話題
清原和博さんも信頼、薬物依存者を支える住職 「ネットは『過剰』」
薬物による芸能人の逮捕が、昨年から続いています。ニュースが出ると、ネット上は様々なコメントでお祭り状態に。こうした反応を「過剰」とし、「復帰の芽をみんなで摘もうとしているかのよう」と語るお寺の住職がいます。神奈川県藤沢市にある示現寺の鈴木泰堂さん(44)。元プロ野球選手の清原和博さん(52)をはじめ、多くの薬物依存者の支え手です。薬物依存になる心理、生きる上での心の持ちようについて聞きました。(朝日新聞記者・高野真吾)
――昨年末に出版された清原さんとの共著『魂問答』で、鈴木さんは清原さんに「いずれは逮捕されたことを感謝する日がきますよ」と話しています
今、がっつりクスリをやっている人が10人いたら、10人共にやめたがっています。子どもに泣きつかれたなど自分を奮起させるできごとがあれば契機となる。薬物は何かきっかけがないとやめられません。逮捕もその一つと考えるからです。
――逮捕されると多くのものを失います。俳優の沢尻エリカさんは、NHKの大河ドラマを降板しました。沢尻さんや、歌手の槇原敬之さんにも同じ言葉をかけますか?
はい。皆さん一様に、自らの体を痛め続けた薬物を、自らは止めることができなかった結果によって迎えた逮捕です。今回の逮捕を「再スタートのチャンスを頂いた」「薬物を絶つための縁を頂いた」と考え、治療、更生に励んで欲しい。
――こうした逮捕劇のたび、テレビ、雑誌、ネットを巻き込んで大ニュースになります
違法行為を働いたので当然、ある程度の社会的制裁は受けるものでしょう。世間の冷たい目を含めて。
しかし、ネットの反応は過激過ぎます。復帰の芽をみんなで摘もうとしているかのようです。「絶対またやるよ」と明言する「予言者」、「一発アウト」と断罪する「裁判官」。こうした書き込みをする方々は、自らの正義感を信じ、他の人を傷つけることに罪悪感を持っていません。
――薬物は悪い行いですし……
その通りですが、薬物使用の初回は、ちょっとしたことがきっかけで身近でも起こりえます。「元気が出るクスリだよ」と渡され、飲んだのが合成麻薬のMDMAだったりする。興味がなく始めてしまうこともあります。
20代前半の頃、薬物で逮捕され出所した男性を先代の父が寺であずかっていました。薬物を断てるように一緒に水をかぶったりしながら、薬物依存者の心の動きや、使った時の高揚感を聞きました。一度、薬物に手を染めると、自分の意思をコントロールできなくなります。
――鈴木さんは「薬物乱用防止教育認定講師」の資格も持っています
2008年に住職になり、ほどなく取得しました。先代も薬物依存の人たちを支えてきましたので。そうは言っても、うちは薬物専門ではないのです。薬物依存で来られた方は50~60人ぐらい。
薬物依存をやめさせるには、本人の強い意思に加え、医療との連携が必要になります。専門的な医師から適切な治療を受ける。そうして回復してきた時、うつ症状や気持ちがあがらないとなった段階で、私が役に立つのです。
振り返ると薬物に限らず、生きる上での様々な悩みを聴いてきました。友達とうまくいかない小学生、病気で余命いくばくもないお年寄り。頼られた方の心を元気にできるように尽くします。
「どんなに根が弱くても、支えるものが強ければ倒れることはない」との先師の言葉があります。坊主は支える立場です。
同じ気持ちだった先代の頃から、相談の電話は24時間取るようにしています。突然、夜中に目が覚め、眠れなくなってしまった相談者がいる。実際に電話をかける、かけないは別にして、いつもつながっているお寺があるというだけで心の支えになるからです。
もちろん、私もある程度は寝ないと体が持ちません。昼間で平気な相談は昼間に電話してねと話していますが、すぐに出られるように電話は抱えて寝ています。
――そうした相談者をどのように支えるのですか
人は悩み始めると、あれこれごちゃごちゃになります。それを仕分け、最初に考えるのはこれ、次はこれと一緒に整理していく。
「住職、最近、元気が出ないのです」と打ち明けられたら、「なんで元気がないの」と探っていく。「世の中面白くない。仕事もうまくいかない」と相談されたら、「なんでそうなのだろうね」と深めていく。
僕が持っている物は同じものだけど、それが薬物依存からの回復に使えたり、日常の人間関係作りや修復に伝えたりします。
そして切羽詰まっている方だと、坊主の極端な話も響きます。
――その極端な話とは
物事の善悪を例にしましょう。世間では善にこしたことがないと考えられがちですが、仏様の教えは中道です。
たばこで言うと、禁煙ができた元喫煙者ほど、目の前の人がポイ捨てしたと大声でしかったりする。しかし、相手は間違えて手からたばこを滑らせ、拾えるタイミングがなかっただけかもしれない。しかるのでなく、代わりに捨ててあげるのが一番穏やかな中道の作法です。
――できそうで、実はできなそうな行いです
仏教では、克服すべき心の三毒があります。「むさぼり」を意味する「貪(どん)」、「怒り」の「瞋(じん)」、「無理」の「癡(ち)」で、これらは煩悩を加速させると考えます。正義に怒っていると、物事の解釈はゆがみます。
――最初に話をした薬物逮捕者へのバッシングにも響く話です
人間は窮屈になると、視野が狭くなります。その時は「心の余裕を持ちましょう」と語りかけ、そうなるようにお手伝いする。
分かりやすいのは、そこにある茶筒の見方です。上から見て丸、横から見て長方形だと断定してしまう。しかし、本当は斜め上から見た円柱が実態ですよね。
――鈴木さんの元には全国から相談者が来ます。なぜなのでしょうか。
分かりません。確かに北海道から九州まで、全国の方が訪ねて来られます。特にマーケティングが上手でもないし、広告宣伝費もかけていない。皆さん、口コミでここを知るようです。
質問をかわすわけではないけど、「仏様が導いてくれるから」が坊主としての答えです。
ご相談に対し、お断りすることはありません。その問題は分からない、お力になれないとは言わない。僕がお役に立てるならばという気持ちでいると、目の前に縁が現れます。
――私が西武ライオンズ時代の清原さんのファンで、鈴木さんが気になり、ここに来たのも縁でしょうか
そうです。書籍が新たな縁を作ってくれました。
縁で結ばれた相談者から教えられたことが、次の相談者の悩みに役立つことがあります。死に対してポジティブな態度になった末に亡くなった末期がん患者がいました。その方の態度や言葉は、「死にたい」とつぶやく別の相談者に気づきを与えました。
私がこうして皆様の悩みを聞くようになってから、17、18年でしょうか。もっというと、32年前に12歳で坊主になってから、無駄になった出会いは一つもありません。
1/5枚