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居酒屋バイトから中国のインフルエンサー 利益なしでも続ける恩返し

「『中国を嫌いな日本人が多い』という、多くの中国人が持つ印象はステレオタイプでした」

インターネットの生放送で、中国人向けに、日本のお酒をPR販売する甜甜さん=2019年8月16日
インターネットの生放送で、中国人向けに、日本のお酒をPR販売する甜甜さん=2019年8月16日

目次

東京駅前の居酒屋でアルバイトをしていた、ごく普通の中国人留学生が、数年後に、フォロワー240万を超える人気インフルエンサーに変貌しました。東京で発信を続ける一方で、今年2月下旬には渋谷駅前でかぶり物をして名前を隠し、マスクを無料で配りました。日本に寄せた彼女の思いを聞きました。

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福島の海岸に現れた中国人の女性

「ウイルスで大変な時だからこそ、中国と日本が助け合うことが重要です」

今年の3月11日、福島県富岡町。ある中国人の女性が、スマートフォンで海岸や町並みを撮りながら話しています。

女性が語りかけるのは、ネットの生放送を見ている数百万人の中国人です。

「東日本大震災からの復興が道半ばにある東北、ウイルスに苦しんでいる日本各地に応援をお願いします」

視聴者数はのべ180万人を超え、生放送のコメント欄には「来年は桜を一緒に見られますように」「福島も日本も中国もがんばろう」などと書き込まれました。

福島県富岡町の海岸をスマホで撮りながら、生放送を配信する甜甜さん=2020年3月11日、本人提供
福島県富岡町の海岸をスマホで撮りながら、生放送を配信する甜甜さん=2020年3月11日、本人提供

アイドル並みの人気インフルエンサー

この女性は、中国の人気インフルエンサーとして活動する、東京在住の甜甜 てんてん さん(30)=本名・ 曽穎 そう いん

東京や上海でネット広告の会社を経営。中国版ツイッター「ウェイボー」で245万フォロワーという、人気の高さを生かし、中国のネット生放送で日本の商品を販売しています。

東日本大震災の前年に留学生として福建省から来日。震災当日は、休暇中で中国に一時帰国していましたが、テレビの映像を見た時の衝撃はいまだに忘れられません。以降、宮城県女川町に行ってネット番組を制作したり、生放送で大震災のことを話したりしてきました。

今回の生放送でも、中国人の視点から、福島の被災者の声や特産品を紹介しました。ただ、いつもの放送とは違い、スポンサーはおらず、会社としての利益はありません。

「私の主な仕事は、商品をPRすることです。でも、被災地の現状や日本でのウイルスの状況を発信することも、同じくらい大事だと思っています。ネット上で日中の人々をつなぐことが私の夢ですから」

そう話す甜甜さんの原点は、東京留学中の体験にあります。
中国向けのネット生放送で、「中国で一番有名な日本人」として知られるタレントの蒼井そらさんと共演した甜甜さん。化粧品などをPRした=2019年12月10日
中国向けのネット生放送で、「中国で一番有名な日本人」として知られるタレントの蒼井そらさんと共演した甜甜さん。化粧品などをPRした=2019年12月10日

日中関係悪化の中で留学「優しさに救われた」

日本の文化に興味があった甜甜さんは、2010年に日本語学校の学生として留学生活をスタート。勉強の傍ら、居酒屋でバイトをしました。

ちょうど、尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船と衝突した年です。日中関係は急激に悪化し、日本語学校の仲間も次々と帰国。中国人の反日デモが連日のように報道される中、甜甜さんは周りの日本人の優しさに何度も救われたと言います。

2011年から居酒屋でバイトしていた甜甜さん=本人提供
2011年から居酒屋でバイトしていた甜甜さん=本人提供

甜甜さんが、電車で日本語の教科書を読んでいた時、突然近寄ってきた日本人のおじいさんがいました。

少し怖くなり、「中国人だから怒られるのではないか」と身構えました。ところが、おじいさんは「今の日中の争いは、政府のせいだから、気にしないでね」と怒るどころか、気遣ってくれたそうです。

バイト先の店長からは、「家族は心配しているでしょ?帰らなくて大丈夫?」と聞かれましたが、甜甜さんは自信を持ってこう答えました。

「日本の皆さんは、親切で優しい人ばかりです。家族にもそれを伝えているから大丈夫ですよ」

2013年に大学院に合格した甜甜さん(右)と日本語学校の先生=本人提供
2013年に大学院に合格した甜甜さん(右)と日本語学校の先生=本人提供

留学中の失敗も漫画のネタに

「『中国を嫌いな日本人が多い』という、多くの中国人が持つ印象はステレオタイプだった」と実感した甜甜さん。日中の報道やインターネットの情報だけでは、実像は見えてこないと考えるようになりました。

そのギャップを少しでも埋められないかと、来日した翌年の2011年に、自身の留学生活を紹介する漫画の連載「日本に来てよかった」をSNS上で始めました。

バイト先の居酒屋で、お客さんから「とりあえずビール」と注文され、「『とりあえずビール』はありません。アサヒビールとキリンビールしかありません」と返した体験などが題材になっています。

