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お金と仕事

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今こそ「社会的冬眠」を 「生活費を国が肩代わり」という選択肢

2度目の週末の外出自粛要請がされた、4月5日のJR渋谷駅前スクランブル交差点=2020年4月5日午後0時20分、東京都渋谷区、遠藤啓生撮影
2度目の週末の外出自粛要請がされた、4月5日のJR渋谷駅前スクランブル交差点=2020年4月5日午後0時20分、東京都渋谷区、遠藤啓生撮影 出典: 朝日新聞

目次

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府は緊急事態宣言を出しました。宣言の対象となった東京都を始めとする7都府県では、住民への不要不急の外出の自粛要請や、施設の使用停止、イベントの開催制限の要請・指示の措置などができるようになりますが、その実効性については議論となっています。政治学者の土屋彰久・早稲田大講師は、社会活動のカレンダーごと、1年単位で止める「社会的冬眠」を提言しています。幅広い活動を長期間止める意味、その間の経済補償についての考え方などを寄稿していただきました。

緊急事態宣言、大きな意味はない

緊急事態宣言は、日本の場合、本当に字面の通りの「宣言」に近いので、出す出さないにそれほど大きな意味はない。本来、緊急事態宣言を出すのは、政府が直ちにやらなければならないことを、通常の手続に則ってやると時間がかかりすぎるから、つまり、政策実行の時短策としてである。私有不動産の一時接収も、時間はかかるが通常の手続で可能なことであり、許されないことを許すのが緊急事態宣言ではない。

だから、「すぐに実行したい対応策があるのに時間がかかっている」というのが、本来の発令の動機であって、後手後手の弥縫策を小出しにしている政府から出てくるのはおかしいということも踏まえておくべきである。

とは言え、新型コロナウイルスの影響は世界的に広がっている。この状況において、カレンダーの進みを社会的に止めるソーシャル・ハイバネーション(社会的冬眠)を提言したい。この「社会的冬眠」により、社会全体が新型コロナウイルス対応を最優先していく上での不必要な障害を取り除くべきだ。

緊急経済対策と緊急事態宣言の検討状況に関して、取材に応じる安倍晋三首相=2020年4月6日午後5時54分、首相官邸、岩下毅撮影
緊急経済対策と緊急事態宣言の検討状況に関して、取材に応じる安倍晋三首相=2020年4月6日午後5時54分、首相官邸、岩下毅撮影

カレンダーが止まれば、必要なくなるもの

コロナへの対応だけを考えるならば、活動を控え、接触を避けるのが簡単で効果的である。ただ、現実には生活というものがあるので、生産、消費といった活動をやめるわけにはいかない。ポイントは、この活動のなかに、カレンダーが止まれば必要なくなるものがあるということだ。

例えば、家賃の支払いがそれにあたる。家賃を払うために、働かなければいけない人は多い。カレンダーが進まなければ、月給も入らないかわりに家賃の期限も来ない。その間は、食費や光熱費だけで生活ができる。企業も同じで、売り上げがないかわりに、月給の支払日も手形の期日も来ない。

もちろん、学校も何も、全てが日付が変わる直前で止まる、ということである。そして、生活に必要な資金は国が全国民に一律に支給する。全ての定期費用、定期収入がストップするので、貧富で対応を分ける必要はない。悲鳴を上げる飲食店やホテルも無理なく休むことができる。それを1年といった切りのいい区切りで行い、その間、社会はコロナへの対応を最優先できる。

必要な労働には「対価」

財源は、無利子国債を日銀が直接引き受けすればよい。そして、たとえば1年分を12カ月に分け、危機の影響が収まる5年後などから、1年につき1月分を12年かけて償還していく。企業の活動を止める必要はない。そもそも生産は必要であるし、売買や交換も必要である。

問題は期限が来るだけで発生する債権債務なので、対価関係が成立する限り、そのまま取引を行えばよい。だから、月給は払われないが、働いた分の賃金は支払われる。

一見、二重取りに見えるが、無理に働かなくても生活費が支給される状態は皆同じで、賃金という対価を重ねて支払ってでも働いて欲しいということで働いた分に、出来高で支払われるというだけである。だから、激務に奮闘する医療従事者には十分な「対価」が支払われるし、食料生産者・流通者にも対価は支払われる。

その支払いの元となる基礎生活費は、先の通り国から支給される。蓄えがある人、賃金を得た人は、その分いろいろなものを買うことができるし、こうした需要は次なる生産の需要を生むから、経済の冷却が過度に進むことを心配する必要はない。

賃金という対価を重ねて支払ってでも働いて欲しいということで働いた分に、「対価」が支払われる(写真はイメージです)=PIXTA
賃金という対価を重ねて支払ってでも働いて欲しいということで働いた分に、「対価」が支払われる(写真はイメージです)=PIXTA

選択肢になるだけで意義

また、カレンダーが止まれば税金も入らないので、財源は全て無利子国債になるが、無税状態で経済活動が続くことで社会に富が蓄積されるので、潜在的に担税力が向上していくため、償還に問題はない。

日本にとってのコロナ・パンデミックは、中国からの第一波に続き、欧州からの第二波の入り口にいる。元々物理的に疎放な状態にある地方は、感染拡大自体にはある程度耐えられるであろうが、東京一極集中の状況では、その効果として東京での感染爆発は不可避で、その悪影響が全国に波及することもまた必然と見てよい。

そしてこれは、社会的冬眠という人為により、最小限に抑えることが可能である。

日本だけがこんなことをやってもと言われるかもしれないが、そもそも、国際交渉など外交の世界を中心に、「時計を止める」ということはいくらも行われてきたし、欧米の方が先行してパンデミックが深刻化しており、日本のイニシアチブにより世界が足並みを揃えやすい環境にある。

感染爆発後の各国の機敏な対応を見ればわかるように、先進国の首脳は危機に当たってはメンツや惰性よりも合理性、必要性で物事を判断できるので、選択肢の一つとして示すだけでも十分な意義があると考える。

     ◇

つちや・あきひさ 早稲田大学講師。専攻は政治学・憲法学。著書に『教科書が教えられない政治学』シリーズ、『公民のおさらい』(自由国民社)、『政治と法』(神保出版)など。

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