IT・科学
「PayPay」の営業に1日密着 地方で見たキャッシュレス最前線
すでに富士山頂まで配備されていた
クレジットカードも使えない小さい個人商店に、「電子決済使えます」といった表示がポツンとあることに違和感を覚えたことはないですか? 先日、入った自転車店の店主に話を聞くと、「半年前にPayPayの営業の方がやって来て、設置やらなにやら全部やってくれた」と話してくれました。たしかに電子決済「らしくない」店ほど、「PayPay」のシールを見かける気がします。理由を探るため「PayPay」の営業担当者の1日に密着。地方から見えるキャッシュレスの最前線を追いました。(朝日新聞静岡総局記者・和田翔太)
昨年10月の消費増税を機に知名度が一気に広まり、若者やビジネスマンなどを中心に利用者が急拡大しているスマホ決済。中小企業や消費者の負担軽減策として、政府はキャッシュレス決済によるポイント還元制度を実施しました。これまで現金しか使ってこなかった人たちのなかにも、これを機にキャッシュレスを使い始めた人がいるのではないでしょうか。
スマホ決済では、専用のアプリをダウンロードしてクレジットカードや銀行口座を事前に登録しておくだけで、店に置いてあるバーコードをスマホで読み取ったり、スマホに表示したバーコードをレジで読み取ってもらったりするだけで簡単に支払いができます。
有名なものとしては、「PayPay」や「LINEPay」、「楽天Pay」、「メルペイ」などのほか、コンビニチェーンの「ファミペイ」など乱立状態です。セキュリティーの問題から「セブンペイ」が終了したのも、記憶に新しいのではないでしょうか。
その中でも、地方に勤務する記者にとって気になったのが、ソフトバンクグループのスマホ決済「PayPay」です。
店の入り口やレジ前に貼られた赤い文字のシール。高齢化率の高い山奥の小さな村の個人商店など、「こんなところにも!」と思うところで見かけたことはないでしょうか。
運営する「PayPay株式会社」によると、サービスを開始した2018年10月から約1年でユーザー数は2千万人を突破し、加盟店は全国で170万カ所以上に増えたそうです。
中には、神社やお寺のさい銭箱、富士山の有料トイレや田舎の野菜無人販売所など、「うそでしょ!?」と思うような場所にも。
いったいどうやったら、これほどまでに地方で急拡大ができるのでしょうか?
日本商工会議所で中小企業振興を担当する加藤正敏さんは、「PayPay」の特徴を「加盟店が導入する際のハードルの低さ」と指摘します。
「PayPay」によると、加盟店を増やすための営業拠点は東京や大阪などの大都市を中心に全国に20カ所あり、数千人にのぼる営業担当者たちが普及に心血を注いでいるそうです。営業の多くは現地採用で、「土地勘もあり、横のつながりもある」として、加盟店の獲得に大きな利点があるのだそうです。
私が勤務する静岡県には、約60人の営業担当者がいるそうです。静岡市内に県内全体をまとめる拠点があり、そのほか西部の浜松市と東部の沼津市にサテライト拠点があり、割り当てられた担当地域を中心に営業に回ります。拠点がない県には、大都市部から出張するそうです。
伊豆市修善寺にある温泉街の近くで喫茶店を営む女性は2018年の秋、「PayPay」の導入を決めました。導入費は無料で、設定の手続きも営業担当がやってくれたといいます。
お祭りなどの出店のときはバーコードを持参するだけで、調理中で手が空いていなくてもお客さんがバーコードを読み取ってくれるため、「支払いはすべてお客さんがやってくれるので便利。人手が少ない職場などでは相性がいいかもしれない」と話します。
キャッシュレスとはほど遠いようにも思える富士山にもキャッシュレスの波が押し寄せています。富士山頂上にある山小屋「頂上富士館」では、今年の7月10日の山開きに合わせて「PayPay」が支払い時に使えるようになります。外国人観光客の増加などを背景に、需要が高まってきたことなどの理由から導入を決めたそうです。
また富士山の頂上では、強風で砂ぼこりなどが激しく、カード端末機のような精密機器はすぐに壊れてしまうそうです。PayPayの場合、登山者がスマホを持ってさえいればバーコードをかざしてもらうだけで決済が可能です。宮崎哲也店長は「スマホさえあれば決済が可能なので、方法としては画期的でありがたい」と話しました。
