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武漢、本当の姿「東洋のシカゴ」の名、出身者が伝えるメッセージ
新型コロナウイルスによって、すっかり世界で知名度が高くなった武漢ですが、イメージはよいものとは言えません。実は、武漢は「東洋のシカゴ」とも言われる一大工業都市でもあります。今、武漢にゆかりのある人たちが、街の魅力を伝える発信をしています。差別や偏見が広まりやすい中、コロナウイルスだけじゃないもう一つの武漢の顔を見つめてみたいと思います。
"Instead of remembering my hometown as the 'the place where COVID originated', I want people to respect Wuhan as a city with beautiful history, culture, and people. This is the Wuhan I know." - @heylauragao pic.twitter.com/pnnhou3Kjt
— Twitter Asians (@TwitterAsians) April 10, 2020
ツイッター社に勤めるLaura Gao(ラウラ・カオ)さんは、3歳の時にアメリカに移住した武漢出身の女性です。
「私の故郷・武漢」というタイトルで投稿された動画には、コロナウイルスだけではない武漢の魅力がアニメとともに静かに語られています。
動画では、武漢が「東洋のシカゴ」と紹介されています。武漢の人口は1100万人を超え、ロンドン、ニューヨーク、東京とほぼ同じ規模があります。
「東洋のシカゴ」としての歴史は古く、1908年、まだ清王朝の時代に当時の日本駐武漢総領事の水野幸吉氏が、『漢口-中央支那事情』とい調査報告書の中で、武漢のことを「東洋のシカゴ」と表現したのが初めてだと言われています。
実際、武漢とシカゴは、共通点が少なくありません。武漢もシカゴも内陸部に属していますが、水路が整備され、鉄道を含む交通網が発達しています。また鉄鋼産業などの重工業も盛んです。
武漢には「武漢鋼鉄グループ」という、1955年に設立された中国初の「特大鉄鋼聯合企業」で、中国中央政府と国務院が直轄する重要な国有企業があります。かつては世界4位の年間4千万トンの鉄鋼の生産量がありました。「武漢鋼鉄グループ」は、2016年に上海の「宝山鋼鉄」と合併し、「宝武鋼鉄」の一部になっています。
中国の自動車メーカー「東風」の本社も武漢にあります。日本との合弁会社である「東風日産」「東風ホンダ」が有名です。
重工業のほか、近年は、ハイテク産業も急スピードで発展しています。
「硅谷(シリコンバレーの中国語)」にちなんで、武漢に位置する「東湖ハイテク産業区」は「光谷」と呼ばれています。「光谷」には、中国最大の光通信研究発展拠点、中国最大の光ファイバー生産拠点、中国最大の光電デバイス生産拠点が集まっています。
このような産業の支えがあり、2014年に、武漢のGDPがはじめて1兆元(約16兆円)を超えました。2016年に中国国務院は武漢を中国都市計画の最高レベルである「国家中心都市」として認定しています。
その後、武漢2019年のGDPは1.6兆元(約26兆円)を突破し、GDPの成長率も8%に達し、中国全国のトップクラスとなりました。
中国全国都市GDPのランキングでは、長年トップ10を占め、アリババの本拠地である杭州を上回っています。
武漢のもう一つの顔は「大学の都市」であることです。
武漢大学と華中科学技術大学という名門大学を含む83の大学があります。大学の数は北京に次いで中国の第2位で、在学中の大学生も100万人を超えています。
郵電科学研究院(情報通信研究)や、中国科学院の物理分院などもあり、科学技術の研究が進んでいると言われています。
「大学の都市」ならではの現象として、「孔雀東南飛」(直訳:孔雀が東南方向へ飛ぶ/意訳:優秀な人材は中国の東南沿海部へ集中する)も起きています。一方、近年は武漢市の経済発展や産業の多様化により、より多くの人材が武漢で就職するようにもなっています。
そんな武漢ですが、内陸部に位置することもあり、世界ではまだ北京、上海ほど、知られていませんでした。
世界中に「武漢」の名前は広まったのが、まさかの「新型コロナの発祥地」の風評でした。
ツイッターに投稿されたアニメでは、武漢出身者の心境について「以前は無邪気な勘違いであったものが、今では嫌悪感と哀れみに置き換えられています」と語られています。
一部の国や地域では、新型コロナウイルスが引き起こした肺炎のことを、「武漢肺炎」と呼ぶようになり、さらに武漢市あるいは武漢市がある湖北省出身の人を、「ウイルス携帯者」と差別するケースもありました。
「武漢の病原菌を私の近くに持ってこないで」
「変なものを食べるから病原菌が発生するのは当たり前」
「中国が世界を征服するためにウイルスを作ったというのは本当?」
ツイッターにアニメを投稿したラウラ・カオさんだけでなく、多くの武漢出身者が同じようなつらい言葉を投げかけられてきました。
ウイルスに「地名」「国名」をつなげることで、その地域出身の人々が差別されたり、身の危険にさらされたりするような事件も起きています。
イギリスではシンガポール華人が殴打されたり、アメリカでは華人が正体不明の液体をかけられたりしています。また、華人だけでなく、日本人を含むアジア系全般の人が差別の対象になりかねない状況に陥っています。
そんな中、武漢のことを客観的に紹介し、自分のふるさとを伝えようとする人も増えています。
フリーランスのジャーナリスト、アリシア・ルー(Alicia Lu)さんは幼少時代から両親と一緒にアメリカに移民しましたが、最近、「私は中国の武漢から来ました。こちらは世界に知ってもらいたいものです」、というレポートを発表しました。武漢の歴史、ランドマーク、豊かな文化そして自らの経験を交えながら、最後に、「生まれ故郷の武漢は私に希望を与えて続ける都市だ」とつづりました。
また武漢出身のカメラマン「撮影師CHACHA」は、武漢のロックダウン(都市封鎖)の解除に合わせて、「武漢重啓」(=武漢再起動)という動画を作り、SNSを通して拡散しました。「より多くの人々に、自分のふるさと武漢のよりよい姿を見せたい」と胸中を語ります。
そして4月8日に、武漢のロックダウンが76日ぶりに解除されました。人々がまた自由に行き来できるようになり、まだ完全ではないですが、平穏な日々が戻りつつあります。
武漢は中国の歴史にとっても重要な土地です。清王朝(1644-1911)末期、武漢市の武昌で起きた「武昌起義(=武昌蜂起)」がきっかけに起きた辛亥革命によって、孫文の指導の下、清王朝が倒れ、翌年の1月に「中華民国」が成立されました。「武昌蜂起」は革命精神の象徴でもあり、武漢は「英雄の都市」と呼ばれているなど、日本の歴史とも関係する街なのです。
いつか落ち着いた時、武漢名物の「熱干麺」を食べながら、武漢の魅力を堪能したいと思っています。
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