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斉藤和義さん、40代で引き受けたタイアップ曲「急に荷が下りた感じ」
「歩いて帰ろう」「歌うたいのバラッド」「ずっと好きだった」など、長く愛される歌を生み出してきたシンガー・ソングライターの斉藤和義さん(53)ですが、40代になるまでドラマのタイアップや楽曲提供などは控えていました。年齢を重ねる中で、「楽になった」という斉藤さん。ストリーミング時代への対応と、レコード時代の手触り、両方を生かしながら歌い続ける素顔に迫りました。(朝日新聞文化くらし報道部記者・坂本真子)
1月29日に20枚目のオリジナルアルバム「202020(ニーマルニーマルニーマル)」を出す斉藤さん。この題名は文字どおり、2020年に出す20枚目という意味です。今回はリハーサルスタジオに機材を持ち込み、メンバーがそろって演奏する様子を録音し続けました。
「肩ひじ張らない感じのアルバムにしたいな、というのが結構あって、ギターバンドという感じにもしたかったんですね。メンバーと音を出していたらまとまっていって、その雰囲気で録音したのを聴いてみたらすごく良かったので、こんな感じで作っちゃおうと思って。どうせなら歌も一緒にとれちゃう方がいいと思って。宿題のように歌詞を考えて後で歌入れをするのが嫌だったので、サウンドにノリがいいような歌詞で、こねくり回さずに」
普段のアルバムよりかなり早く完成したそうです。
「最短でできたアルバムだと思いますね。あっという間にできちゃって、意外とそれが良かったりして。セッションしているうちにどんどんまとまっていって、できちゃったね、という感じですね」
新アルバムはロックあり、ポップな曲あり、ジャズファンクありと、多彩なサウンドで構成されています。1970年代のテレビドラマ「傷だらけの天使」のテーマ曲のカバーや、同じく70年代のテレビアニメ「アンデルセン物語」のエンディングテーマだった「キャンティのうた」のカバーも収録しました。
「インスト(歌のない曲)が入っていてもいいかなぁ、と最初に思っていて、『傷だらけの天使』は前から好きだったし、オリジナルはサックスで演奏しているんですけど、あれをギターでやったらどうなるかと思って、今回そういう演出もあっていいかなぁ、と思っていたときに、ちょっとやってみたら、いいね、と。『アンデルセン物語』は子どもの頃すごく好きでよく見ていたし、1話ずつレコードになっているやつが家にあって、よく聞いていたんですね。この夏ぐらいに不意に思い出して、改めて聞いてみたら、やっぱりすごい歌だなぁ、と。アコースティックな感じでカバーしたらいいのかな、と思ってやりましたね。すごくいい曲だから、知らない人にもぜひ聴いて欲しいという理由が大きかったですね」
斉藤さんは1993年にメジャーデビュー。何げない日常の一コマや感情を素朴な言葉で歌ってきました。
実は1990年代に2度、名古屋で斉藤さんにインタビューしたことがあります。
ひょうひょうとした雰囲気はあまり変わりませんが、当時は楽器の生の音を大事にしたり、ハードロック色の強いライブにしたりと、今よりもこだわる部分が多かった記憶があります。
2011年にドラマ「家政婦のミタ」の主題歌「やさしくなりたい」が大ヒットしたことはよく知られていますが、斉藤さんがタイアップを手がけるようになったのは、実は40代に入ってからでした。
「30代ぐらいまではあまりやらないようにしていたというか、全部自分のお題でやらないといけないと思い込んでいた節もあるし、曲の提供もやらなかったですね」
それがなぜ、40代で変わったのでしょうか?
