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誰も子どもを救わない「異色の官僚」2人があえて手がけた映画の意味

結末を「ネタバレ」させても訴えたいことがあるという

「子どもたちをよろしく」のシーン。優樹菜(左)と弟の稔
「子どもたちをよろしく」のシーン。優樹菜(左)と弟の稔 出典: 子どもたちをよろしく製作運動体

目次

子どものいじめや虐待、自殺などをテーマにした映画「子どもたちをよろしく」(隅田靖監督)が、22日の先行上映(群馬県高崎市のシネマテークたかさき)を皮切りに、順次各地の劇場で公開される。

作品を企画したのは、文部官僚として長年、子どもたちを取り巻く問題に取り組んできた寺脇研さんと前川喜平さんだ。

ある中学生がいじめを苦に自殺する──。そんなショッキングな結末をあえて「ネタバレ」させながら、2人は作品に込めた思いを語った。

「子どもたちをよろしく」の予告動画 出典: 太秦/YouTube

いじめ、虐待、貧困、自殺...

作品は、北関東を舞台にしたフィクションだ。主人公の優樹菜は実母と義理の父、父の連れ子、稔との4人暮らし。酒癖の悪い義父からしばしば暴力を振るわれていたが、それでも優樹菜は家計を助けようと内緒でデリヘルで働いていた。

一方、稔は中学2年生。姉思いの優しい性格の反面、貧しい父子家庭の同級生、洋一を集団でいじめていた。

かねてより優樹菜の仕事が気になっていた稔は、デリヘルで働いていることを知る。姉を客のもとへ連れていく車のドライバーが洋一の父親だったことも判明。優樹菜は家を飛び出し、洋一は自殺する。

優樹菜を演じるのはネットフリックスのオリジナル映画「愛なき森で叫べ」でヒロインを演じた鎌滝えりさん。稔は映画「教誨師(きょうかいし)」に出演した杉田雷麟(らいる)さん、洋一は今回がデビュー作となった椿三期(つばき・さんご)さんがそれぞれ熱演する。

衝撃のラストについて、寺脇さんは「子どもをなぜ救えなかったのか、それを皆さんに考えて欲しかった」と意図を打ち明ける。

一方、前川さんは自身も不登校だったと明かす。その上で、優樹菜のキャラクターは「私が新宿・歌舞伎町の出会い系バーで話してきた女性の姿をよく投影してもらった」と述べた。

2人との主なやり取りは次の通り(以下、敬称略)。

同級生からいじめられる洋一
同級生からいじめられる洋一 出典: 子どもたちをよろしく製作運動体

あえてネタバレ

──子どもたちを取り巻く様々な問題が凝縮されているこの作品について、ネタバレにならない範囲でうかがえればと思って…

寺脇 いや、ネタバレという考え方がそもそも非文化的なんですよ。このごろ何かって言うと「ネタバレ厳禁」でしょ。でもね、物語の結末が事前にわかっていたって、何が見たいのかっていう話じゃないですか。

はっきり言います。この映画は最後、ある子どもが自殺してしまうんです。周りは彼のことを助けることはできません。

そんな結末が事前にわかっていても見て欲しいです。「なぜ彼を助けられなかったのか」とか、「子どもを助けられないようなストーリーにしなくてもいいじゃないか」とか、色々意見があると思う。

でも作品を見ていただくと、「ああなるほど、作品はここを見せたかったんだな」とか、あるいは子どもたちがその時、どんな表情するのかとか、そして子どもが助からなかった時に、観客の側がどんなにやるせない、複雑な思いになるのかとか、そういうことを味わってもらうために作りました。

この映画は、次の展開がどうなるかわからない、手に汗握るというような推理小説のようなものではないんです。

寺脇研(てらわき・けん) 1975年に文部省(現・文部科学省)入省。生涯学習振興課長、大臣官房審議官などを歴任し、「ゆとり教育」を進めた。2006年退職。在職時から映画評論家としても活動。現在は京都造形芸術大客員教授
寺脇研(てらわき・けん) 1975年に文部省(現・文部科学省)入省。生涯学習振興課長、大臣官房審議官などを歴任し、「ゆとり教育」を進めた。2006年退職。在職時から映画評論家としても活動。現在は京都造形芸術大客員教授 出典: 朝日新聞

