連載
#18 #カミサマに満ちたセカイ
「仏像甘茶かけ3万回」動画中継したお寺の奇跡「まるで深夜ラジオ」
顔も名前も知らない人と結んだ「縁」
お釈迦(しゃか)様(ブッダ)の誕生日で、「花まつり」とも呼ばれる4月8日、あるお寺のツイートが注目を集めました。リツイートの数だけ、仏像に甘茶をかける。そんな内容を投稿すると瞬く間に拡散。何と3万回を超えたのです。約束を果たすため住職がひたすら甘茶をかける動画を配信したところ、視聴者との不思議な縁が生まれました。コロナウイルスの影響で、誰かとのつながりを実感しにくい中で、反響を呼んだ今回の企画。住職の話から、時や場所を越え人と人を結びつける、仏教本来の機能について考えます。(withnews編集部・神戸郁人)
つぶやきの主は、浄土真宗本願寺派の「永明寺」(福岡県北九州市)住職、松崎智海さんです。
松崎さんは毎年、花まつりの時期になると、寺の敷地内でアーティストのライブなどを行うイベント、「シャカフェス」を主催しています。しかしコロナウイルスが流行し、外出自粛の動きが広まった今年は、中止を余儀なくされてしまいました。
そこで思いついたのが、今回のツイートです。「ブッダの誕生直後、天から甘露が雨のように降り注いだ」。花祭りには、そのような言い伝えに基づき、全国の寺院などで仏像に甘茶をかけます。
「このことに着想を得て、8日の深夜にアイデアが浮かび、すぐに投稿しました」
本日はお釈迦様の誕生を祝う花まつりの日ですが、こんな状況なので参加できない方も多くおられると思います。そこでこのツイートのリツイート数だけ住職が代わりにお釈迦様に甘茶をかけます。リツイートのカウントは4/8の正午までとします。 pic.twitter.com/LCP2MisREM
— 松崎智海(非売品僧侶)@浄土真宗本願寺派♪永明寺住職 (@matsuzakichikai) April 7, 2020
8日午後2時、配信が始まりました。画面に映るのは、松崎さん一人だけです。色とりどりの花に囲まれた、金色の仏像に、ひしゃくですくった甘茶を一心にかけ続けます。
「100回を終えた頃でしょうか。ひしゃくを何度も繰り返し動かしたからか、腕が疲れ、しびれてきたんです。やがて肩まで痛くなり、像にかけたはずの甘茶が、全く見当違いの方向に飛んで行ってしまう。早くも絶望的な気持ちになりましたね(笑)」
当初、1時間で3600回程度は稼げると予想していた、松崎さん。しかし実際には、途中でひしゃくを2本に増やしても、半分以下の1400回ほどにしか届きません。いかに困難な試みであるかを、改めて痛感することになります。
そんな中で支えになったのが、視聴者の存在です。「ご住職が仏様」「熱意と工夫がすごい」。励ましの言葉をかけ、回数が増えるごとに、拍手の絵文字でねぎらう。チャット機能によって伝わってくる反応は、どれも温かいものばかりでした。
「応援のおかげで、段々と空気感が変わり、楽しく取り組めるようになっていったんです。『見守ってくれる人がいる』という安心感は、想像以上の力をもたらしてくれたように思います」
配信を通して、生き生きとした交流も数多く生まれました。
寺には知人の僧侶や親戚など、総勢5名がサポートのため訪問。一緒に甘茶をかけつつ、よもやま話に花を咲かせました。「お坊さんは肉を食べていいのか」「お寺の仕組みはどうなっているの」。視聴者から寄せられる質問にも、小気味良いトークで答えていきます。
こんな場面もありました。夫婦げんかの収め方が、話題に上ったときのこと。ヒートアップしそうになったら、仏壇の阿弥陀如来(あみだにょらい)像のもとまで走り、先に手を合わせた方が「勝ち」とするーー。ゲストの一人が、そんな習慣について紹介しました。
すると、ある視聴者が「それって『アミダッシュ』ですね」とチャットで投稿。「ツイッターでトレンド入りしてもいいワード」などと面白がる声が広がりました。更に、松崎さんの妻が毛筆で半紙に書き出し、本堂内に貼り出すほど盛り上がったのです。
「仏壇を第三者と捉え、家族の間に介在させることで、コミュニケーションを滑らかにする。会話のテーマ自体は、とても仏教的です。そもそも、仏の教えは生きている人のためのもの。こうした気付きは、一般的な法話の中でも、よく語られます」
「違うのは、深夜ラジオのような緩い雰囲気の中で、双方向的なやり取りができたことです。法話と異なり、時間制限がないから、思いついたことをしゃべり続けられる。視聴者も自由な発言が可能だし、聞き流したっていい。こういった機会は貴重だと思います」
2日間の配信期間中、動画チャンネルには常時、500~1000人程度の視聴者が訪れました。松崎さんは、今回の取り組みを好意的に捉えてくれる人の多さに、「仏教とは誰かを楽しませられるコンテンツである」との思いを深めたといいます。
「『寺離れが進んでいる』と言われますが、興味を持って下さる方は、意外と少なくない。私自身、仏教というのは、本来楽しく心地よいものと考えています」
「そして僧侶とは、言うなれば『かかりつけ医』のような存在です。一人一人、人生に迷った経験があるからこそ、仏道を歩んでいます。必ず、自分に合った考え方を持つ人はいるはず。『推し坊主』と巡り合えるまで、取っかえ引っかえして頂いて構わないのです」
仏教を新たな視点で捉え直す機会となった、今回の企画。もう一つ、「縁」の尊さも実感するチャンスにもなったと、松崎さんは語ります。
「コロナウイルスによって、楽しむための機会が失われてしまい、悲しい。動画を見て下さった方々は、そうした本音を胸に秘めながら、互いに共感し合ったのだと思います。それぞれがチャットを通じ、自然と仲良くされているのも印象的でした」
「年齢も、顔すらもわからない。しかし一人一人が、1回きりの出会いを大切にしている。まさに、縁の力を感じた経験です」
見知らぬ誰かとの関わりは、松崎さんの家族にも影響を及ぼしました。最後の甘茶かけを担当した、高校2年になったばかりの息子。元々、人前に出たがらない性格だったそうです。しかし視聴者からの声援に心動かされ、自ら大役を買って出たといいます。
ひしゃくからこぼれ落ち、仏像を浸すお茶。脇に設置されたカウント用のタブレット端末に、「32551」という数字が示された瞬間、チャット欄はお祭り騒ぎに。「息子さん頑張った!」。祝福の言葉が、続々と書き込まれました。
「みんなに支えられ、一緒につくることができた。企画が成功した要因は、その点に尽きると思っています」。松崎さんは、しみじみと振り返ります。
外出が難しくなり、他者とのつながりが実感しづらくなっている昨今。そんなときこそ、場所や時間を超え、人々の人生を結びつけ直してくれる。松崎さんの取り組みは、そのような仏教の機能が、テクノロジーの力を得て最大限発揮された好例と言えるのかもしれません。
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