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一斉休校、あさのあつこさんの憤り「子どもの一日はかけがえがない」

教育をどう立て直すか。どうすればいいんだろうって悶々としています

インタビューに応えるあさのあつこさん。「学校現場の先生、子のいる大人はよく戦っています」と話した上で、かけがえのない時間を失った子どもたちへの補償を考えてみてほしいと話した
インタビューに応えるあさのあつこさん。「学校現場の先生、子のいる大人はよく戦っています」と話した上で、かけがえのない時間を失った子どもたちへの補償を考えてみてほしいと話した

目次

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ目的で、安倍晋三首相が全国の学校に一斉休校を要請して3週間が経ちました。まもなく4月。多くの子どもたちは、当たり前に続くと思っていた「日常」を突然失いながら、日々を過ごしてきました。「子どもの一日はかけがえがない日で、巻き戻しも繰り返しも出来ない」と作家のあさのあつこさん(65)は憤ります。「落ち着いてきたから、学校再開しましょう」で済ませてはいけない、大人の「責任」の取り方について聞きました。(朝日新聞岡山総局記者・華野優気)

学習・心への影響は数値化できない

私が一番心を痛めているのは、場当たり的な一斉休校で、均等でなければいけないはずの教育の機会が奪われ、ますます格差が広がるということ。休校にすれば、その後どうなるかを大人が十分考えなかったからです。

教育をどう立て直すか。どうすればいいんだろうって悶々としています。学習の遅れや心への影響は、株価のように数値化できません。だからこそ緊急に向き合わないといけない。政治の力でちゃんと手立てしないと。

子どもたちが将来の国を支える存在であることは確かです。だからおろそかにしてはならないし、遅れたら取り返しがつかない。経済政策や東京五輪・パラリンピックをどうするかも問題ですが、教育はそれらと同等の大きさの柱。なのに、国からはどう立て直すか、聞こえてこない。後回しになっているか、視野に入っていないか。「落ち着いてきたから、学校再開しましょう。よかったですね」って終わるんじゃないかな、と心配です。

休校中、登校する児童。保護者の事情などで自宅で過ごすことが難しい児童を受け入れた小学校では、感染予防のため席を離して自習していた=2020年3月2日、大阪市西区の堀江小学校、細川卓撮影
休校中、登校する児童。保護者の事情などで自宅で過ごすことが難しい児童を受け入れた小学校では、感染予防のため席を離して自習していた=2020年3月2日、大阪市西区の堀江小学校、細川卓撮影 出典:朝日新聞

<あさのあつこ>
大学在学中から児童文学を書き、岡山県内の小学校講師を3年務め、1991年にデビュー。少年野球を題材にした著作「バッテリー」シリーズで野間児童文芸賞。1千万部を超えるベストセラーになった。3児を育て、今は2歳から小6までの10人の孫がいる。

「自己責任」できない家庭が圧倒的に多い

私は1人の大人として、子どもたちに申し訳ない気持ちでいっぱいです。とりわけ、自分で考えて行動することが難しい低学年の子には。国のフォローはあまりにもずさんです。休校し、その後を自己責任にした。ものすごく大きな格差をつけていくことになる。教育の続きを補塡できる家庭もありますが、できない家庭の方が圧倒的に多い。だから自己責任にされたらどうしようもなくなってしまうじゃないですか。

学習ドリルがよく売れているみたいですが、それだってタダじゃない。どのくらいの家庭が用意してあげられるんでしょう。国は、それらを保障することを具体的に発信しなければいけませんよ。

突然学校が休みになって、「気をつけて過ごしなさい」と言われて、子どもたちは戸惑っています。どこにも行けなくて家に居ざるを得なくなっている。「一緒に料理でもしようか」と言ってくれる大人がいる子はまだいいです。でも、小1、小2の子を家に1人にしておかざるを得ない人も大勢います。生活格差のようなものも今後、影響が出てくるでしょう。

小学校が休校となり、放課後児童クラブに登校し自習に励む児童たち=2日午前9時16分、岡山市北区弓之町
小学校が休校となり、放課後児童クラブに登校し自習に励む児童たち=2日午前9時16分、岡山市北区弓之町 出典:朝日新聞

これから子どもへの補償を本気で

まずは足元の子どもたちのことから真剣に考えましょう。子どもは機械とは違う生身の存在だとかみしめて。子どもの一日はかけがえがない日で、巻き戻しも繰り返しも出来ない。なのに、軽んじられ、二の次三の次にされてしまう現状に憤りを覚えます。

選抜高校野球の中止も、「致し方ない」と言うのがまっとうな答えなのでしょう。でも私はどうしてもそう言えない。「致し方ない」という答えに、「生徒の思いに対する視点がどれくらい入っているだろう」と思ってしまう。さまざまな決定に関わった大人たちは、これから子どもへの補償を本気で考えていかなければならないと思います。

学校現場の先生、子のいる大人はよく戦っています。私は母でも祖母でもあるので、不安はよく分かる。不安と戦う自分を誇りに思っていい。

ただ今回の出来事を一過性のものにしてはいけません。大人は、同じことを起こさないためにどうしたらいいのか考えてほしい。ウイルスのことは専門家に任せるしかないが、「地域でどう活動すればいいんだろう」と少し考えてみませんか。それが大人の責任の取り方かな、と思います。

インタビューに応えるあさのあつこさん
インタビューに応えるあさのあつこさん

子どもの話をじっくり聞く、普段の積み重ねから

JR岡山駅前の喫茶店で約1時間、子どもたちへの思い、大人たちの責任について、あさのさんは話してくれました。一つひとつの言葉に、子どもたちの明るい未来を願う強い気持ちが詰まっていました。

あさのさんは「公平であるはずの教育の機会を奪われた」と怒り、いまの社会は子どもの問題を軽んじ、二の次にしていると語気を強めました。そのうえで、子どもたちになんとか手を差し伸べようと必死に頭をひねっておられました。 

そんな姿に、数々の作品が人々の心をつかむのは、子どもたちへのまっすぐな思いが作品ににじみ出ているからなのかもしれない、と感じました。

今回の臨時休校で、「共働きなどの家庭の子どもの預け先をどうするか」はもちろん大切な問題です。 しかし、「教育を受けられる」という当たり前の権利が子どもたちから奪われることは、それと同じくらい大きな問題です。私たち大人はどれだけ子どもの立場になって考えられたのか。この機会に、自省の念を込めて考えたいと思います。

私なりの答えを探せば、あさのさんが言う「大人の責任」とは、普段の行動の積み重ねと意識の持ちように行き着くのではないでしょうか。定期的に子どもの話をじっくり聞く、選挙のときにはよく考えて投票先を選ぶ……。具体的なことではなくても、身近なこと、ささいなことが問われているような気がしてなりません。

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