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檸檬堂、埼玉産と山口産で味が違う?メーカー全否定なのに拡散の理由
日本コカ・コーラから発売中の「こだわりレモンサワー 檸檬堂」。現在、埼玉県と山口県の二つの工場で製造されていますが、「工場によって味が違う」「山口県産の方がおいしい」とSNS上で話題になっています。しかし、日本コカ・コーラ広報部の担当者は「味わいに違いないことを確認したうえでの出荷をしている」と説明。明確な根拠に基づかない情報が、ここまで拡散された背景は一体――。(朝日新聞和歌山総局=前山口総局=滝沢貴大)
「檸檬堂」は日本コカ・コーラが同社初のアルコール飲料として2018年に九州限定で売り出し、2019年10月から全国発売を始めたレモンサワーです。2020年1月には品薄から一時発売中止になるほどの人気を集めています。
日本コカ・コーラによると、埼玉県にあるコカ・コーラボトラーズジャパンの工場に加え、山口市でみかんのジュースやゼリーなどを生産・販売する「日本果実工業」に委託し、同社の工場でも生産しているということです。どちらの工場の商品が店頭に並ぶかは卸す問屋によって違うため、「東日本だから埼玉産、西日本だから山口産」というわけではないようです。
工場によって味が違うという話は、2019年末ごろからツイッターで話題になりはじめました。
2019年12月中旬、あるツイッターユーザーが「九州の檸檬堂の味と違和感があり比較をした」と埼玉産と山口産の液色を比較する画像を投稿すると、「色が全然ちがう」「山口で作ってる方しか飲んだことないけどこんなに違うんか」などと盛り上がりました。
2020年3月現在でもツイッターで「檸檬堂 山口」と検索すると、多くのユーザーが「山口県で作られた檸檬堂と埼玉県で作られた檸檬堂の味が違っててすごい」「檸檬堂は山口産一択」などと投稿しているのがわかります。
ネット上では、「関東と関西で味の違いをつけているのでは」「昔からかんきつ類を使った飲み物を作ってきた日本果実工業の方が、ノウハウがあるから」などといった考察が見られました。
この件について日本コカ・コーラ広報部に確認すると、「原料の一部に天然のものを使っているので、液色に差異が見られる場合はあります。ただ、工場によって味に差異が出るというのは会社としてはあり得ません。味わいに違いがないことを最終チェックした上で出荷しています」という回答でした。
メーカーが明確に否定しているのにもかかわらず、ここまで話題が広がり、今も新たなツイートがなくならないのはなぜでしょうか。企業の危機管理に詳しい社会情報大学院大学特任教授の鶴野充茂さんは「商品の注目度が高かったことがまずある」と話します。
ここ最近のレモンサワーブームの中、日本コカ・コーラが会社初のアルコール飲料として売り出した「檸檬堂」は元々注目されていました。そんな中で、「『同じ名前で売っているのに味が違う』といううわさは、本に誤植が見つかったときのようにツイッターユーザーの好奇心をくすぐり、広まった」と指摘します。
また鶴野さんは、「『商品の味が違う』という指摘は食品メーカーにとっては日常茶飯事。ですが、多くは個体差の話であって、今回のように工場によって差があると話題になるケースはあまり聞いたことがありません」と解説します。
「きりがないので、企業はうわさにはコメントしないのが原則。ですが、今回の話は品質管理の話も絡んでくるので、日本コカ・コ―ラ社内ではそうとう繊細に扱い、検証しているはずです」
日本コカ・コ―ラ社がはっきり否定している以上、うわさにはユーザーの感覚以上の根拠はありません。鶴野さんも「味覚は個人個人で差が生まれやすいもの。ツイッター上でも、埼玉産と山口産の味の違いを全く感じ取れない人もいます。ですので、味の違いについて議論するのは難しいところです」と言います。
こうした本当かうそかはっきりしないネットのうわさに対し、どのように向き合えばいいのでしょうか。
鶴野さんは「今回の話は健康に影響を与えるようなことではない」とし、むしろ前向きに取れる点もあると指摘します。
「新商品が発売された直後は、企業も問題が起きないか注意深く見守っているタイミングです。万が一健康被害があったとき、SNS上にいち早く情報が上がってきて、消費者間で情報共有進んで迅速に見つけることができれば、世の中のためにもなります」
一方、ネット上で不確かな情報が広まるケースは、時には社会に悪影響を及ぼすこともあります。昨今の新型コロナウイルス感染拡大を巡っては、2月下旬、「マスク増産のせいでトイレットペーパーの材料がなくなる」「中国のトイレットペーパー工場が止まったらしい。マスクが入手困難になる」といったうわさがネット上で広がりました。
ツイッターなどでは空になったトイレットペーパー売り場の画像が拡散されましたが、実際にはトイレットペーパーとマスクの原料は別物で、国内で出回っているトイレットペーパーのほとんどが国内産。むしろネットの騒動のせいでトイレットペーパーが品薄になってしまいました。
過去の事例だと、2018年にあった大阪地震のとき「京セラドーム大阪の屋根に亀裂が入っている」という投稿が画像付きでツイッターで広まりました。しかし、実際には足場とはしごが遠目に亀裂のように見えただけでした。
また、2019年に茨城県守谷市の常磐自動車道で男性会社員があおり運転を受けた後に殴られた事件では、加害者の男の車に同乗していた「ガラケー女」に「歯並びやネックレスが似ている」とされた別の女性の実名が拡散されました。度合いは違いますが、檸檬堂の件とは「注目度が高い」「ユーザーにとっての『新発見』がある」という点で通じるところがあります。
SNS上では「真実かどうか」よりも「自分が信じたい情報かどうか」が重視され、拡散されてしまう傾向があります。それにより、私たち自身が意図せずデマの拡散に協力してしまう可能性もあります。
鶴野さんは「災害のときによく言われることですが、話題づくりのためにデマを流す人はいます。ネットの情報を脊髄(せきずい)反射で拡散しないことが大事です。SNS上には各テーマ各テーマ、研究したり分析したりしている専門家がいるので、その人たちの反応を見るのも手です」とアドバイスします。
レモンサワーの味はともかく、本当かどうかはっきりしない情報をRT、シェアする際には、自分がデマの拡散に加担していないかどうか、一度立ち止まって考えた方がいいかもしれません。
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