連載
#16 教えて!マニアさん
「小屋」だけ撮り続けたマニアがたどり着いた境地「世界の余白だ」
見えているようで、見えていないもの
田んぼや畑の中に、ポツンとたたずむ「小屋」。一体誰が建てたのか、なぜそこにあるのか、話題には上がらなくとも、必ず見たことがある日本の風景。そんな「小屋」を追いかけて、全国で撮影しているカメラマンがいます。話を聞くと、見ているはずなのに、見えていなかった世界がそこにありました。
普段は人物や住宅インテリアを撮影するカメラマンの遠藤さん。4年ほど前から小屋の写真を撮り続けているといいます。
「小屋って、建物としてすごくシンプルですよね。『物をしまう』という役割だけをまっとうしている。それって健気でなんだかかっこいいですよね。『仕事をしている建物』っていう感じがするんです」
例えば、農村の田んぼの中によく見かけるのがポンプ小屋。田んぼに水を引くポンプを、雨風から守るために置かれています。
「ポンプが必要になるのは、田植えの頃から稲が育つまでの3〜4ヶ月です。1年のうちたったそれだけの期間ですが、ポンプのために小屋が建っている。農家の方にとってそれだけ大切なものであることもわかります」
遠藤さんの小屋にかける原体験とも言えるのが、北海道の函館本線沿い、銭函駅近くにある番屋です。遠藤さんが高校の修学旅行で、北海道に訪れた際、車窓に流れる景色の向こうにある小屋が、なぜか印象に残っていたといいます。
それから約30年後、小屋マニアとなった遠藤さんは出張で訪れた北海道で思い出し、「再会」に向かいました。高校生の頃は外から見ただけでしたが、実際に中に入れてもらうと、地元の人たちが漁で獲った魚を網から外す作業を行っていたそうです。
30年という長い年月が経っても、変わらずそこにある小屋。遠藤さんは冊子「日本の小屋」で、「小屋は私たちに何も語りませんが、人の営みを支える大事な役割を担っているのです」と綴っています。
人が住むことを目的としていないからこそ、つぎはぎが多かったり、雨どいが変な角度をしていたり……。実際、中にある物を守ることさえできれば、外見にはこだわりがないことがほとんどなのかもしれません。
しかし、小屋がそこにあるのは、誰かが何らかの目的で建てたから。遠藤さんは「それぞれの所有者の個性や、ストーリーを想像すると面白いです」。廃車やコンテナ、廃材が小屋に使われることを、「第二の人生」と呼び目を細めます。
遠藤さんによると、小屋に使われる素材や色には地域性も見られるそう。東北地方ではコンクリートの型枠のパネルがよく使われ、その素材の黄色が目立つのだとか。特に秋田や青森はカラフルな小屋が多く、「雪の中でよく映えます」。
私(筆者)は田んぼと畑が広がる田舎出身。近所にも少なからず小屋はあり、旅先や車窓からもよく見かけました。しかし、遠藤さんの話を聞きながら、小屋のことを口にしたことは一度もなかったことに気付きました。
里山にある、ありのままの自然を心に残そうとするあまり、人工物である小屋を見て見ぬふりをしていたのかもしれません。思い出すのは、野菜についた虫を丁寧に取っていた祖母や、稲刈りに精を出していた祖父。小屋がある土地には、人々の生活の営みがあるのに。
遠藤さんが作った冊子「日本の小屋」には、こんな一節があります。
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