そのほかにも5合目の東富士山荘、8合目の山小屋「池田館」などでも使えるようです。
「PayPay」がなぜ地方で広まっているのか確かめるため、営業担当者に1日密着してみました。
昨年11月末、静岡県中部にある富士市内で、県内を担当する宮田洋孝さん(32)と、深沢論志さん(35)が営業回りをしていました。飲食店のかき入れ時が終わったお昼過ぎ、さらなる顧客獲得に向けて最初に訪れたのは、市内を走る鉄道会社の「岳南電車」。以前も営業に来ており、「好感触だったので3回目の訪問」だそうです。
路線がわずか9.2キロの岳南電車では、「suica」などの交通系ICカードには対応しておらず、切符を買うときは昔ながらの券売機方式。しかし、お客さんの利便性などを考えてスマホ決済の導入を考えているそうです。「導入も手数料も無料です」と、宮田さんの営業トークが光ります。
岳南電車は井原一泰常務が対応し、「スマホ決済で営業に来たのはPayPayさんだけ。設置を前向きに検討します」と話しました。
基本的に営業は飛び込みで、個人店舗の場合は店主の意思で導入するかどうかが決まります。チェーン店など本社が東京などにある場合は、何度も足を運ぶことがほとんどだといいます。宮田さんは、「普通の営業と同じで、どのぐらい接触するかが大切」と話します。目についた店舗は条件が合えば基本的に全て声をかけていくそうです。ちなみに、現地採用の深沢さんの前職はラーメン店の店主だそうです。
飲食店が点在する住宅街を一緒に歩いていると、突然二人が足を止めました。なにやら、店舗の2階部分から出ている配線を見ています。スマホ決済を設置するためにはネット環境が必要だそうで、「ネット回線があれば営業に行く」のだといいます。
お店に入る前に、営業の二人がスマホを取り出してなにやら検索を始めました。すでに導入されている店も増えているため、すでに契約している店に営業をかけてしまうことを避けるためだそうです。
日も落ちてきて、この日最後に訪問したのはオープンしたばかりのお菓子屋「Erisカヌレ」。さっそく二人は、店長の桜井絵里さんに導入のメリットを説明。「もともと興味があった」と好感触で、二人の笑顔と腰の低い営業トークにより導入を即決。決め手は、「導入費や手数料が無料で、一番はこちらに損がないこと」と桜井さん。その場ですぐ使えるようになり、私もパステルカラーのマカロンを買って帰りました。
地方では「現金のみ」という店がいまだに多いのが実情です。しかし、最近は「PayPayか現金」という店が急拡大しているように感じます。
「PayPay」の広報担当者によると、サービス開始当時に20~30代の男性が多かった一般ユーザーは、今では高齢者や主婦層などに拡大しているそうです。テレビCMを連発した「還元キャンペーン」などの効果もあって利用者は一気に増え、グループ会社のソフトバンクやYモバイルの販売店では、高齢者用にスマホ決済の使い方講座などを開くところもあるそうです。
導入費や手数料が現時点では全て無料というと、会社側の投資費用はかなりの額です。どうしてここまでやるのでしょうか。
静岡県内の責任者である「拠点長」の小澤淳一さんは、「今はプラットフォームを構築する先行投資の時。首都圏だけ使えても意味がない。日本全国どこでもキャッシュレスの恩恵を受けられる社会をめざしている」と意気込みます。
PayPayの中山一郎社長は、「支払時の利用だけでなく、送金や予約、金融商品の取引など、多くのサービスをPayPayのアプリからできるようにすることで、より便利で使いやすい『スーパーアプリ』に育てたいと思っています」とアプリの将来像を語ります。
スマホ決済など、ITを使った時代を先取るものの背後に、こんな地道な営業努力があることが新鮮でした。「PayPay」によると、店舗やユーザーが負担する決済などのシステム利用料は2021年9月30日まで無料で、それ以降については「決まり次第、告知する予定」ということです。
キャッシュレスの最先端がわかるのは、六本木でも渋谷でもなく、静岡のような地方なのかもしれません。
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