モデルは出会い系バーの女性

──そういうことであれば遠慮なくうかがいます。お二人が制作の過程で、特にこだわったことは何でしょうか。

寺脇 この作品は仕掛けとして「子どもを誰も救わなかったら死に至る」ということがまずあります。それに加えて、作中には、子どもたちを助けようとする学校や地域の人たちをあえて出さないというのも特徴です。

子どもが家庭環境と友達同士の関係の中でいると、やがてこうなるんですよっていうことを見せていく、そんな大きな柱があります。

実は私自身、洋一と同じ中学2年生の時、自殺しようとしたことがあるんです。非常に不安定な気持ちでいた時期でした。中学2年という年代を作品で登場させたのも、自分の経験があったからなんです。

居場所がないんですよね。私の場合、いじめられていたわけではないし、親の虐待があったわけではないんだけど、それでも世の中で必要なのは学歴だとか、学力だとか言われてきて、自分がやりたいことができなくなってしまうのではないか、そうまでして生きている必要はないのではないか、とか。もちろん、そんなことあり得ないのに、そう思い詰めてしまったんんですよね。

前川 僕も昔、不登校だったことがあります。小学校のころです。優樹菜を演じた鎌滝えりさんも不登校の経験をしています。

つまり、学校に対して居心地が悪いという思いを抱いたことがあるあるわけですね。学校だけではありません。人生についても、生きづらいと思ったことがあります。

この映画を見る人の中には、どこかで自分の子どものころを振り返って、そういう生きづらさを思い出す人がいると思うんですよ。

今現在、生きづらい人だっているかもしれませんね。同じことを子どもたちも抱えてるんだということを知って欲しいですね。

私は新宿の歌舞伎町で、いわゆる出会い系バーというところでね、色んな女性の話を聞いたことがあるんだけど、この作品の主人公の優樹菜のような生い立ちの女性もかなりいました。

性的虐待を受けたとか、シングルマザーになって1人で水商売で稼いでるとか、母一人子一人にもかかわらず、お母さんが病気で、自分が働かなければ病気のお母さんを支えてあげられないとか。色々な家庭の問題を抱えていました。

本当に21世紀に起きていることなのかと、耳を疑うようなことが実際あるわけです。「自分たちは普通の生活をしている」と思っている人たちには見えないかもしれないけど、リアルなんです。だから「自分たちには関係ない」と思わずに、目を凝らしたり、耳をすましたりすればわかるものがあるはずなんです。

私としてはすでに寺脇さんが企画してきたものに加わったという形ですが、優樹菜の設定については、私が出会い系バーで話してきた女性の姿をよく投影してもらったと思います。寺脇さんとはこれまでもこの話をよくしていたので。

前川喜平(まえかわ・きへい) 1979年に文部省(現・文部科学省)に入る。初等中等教育局長や文部科学審議官などをへて文部科学事務次官に就任。2017年に同省の天下り問題の責任をとって退官。加計学園問題をめぐる「総理のご意向」文書の存在を認め、注目された
前川喜平(まえかわ・きへい) 1979年に文部省(現・文部科学省)に入る。初等中等教育局長や文部科学審議官などをへて文部科学事務次官に就任。2017年に同省の天下り問題の責任をとって退官。加計学園問題をめぐる「総理のご意向」文書の存在を認め、注目された 出典: 朝日新聞

──そもそも官僚だったお二人が、映画制作に取り組もうと思ったのは何故ですか。

寺脇 文部科学省を辞めた後もずっと教育に関わる仕事をしてきました。その中でずっとジレンマに感じてきたのが、子どもを取り巻く環境の問題です。

学校については行政が努力すれば変えられるし、また、努力しなきゃいけないとも思っています。ところが、家庭や地域というのは、行政が努力したからといって簡単には変えられません。

