは画期的で、番組のロケ企画に勝るほど爆笑を起こした回もあった。
2000年代に入って、くりぃむしちゅーや中川家らが出演した『リチャードホール』(フジテレビ系・2004年10月~2005年9月)の中で、劇団ひとり扮するキャラクター・尾藤武が「たけしメモを完コピする」というコントを披露している。それほど視聴者の記憶に残るコーナーだったのだ。
あえて分析するなら、問題に対する回答を出して理由を説明する「クイズ番組の形式」と「大喜利」をかけ合せたような芸と言える。これが発端となり、フリップ芸は芸人に欠かせないものとなっていった。
フリップ芸の開拓者と言えば、真っ先に思い浮かぶのが「いつもここから」だ。彼らは早くから注目を浴びた。コンビを結成した翌年には、『お笑い向上委員会 笑わせろ!』(テレビ朝日系・1997年10月~1998年9月終了)に出演し、“悲しいあるある”を叫ぶ代表的なネタ「悲しいとき」を披露している。
2000年代から起きた「ネタブーム」の先駆け的な存在であり、その後も『爆笑オンエアバトル』(NHK総合・1999年3月~2010年3月終了)、『エンタの神様』(日本テレビ系・2003年4月~2010年3月終了)などで活躍。フリップ芸の第一人者となった。
ヨハン・パッヘルベルの「カノン」が流れる中、ファイティングポーズのような構えをする山田一成、姿勢よくスケッチブックを持つ菊地秀規が立っている。山田が「悲しいとき~」と叫ぶと、菊池がこれを復唱する。この要領で山田が「悲しいとき~、椅子の低い自転車をこいでいるOLを見たとき~」といった具体的なシチュエーションを叫び、菊池がスケッチブックをめくりながら言葉を繰り返すというネタだ。
二人は一切表情を変えず、淡々と言葉を発する。いわゆるシュールな芸風だが、ある意味で時代を象徴しているとも言える。この時期はどの芸人も、ダウンタウンの“尖ったスタイル”に強く影響されていたのだ。
鉄拳やネゴシックスなど、フリップを扱ったピン芸人は増えていったが、別の角度からのアプローチで革新を起こしたのは間違いなくバカリズムだろう。
もともとコンビで「バカリズム」だったが、2005年に解散してから升野英知がピンの芸名として引き継いで今に至る。コンビでもシュールな芸風だったが、一人になって升野のセンスがより際立つネタになっていった。
初期の代表的なフリップネタとして知られるのが「トツギーノ」だ。基本的には、紙芝居と同じくフリップをめくるごとに状況が展開して「嫁ぐ」ことがオチとなる。セリフはすべて「トツギーノ」の言い回しになぞられており、無表情かつ低いトーンで演じられる。
「朝起きーの」「トイレ行きーの」「歯ぁみがきーの」「着替えーの」「時計見ぃーの」「焦りーの」「家を出ぇーの」「トツギーノ」といった一連の流れは、後半になるほど飛躍する。ネタが佳境に入ると、名曲「関白宣言」の歌詞をなぞりつつ、歌い手であるさだまさし本人が花嫁の角隠しをかぶり、なぜだか嫁ぐ。この「嫁ぐ」というフレーズのおかしさも相まって、ボディブローのように効いてくるネタである。
升野のネタには、いつもここからのような“あるある”ではなく、短いギャグ漫画のような飛躍した展開があった。「R-1ぐらんぷり2006」の決勝進出をきっかけに知名度を上げると、升野(バカリズム)の斬新なフリップ芸は広く認知されていった。
いつもここから、バカリズムによって、フリップ芸は多様性のあるネタの1ジャンルとして定着する。とくにピン芸人は、多くがこれに飛びついた。フリップ芸には、漫談やコントでは表現できない“架空のボケ”というニュアンスが含まれていて笑いにつながりやすいからだ。
「お笑い第七世代」の筆頭とも言える霜降り明星・粗品も、コンビ結成前にフリップ芸で注目を浴びた一人だ。
若手芸人の登竜門と言える『オールザッツ漫才2012』(毎日放送)のFootCutバトルに出場して最年少で優勝。後に相方・せいやとコンビを組み、「M-1グランプリ2018」で優勝したが、一部から「霜降り明星のネタはフリップ芸の進化版」という声が上がったのは、このためである。
ネタの内容は、粗品がフリップをめくりながらイラストにツッコミを入れていくというもの。パジャマを着て「夢の中の世界」というテーマを演出している。「棒人間」「地図記号」「表彰台」「グラフ」といったシンプルな絵が多い中、フリップを2枚使ってオチをつける、緩急のあるツッコミで笑いを増幅させるなど工夫が施されている。