甜甜さんが留学中に描いた漫画「日本に来てよかった」=本人提供
甜甜さんが留学中に描いた漫画「日本に来てよかった」=本人提供

フォロワーが増えてくると、漫画で企業の宣伝をしてほしいと頼まれるようになりました。

ネット広告の将来性に気づいた甜甜さんは2011年、日本語学校在籍中に、広告会社を上海で設立。日本と中国を行ったり来たりしながら、バイトと2人だけで、漫画や動画の制作を始めました。

最初は、知り合いのつてで、中小企業の広告案件がたまにもらえる程度でした。平日は日本語学校があったため、平日の夜や週末に働いていましたが、利益はゼロに近い状態が続いていたそうです。決して多くはない貯金と、月10万円弱のアルバイト代で暮らす日々でした。

日本の観光案内の動画がヒット

初めて大口の広告オファーがあったのは、2014年でした。中国市場の開拓を進める日本の化粧品会社が、中国人の女性のフォロワーを多く持つ甜甜さんに注目。新発売のファンデーションのPRを依頼されました。

甜甜さんはその年、大学院に入学。自身の留学生活とともに、商品を紹介する動画はじわじわと人気を集め、広告依頼は月2、3件に増えました。中国だけでなく日本企業からの依頼も多くなってきたため、東京でも広告会社を在学中に立ち上げました。

そんな中、中国人観光客の急増と重なったこともあり、日本の観光案内の動画がヒットし、ウェイボーのフォロワーは100万人になりました。
フォロワーはその後も順調に伸び、現在は242万人。昨年立ち上げた北京の会社含め、3社で年商3億円ほどにまで成長しました。

中国のインフルエンサーは「網紅(ワンホン)」と呼ばれ、市場規模は急成長を遂げています。中国の調査会社によると、2017年の中国のSNS市場規模は約1365億円(約90億人民元)。それに対し、同じ年の日本の市場規模は175億円(調査会社「デジタルインファクト」調べ)に過ぎません。中国で使えるSNSはほぼ国産に限られる上、内容も制限されていますが、ビジネスの手段としては欠かせません。
中国のインフルエンサーは「網紅(ワンホン)」と呼ばれ、市場規模は急成長を遂げています。中国の調査会社によると、2017年の中国のSNS市場規模は約1365億円(約90億人民元)。それに対し、同じ年の日本の市場規模は175億円(調査会社「デジタルインファクト」調べ)に過ぎません。中国で使えるSNSはほぼ国産に限られる上、内容も制限されていますが、ビジネスの手段としては欠かせません。 出典:中国の調査会社「アイリサーチ」の調査報告

「今度は中国の番」マスクを無料配布

ところが、新型コロナウイルスが中国国内で猛威をふるい始めた1月中旬ごろからは、状況が一変しました。経済活動が制限され、主な収益源である中国企業からの広告依頼はキャンセルが相次ぎました。

そんな時、日本の友人やフォロワーからのエールが心の支えになりました。日本のクライアント企業が武漢にマスクや消毒液を寄付した話も聞き、心強く感じたそうです。「直接のメリットがなくても、中国の痛みに、当然のように手を差し伸べてくれた。その気持ちがとても嬉しかったのです」。

その直後、日本でも感染者が徐々に増え、日本企業からの依頼も9割はキャンセルとなりました。一方で、3月に入ると、中国では感染対策の効果が出始め、仕事も少しずつ戻ってくるようになりました。

甜甜さんは、「中国人として、日本に恩返しをしたい」と考え、マスクを無料で配ることにしました。

2月下旬、東京の渋谷駅前で、キャラクターのかぶり物をして配りました。「中国人の恩返しを代行しているだけだから」と、名前も素性も明かしませんでしたが、通行人がツイッターに上げた動画はすぐに話題になりました。

「中国がウイルスで大変だった時、日本の方々にはたくさん助けてもらいました。大きなことはできないけど、今度は、中国人が日本の方々を助ける番だと思いました」

渋谷駅前でマスクを配る甜甜さん=2020年2月23日、本人提供
渋谷駅前でマスクを配る甜甜さん=2020年2月23日、本人提供

配ったマスクは、1000枚。海外の通販サイトや知り合いを通じてかき集めました。

マスクを受け取った後に、「やっぱり自分は足りているから、必要な人にあげてほしい」と言って、返してくれた人もいたそうです。甜甜さんは「どこの国でも買い占めする人はいるけれど、日本には譲り合いの精神を忘れない人もたくさんいる」と話します。

日本のリアル 中国人に伝えたい

甜甜さんは、こうした日本人の姿を、中国人にもっと伝えていきたいと考えています。

「日中関係が良くなるには、経済交流だけでなく、文化交流も必要です。私の目を通した、日本のリアルを中国の視聴者にもっと感じてもらいたいんです。日中の理解のプラットフォームを作ることが、留学生だった自分をここまで育ててくれた日本と中国への恩返しです」

 

 日本で働き、学ぶ「外国人」は増えています。でも、その暮らしぶりや本音はなかなか見えません。近くにいるのに、よくわからない。そんな思いに応えたくて、この企画は始まりました。あなたの「#となりの外国人」のこと、教えて下さい。

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