そもそも家庭や地域に対して、国が変に「こうあるべきだ」と言うのも問題でしょう。それでは戦前の修身教育のようなことになってしまう。

でも、子どもの教育や成長を考えると、やっぱり学校だけではなくて、家庭や地域の関わりも大切で、日本のすべての大人がこれをどうすべきか考えない限り、子どもの問題を解決することはできないと。そういうもどかしさがありました。

一方で、私は官僚以外にも、映画評論家という顔も持っています。高校時代から映画が大好きで、文科省を辞めてから映画づくりを始めました。これまでに2本制作したのですが、今度は自分が長年テーマにしてきた教育や子どもたちを題材にしたいと思ったんです。それがこの作品です。

企画は2016年の春からスタートしたんですが、その1年後ですよ、前川さんが文科省の事務次官を辞められて自由な立場になって。私からすればラッキーで、願ってもないチャンスだと。問題意識や悩んできたことは前川さんと共通していたので、一緒にやりましょうということになったんです。

前川 寺脇さんは文科省の4年先輩で、役所時代から「おい行くぞ」と言われたら行くしかないわけです(笑)。この関係は40年たった今でも変わらなくて、映画についても「お前手伝うよな」って言われたら「はい」と言うしかないです(笑)。

「子どもたちをよろしく」のシーン。優樹菜(左)と義父
「子どもたちをよろしく」のシーン。優樹菜(左)と義父 出典: 子どもたちをよろしく製作運動体

子どもの居場所がない

──前川さんは文科省を辞められた後も夜間中学のボランティアスタッフをするなど、教育現場に関与していますよね。そんな経験からこの作品を見たとき、どんなことが言えますか。

前川
 寺脇さんが言ったように、この作品には学校が出てこないんですよね。だけどもちろん、子どもたちの背景には学校の存在があるはずなんですよ。では、学校が彼らにとって救いになっているとか、あるいは居場所になっているとか。どのどちらにもなっていないんです。

家庭や地域に問題があったとしても、学校が安心していられる場所であれば、こういう結末にならなかったんじゃないか、そういうことが語られないストーリーとして裏側にあると思うんですよ。

追い込まれているのは、生徒たちだけではありません。先生たちもです。そんな状況が今の学校で強まってきているのは、脱ゆとり教育のせいです。私たち2人はゆとり教育派ですからね(笑)。

これによって子どもたちの居場所が学校からもなくなっている気がします。映画を見た学校の先生には、ここで考えてもらいたい。こんな家庭の子がいたとき、学校に勤める自分たちは何ができるんだろうと。

もちろん、学校を子どもにとっていい居場所にした人もいます。大阪市立大空小学校の初代校長、木村泰子さんという方はまさにそうです。

子どもたちの意見を聞きながら校則を見直していこうという学校も一部にありますよね。よしんば家庭に居場所がなくても、学校に救いがあるっていうことだってあるんだけど、繰り返すと、この映画では、学校が居場所になっていないということが語られていないストーリーとして見えてきます。

寺脇 前川さんの言ったことはとても重要ですね。学校をそういう場にしてほしいというのがゆとり教育だったわけです。つまり全ての子どもにとって居場所であると。勉強ができる子どもにとっては快適なんだけど、勉強の苦手な子には非常に居心地の悪い場所だとか、そんなふうにはしたくないと。

ゆとり教育の中では、総合的な学習の時間というものを作ったんですね。例えば算数の時間はちょっとしんどいけど、総合的な学習の時間ならば、子どもは自分の意見を言ったり、考えてることを発表できる。

子どもに何かを強制したり、枠にはめたたりすることは本来、先生にとっても気持ちのいいことではないんですよ。それを変えていこうという狙いもありました。

これがうまく機能していればよかったんですが、やっぱり学力がどうのこうのという話になってしまって…。だから先生たちもこの映画を見ると歯がゆく感じると思います。

「子どもたちをよろしく」のシーン。デリヘルの仕事をする優樹菜(左)
「子どもたちをよろしく」のシーン。デリヘルの仕事をする優樹菜(左) 出典: 子どもたちをよろしく製作運動体