イラストを使ったダジャレ、“あるある”のシーンを裏切る展開、フリップのお題にその場で答えるなど、あらゆるパターンが繰り出され、見る者を飽きさせない。従来型のフリップ芸とはっきり違っていたのは、イラストよりも“ツッコミ”に重点を置いたところだ。テンポのよい関西弁と“めくり”は、それまでにない特色だった。
粗品は、このフリップ芸で「R-1ぐらんぷり2019」でも優勝。このことで、ツッコミの多様さによって笑わせるという傾向が強まったように思う。
2010年代は、強烈なキャラクターと「誇張しすぎたものまね」で爆笑を誘ったハリウッドザコシショウ、軽快なリズムに合わせてありえない方向へと展開するZAZYのネタなど、フリップ芸の細分化が進んだ。
今年開催された「R-1ぐらんぷり2020」でも、フリップ芸を披露した芸人は多かった。決勝進出者12人中の4人、実に全体の3分の1がフリップ芸を披露している。
サスペンスドラマ『科捜研の女』(テレビ朝日系)の主演・沢口靖子のものまねをしながら「SNSあるある」にツッコミを入れるメルヘン須長、「借金回収に効果的な言い方」を講義するという設定だが、途中から巻き舌のオンパレードへと飛躍するおいでやす小田。
元消防士という経歴を活かして「制限時間以内に119枚のフリップネタを披露する」と、怒涛のスピードで駆け抜けたワタリ119、「バスガス爆発見てパグ抱く白髪」など、よくある早口言葉を発展させて笑いを誘った大谷健太。どれも同じフリップ芸とは思えないほど幅が広かった。
また、マヂカルラブリー・野田クリスタルは、自作したゲームにツッコミを入れるネタで優勝している。これを陣内智則の映像にツッコむネタの進化系ととらえるならば、元にあるのはやはりフリップ芸のスタイルだ。ただし野田のネタは、あまりに「絵のおかしさ」に比重が置かれていた。この点がほかの4人と決定的に違っていた。
無観客という特殊な回ではあったが、改めて「フリップ芸における、“芸”とはなにか?」についても問われた大会だったように思う。
そもそも「R-1ぐらんぷり」は、異種格闘技のような要素がある。ピンであれば、コント・漫談・落語など、なにを披露しても構わない。つまり、審査基準が非常にあいまいな大会なのだ。その中で、フリップ芸は「視覚的な面白さ」「ボケの代役」というアドバンテージを持つ。とくに無観客の状況では、これが有利にはたらいた。そのほかの芸は、客の反応によって「間」「声の抑揚」などを変えて笑いをつくり上げる比重が大きいからだ。
フリップ芸には、そうした影響を受けにくい「ブレない面白さ」がある。ただ、だからこそ演者は注意しなければならないだろう。そこには、「小道具さえあれば誰でもいい」という本末転倒な結果もまたあり得るのだ。
これを回避するためには、フリップという相方に対して「演者がどんなポテンシャルを持っているか」を示す必要があるだろう。
テレビの世界で活躍する面々がいる一方で、クリエーターとして名を馳せた芸人たちもいる。
ピン芸人・田中光は、部長相手に異常な日常を送るサラリーマンを描いた漫画「サラリーマン山崎シゲル」の作者として注目を浴びた。また、ネタ番組でも活躍した鉄拳は「泣けるパラパラ漫画」で時の人となり、魂の巾着・本多修は、パラパラ漫画のキャラクターが現実の世界に飛び出す「パラデル漫画」で世界的な広がりを見せている。
ベストセラーとなったカラテカ・矢部太郎のエッセイ漫画「大家さんと僕」がタブレットで描かれているように、こうした流れの背景には、ハードの進化や日常化したSNSの影響によるところも大きい。しかし、その発想の原点は、やはり「お笑い」にあると言っていいだろう。
趣味趣向が細分化し、テレビのゴールデンタイムが必ずしも時代の流行ではなくなった時代、「お笑い」の要素は多くの人々に届けられる数少ない手段の一つになっていると言える。
2016年に法務省の「社会を明るくする運動」に起用された鉄拳のパラパラ漫画は、YouTubeでの人気コンテンツとしても有名になっている。アーティスティックな領域にまで広がっているフリップ芸は、ネットとの親和性も高く、テレビや舞台という枠をも超えはじめている。すでにお笑い芸人が、新たなエンターテイメントの担い手になっているのだ。
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