連載
#17 #カミサマに満ちたセカイ
自己啓発本が売れ続ける理由、専門家が指摘する「猿山の論理」
「誰もが成功できる」という言葉の裏に隠されたもの
書店に並ぶビジネス本に、「能力開発」をうたうセミナー。こうした営みは一般に「自己啓発」と呼ばれます。一定のノウハウさえ学べば、学歴や職歴に関係無く、誰でも社会的に成功できる――。魅力的な触れ込みとは裏腹に、「効果がない」などの批判が寄せられることも少なくありません。実情について専門家に尋ねてみると、「猿山の論理を体現している」という言葉が返ってきました。果たして、その真意とは?(withnews編集部・神戸郁人)
自己啓発の領域では、極端な前向き思考といった要素が重視されます。こうした考え方は、どのように生まれてきたのでしょうか?
立教大社会学部の小池靖教授(宗教社会学)は、欧米における近代社会の発展が、一つの契機になったと分析します。
「大衆社会が成立し、個人が他者との交流によって成功を収めていく。そうした『ビジネスマン的論理』が浸透していったときに、非常にわかりやすく、かつ使われやすいものとして、『ポジティブシンキング』などが受け入れられたのでしょう」
自らの心を変えるのは、周囲の環境を調整するより、コストパフォーマンスがよい。そのような考え方は、20世紀初頭の米国で、都市部を中心に広まったといいます。実際、著名なビジネス書のロングセラーの中には、当時の作家などが手がけたものも少なくありません。
小池さんによると、近年は更に「進化生物学」的な要素が、自己啓発のジャンルにも加わるようになってきたといいます。つまり、性別などの動物的なファクターによって、人間の心理や行動を規定しようとする考え方が台頭している、というのです。
「この枠組みに当てはめると、人間は『自分の遺伝子をより多く残そうとする存在』と捉えられます。たとえば婚活では、外見や生活力などの面で優れた人が異性を独占する、ということが普通に起こる。強者が場を牛耳る、いわば『猿山の論理』を体現しています」
こうしたスタンスは、自己啓発をもり立ててきた、新自由主義的な「弱肉強食」の価値観と結びつきやすいものです。
自分自身を開発し、より大きな利益を獲得する――。「勝つ」ためのセオリーを追い求める動きは、恋愛・結婚から、就活における自己分析といった領域に至るまで広がっている。小池さんは、そう語ります。
個人や企業を対象に、「能力開発」などの名目で行われるセミナー。有名人がビジネスの心得を伝える「オンラインサロン」。自己啓発は、今や様々な形で展開しています。一方、黎明期から変わらぬ点もあるというのが、小池さんの主張です。
「あるノウハウを身につければ、学歴や経験に関係無く、誰でも成功できる。それが自己啓発の基本的な考え方です。私は『ノウハウ平等主義』と呼んでいます。このレトリックが夢を与えてくれるからこそ、時代が下っても、支持を集め続けているのだと思います」
実際の成果は、外見や年収など、動かしがたい要素に左右されることもある。しかし、そうした点をあえて強調せず、「自分のメソッドを使えば成功できる」というメッセージを売っている……。そんな側面があるといいます。
小池さんは過去に、とあるオンラインサロンに、2カ月ほど在籍していました。関連する講演会にも参加した結果、主宰者のカリスマ性に惹(ひ)かれ入会する人がいるものの、脱会者も少なくないことに気付いたそうです。
「セミナーやオンラインサロンは、ある種の閉鎖空間で啓発的な考え方を深めていくものです。しかし日常に戻れば、それまでの社会的関係が残っています。新たに得られた価値観を維持するシステムも存在しないので、根本的な自己変革にはつながりにくいのでしょうね」
その反面で、「自己啓発産業」が、一定の規模で存続するとも予測します。都市に人口が集中し、地域社会とのつながりが希薄化する現代。資本主義的な価値観が主流となり、「自己責任」がうたわれる中で、ニーズが失われることはない、というのです。
そのような社会において、うまく立ち回る方法はあるのでしょうか?
「先日開かれたイベントで、学生時代に私の講義に出た、という若者と出会いました。『自己啓発的なダイナミクス(力学)を経営に応用している企業がある』という学説を紹介したところ、それがきっかけで就活をやめた、と教えてくれたんです」
「やや極端かもしれませんが、自分で考え、人生を選択した例と言えるかもしれません。色々な考えや思想に、可能な限り多く触れることには、一定の意味があると思います。没頭できる趣味を持つなど、日々の幸福度を高めるのも、有効ではないでしょうか」
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