「単純に年齢だと思いますね。40歳で中年と言われる年になって、変にかっこつけてもしょうがないし、急に荷が下りた感じがあって、いろいろ遊び心というか、そういうのも面白いかなぁと思うようになっていきましたね」
自作以外の詞に初めて曲を付けてCMに使われた「ウエディング・ソング」が好評で、2007年にCD化。その頃から楽曲提供の依頼も増えたそうです。
「面白そうだからやってみようかと思って、タイアップも挑戦して、何となくやり出したら、すごい楽になりましたね。50になるとさらに何でもよくなってくる(笑)。こだわりがさらになくなっていくというか。前回のアルバムもシンセサイザーやドラムマシンだけで作ろうと思ったり。昔だったら『エレキがひずんでなきゃ』とか、『そういうものじゃない』とか思っただろうけど、最近はそんなの全然。面白かったらいい、わりと何でも良くなってきているんですよね」
斉藤さんが今、音楽をやる上で一番大事にしていることは何でしょうか。
「なんですかね……。いい演奏だなぁ、と思われるものが録音できたらいいのにな、と。うまいだけじゃなくて、ギターの早弾きができるとかじゃなくて、歌とめちゃめちゃ合ってるとか、楽器の一番いい音を鳴らすとか。このギターいい音だなぁ、と思える音をそのまま録音できたらうれしいですね。歌しか印象に残らないのも嫌で、歌もちょうどいい具合に混ざっていて、『なんか好き』みたいな状態になるのが一番いいですね」
レコーディングだけでなく、ライブでもこだわりがあると言います。
「メンバーがちゃんとみんな同じ船に乗って、同じ方向をめざして、ちゃんと到着したときに、今の良かったね、という感じになる。誰かが違うところや途中で降りちゃったり、最初から別の船だったりすることもあるんだけど、みんなで同じ所に着いた感じがするときはいいよね。それは簡単っちゃ簡単だし、難しいっちゃ難しいんですけどね。楽器をやらない人、普通に自然に聴いている人が『なんか好き』と気に入ってくれたりすると、しめしめ、と思いますね」
新アルバムは全部で14曲。これまでのアルバムはだいたい10曲前後でしたが、今回それよりも多くなったのは、ストリーミングサービス(サブスクリプション)を見据えてのことでした。
「サブスクで聴かれる場合は、曲数や曲順があまり関係ない人が多くなっちゃっているから、CDを通して聴いてくれる人と、サブスクの両方のパターンを考える感じですかね。こっちはCDが基本で作りますけど、一方ではどこから聴かれてもいいように、両方考えなきゃいけなくなった手間はありますかね。(サブスクは)便利でいいけど、もうちょっと音質をいいものにしてくれたら」
斉藤さんがメジャーデビューした頃は、レコードからCDに移行した時代。それから二十数年たって、若い人の聴き方はダウンロードからストリーミングに変わり、録音機材も大きく変わりました。
「僕はちょうどみんながアナログをやめ出した頃にデビューしたんですけど、レコーディングの仕方もアナログテープからデジタルテープに変わって、機材がプロトゥールスになって、スタジオでも家でもほとんど同じになっちゃったりして。案の定レコーディングスタジオがバンバンなくなっちゃったりして、使えるスタジオが限られてきたのは結構大きいですよ。ダウンロードになって、ストリーミングになって、便利だし、聴きますけど、好きな曲しか聴かなくなっちゃうから、アルバムとして曲順を考えるのが、全部崩れちゃった」
最近はアナログのレコードを買いに、レコード屋にも行くそうです。
「ぶわーっとある中から1枚、目当てのやつを探すのはなかなか大変だけど、ネットだとすぐ見つかるよね。アナログだと、終わったら針を上げにいかなきゃいけないし、手間がめんどくさいけど、その代わり、ちゃんと対峙する。ちゃんと聴く。ながら聴きしない気がしますね。音そのものは、先にCDで聴いちゃってからアナログを聴くと、こもっちゃっているように思っちゃうし、昔アナログで聴いていて好きだったものはその方がいいなと思ったりするし、両方ですかね」
2月29日の埼玉・川口を皮切りに、7月まで続く全国ツアーが始まります。今回はキーボードなしで、ドラム、ベース、ギターの奏者と4人で回る予定です。
「ソリッドな感じにしたいなと思って。人数が少ない方が自由度も増すんですよ。本当はトリオぐらいの方がいいのかな、と思ったんだけど、さすがにトリオだと自分のギターの負担が多すぎるので、ギタリストには来てもらおうと思って」
その先のことは、どう考えているのか、尋ねると――。
「あんまり考えてないですね。あと10年ぐらいは同じぐらいの感じでいくんじゃないかな、と思いますけどね。そう急に変わらないだろうな、と思って。タバコをやめる気もないですし、好きなものを食べて酒も飲んでるし、運動も全然しないし。でもツアーやってると、結構、健康になるんですよ。意外と規則正しいし、次のライブで歌うぞ、となったら、そこまで飲まないようにしようとするし、体も動かすし、歌は結構消費カロリーも高いらしいんで、ツアー中が一番健康ですね」
力まず、自然に、淡々と。斉藤和義さんはきっとこれからも変わらず、素朴で味わいのある歌を生み出していくことでしょう。
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