大人も助け必要

──先生に限らず、子どもを守るべき大人が、この作品ではみんなだめな存在として描かれていますね。

寺脇 だめな大人とおっしゃいましたが、だめな大人じゃないんですよね。弱い大人なんですよ。ギャンブルやアルコールから離れられない男性とか、男性に依存する女性とか。子どもだけではなく、大人も助けていかないといけない。

ところが日本社会は、自己責任の4文字を印籠のように出してくる。アルコールに走ったのはあなたの自己責任、ギャンブルに走ったのも自己責任、そうやって片付けてしまい、困っている人、弱ってる人をなんとか助けようというムードがない。大人だって助けが必要なんですよ。

今、すごく多くの大人が精神的に病んでいます。それはどこかで何かがあるんです。それを自己責任だと断じるんではなくて、なんとか救っていかないと。「連帯」という言葉はちょっと強すぎるかもしれないけど、つながりをつくっていかないと、これは大変なことになりますよ。

子どもはカナリヤみたいな存在です。子どもがこれだけ苦しんでいるということは、大人も苦しんでいるんですよ。なにせ子どもが大きくなったのが大人なんですから。

前川 作品に出てくる親たちは皆、病を抱えているんですね。依存症というね。アルコール依存症、ギャンブル依存症、これ病気ですから本来治療が必要なんですよね。ところが病まで自己責任になってしまっている。

今でこそカジノを国策で進めるから依存症対策が必要だということになっていますが、元々ギャンブル依存症の人はいるわけで、依存症対策というのはカジノがなくてもすでに必要なわけです。

病は治さなければ解決しないわけですが、そのまま放置されている大人の世界が現存する。そんな中、より弱い立場の子どもたちが暴力を振るわれたり、経済的に困窮したり、しわ寄せが行く。

つまり、この映画で描かれている家庭というのは、社会のゆがみが押し寄せている家庭なんですよ。社会全体のあり方に広がっていく問題だと思います。

取材に応じる寺脇さん(右)と前川さん=東京
取材に応じる寺脇さん(右)と前川さん=東京 出典: 朝日新聞

人間を使い捨てにするな

──子どもの不登校や自殺が増え、彼らが追い詰められているのは、学力テストが導入されて競争があおられるなど、ゆとり教育の反動ともいえる動きが関係しているのでしょうか。

前川 そうだと思いますが、何もそれは子どもだけではないんですよね。社会全体に共通している問題だと思いますね。教育政策だけではなくて経済政策や労働政策もすべて関係してるといいますか。

結局キーワードは、寺脇さんが言ってる通り自己責任ということになるでしょうし。あるいは競争主義とも言えるんでしょうか。つまり、人間を使い捨てにするような考え方です。人間を経済の一要素としか見てない。

作品に出てくる大人たちも、そういうしんどい思いをしながら生きてるんですよね。その裏側には、今の政策的な問題もあると僕は思っている。

寺脇 経済生産性という言葉をよく聞きますが、確かにそれは大事なことですよ。誰だっておいしいものを食べたいし、いい服を着たいわけです。それはあっていいんです。でもそれだけでいいのかという問題ですよ。人間はパンのみで生きているわけではありません。学校の成績が良ければそれでいいというわけではありません。心の問題があるわけです。

学力をつけることも大事なことだけど、子どもが「自分はかけがえのない存在なんだ、生きていてもいいんだ」って思える社会じゃないと。作品では、優樹菜が「私は生きている価値がないんだ。私なんか汚れてしまってるんだ」と語るシーンがありますが、子どもにそんなふうに言わせるのではなくて、「あなたはあなたで、素晴らしい」と思ってもらえるのが教育の役目だと思いますね。

明治や大正、昭和の時代であれば、学校の役割は子どもたちに学力をつけさせるだけでよかったと思うんです。「あなたはあなたです。素晴らしい」という愛情は、家庭にあったので。

ところが、今はそこが壊れてしまっている。それは何も家庭が悪くなったのではなくて、社会が工業化して高度経済成長を迎え、核家族が増え、みんなふるさとを離れて都会に集中する社会的な変化の中で、昔は家庭や地域でできたことが今は難しくなっている。

だからこそ、そうした役割は学校でもやっていいじゃないかと思うんです。逆にかつては学校でしか知識を得ることはできなかったけど、今はテレビやインターネットなど、いろんなところで得られる。

そうした流動化を教育でも実践しようということでゆとり教育は導入されたんですが、やっぱり学校は知識だということになってしまって。

私はまだ官僚時代、とにかくすべての子どもが誕生日に「おめでとう」と言ってもらえているのだろうか、ふと考えたことがあるんです。

誰からも言われない子がいたら、彼らはその日、どんな思いで過ごすのだろうと。何とかできないかと思い、手紙でメッセージをしたためて届けようか、とも考えたんですね。

例えば教育委員会や自治体の首長からね、その地域に住むすべての子どもに、誕生日を祝う手紙が届くような仕組みができないか、とか。真面目に研究していました。

だけどお役所がやるっていうのもどうかねっていう話になって。ならばもう少し自然にできないかとも考えたり。

今だったら、Facebookのように、「友だち」が誕生日を迎えると自動で通知されるでしょ。それは大人同士がやっているわけですが、それができるんだったら、すべての子どもたちの誕生日に、「おめでとう」ボタンみたいなものを押したらメッセージが届くような仕組みがね、できないかと。

あるいは誕生日の朝に「誕生日おめでとう」と言ってあげるだけで、子どもはどう感じだろうとかね。作中で自殺した洋一だって、たとえ父親が誕生日を忘れちゃったとしても、ほかの周りの人が「おめでとう」って言ってあげたら、自殺することはなかったんじゃないかとか。

それを言われるだけでも「自分で生まれてきて、こんなに祝福されてるんだな」と思えたでしょう。でもそれすらできない社会ってなんなんだ、と思っちゃうんですよね。私は皆さんに問い掛けたい。

「子どもたちをよろしく」のシーン。家を出て行った母親が残した手紙を読む洋一
「子どもたちをよろしく」のシーン。家を出て行った母親が残した手紙を読む洋一 出典: 子どもたちをよろしく製作運動体

──子どもが大切にされていない社会ようにも思えます。日本はいつからこのようになってしまったのでしょうか。

前川 それは工業化と都市化が進む中、大家族が核家族に、さらには単身家庭になったり、少子化できょうだいがいなかったり。家族内の人数がどんどん減っていますよね。かつてあった地縁機能もなくなっている。そういうつながりが薄くなってきているのが関係してると思います。

ただ、これはやむを得ない面もあると思うんです。問題はそれをどうやって補っていくか。知恵をもっと絞らなければならなかったと思うんです。意図的に努力をしなければ再構築はできません。

一方で、全国に4千カ所におよぶ子ども食堂ができたり、子どもにとって居場所となる無料塾やフリースクールなどが開設している。行政が「全国子ども食堂整備計画」なんて作ったわけでもないのに、自発的な動きとしてね。これは本当に望ましいと思います。

こうした動きを行政も支えていかないといけない。「イージス・アショア」を配備するとか、護衛艦を空母にするとか、F35Bという戦闘機を爆買いするんじゃなくてね。国の予算をもっと子どもたちのために使って欲しいですよね。

地域の中には子どもたちをなんとかしたい、放っておけないと考える人がたくさんいると思うんです。そういう力を掘り起こし、支えるために、政治や行政の役割は大きいと思いますね。

寺脇 前川さんが地縁、血縁のことを言われましたが、まさにその通りで、子どもの居場所として大切なのは、お役所が行くように決めた学校、地縁である地域、そして血縁にあたる家庭があるんですが、第4の場所というものがあると思うんです。

例えば、趣味が同じ人同士の集まりのような。近くに住んでいるわけでもなければ血縁もない、学校の同級生であるわけでもない。でもそんなつながりの方がむしろこれからはアプローチしやすいんじゃないのか。ここ20年ぐらいそう考えていたんですよね。

そうしたら、子ども食堂ができたり、ボランティア活動によるコミュニティーができたり。だから、この映画を見て、そういう活動に参加してみようかなと思ってくれる人が1人でも出てくれたらいいですよね。私は未来に希望はあると思っています。

寺脇研さんと前川喜平さんのインタビューを動画でご覧になりたい方はこちら 出典: 朝日新聞

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