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ちはやふる基金、末次由紀さんが語った責任 人気の裏側で運営負担

末次さんが感じた「漫画の可能性」

ちはやふる基金、はじめます!のマンガ(作:末次由紀さん)より
ちはやふる基金、はじめます!のマンガ(作:末次由紀さん)より 出典: コミチ

目次

「競技かるた」に打ち込む高校生たちを描いた漫画「ちはやふる」。作品とともに知名度が上がった「競技かるた」ですが、競技人口の増加によって大会の運営費やスタッフ不足などの課題が生まれ、選手のキャリア形成も悩みの種となっています。昨年12月、競技かるたを支援したいと「ちはやふる基金」を設立したのは、「ちはやふる」作者の末次由紀さんです。作品をきっかけにかるたを愛する人が増え、「嬉しいと感じるのと同時に、責任も感じている」という末次さん。基金設立において実感した「漫画の可能性」について、末次さんに聞きました。
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「良い予感」感じた題材

漫画「ちはやふる」は主人公の高校生・綾瀬千早が、競技かるたを通して仲間とともに成長していく姿を描いています。2007年より「BE・LOVE」(講談社)で連載を開始した後、2011年にアニメが放送され、広瀬すずさん主演で実写映画化されたことでも話題となりました。「スポ根漫画」と呼ばれるようなかるたへの情熱と、繊細に描かれる登場人物の心情に、多くの人々が魅了されてきました。現在、単行本は43巻まで発売されており、物語もクライマックスに近付いています。

――末次先生が「ちはやふる」という「競技かるた」を題材として描こうとしたきっかけは何だったのでしょうか。

百人一首は幼いころから好きで、誰も相手をしてくれないのに百人一首の札を買ってもらって一人で読み上げの録音テープを聴いてかるたをしていました。高校のクラブでも百人一首部に入り、100首覚えていましたが、源平戦をするのがやっとでした。

当時の担当編集者に「競技かるたの漫画を描いてみませんか?」と言われた時、競技かるたのことは何も深く知らない状態でしたが、熱く深い世界がそこにあるという予感がしました。10秒くらい考えて「できる気がします」とお返事したことを覚えています。そういう直感というか、予感というものは、心がその世界に踏み込むことにyesと言っているかどうかなので、とても大事に思っています。その良い予感を信じました。
 
出典:「ちはやふる基金」サイトより

男女が同じルールで戦える競技

小倉百人一首の札を激しく取り合う「競技かるた」は、「畳の上の格闘技」とも呼ばれています。雑音を許さない静寂の会場の中で、読手(どくしゅ)が和歌を読み上げます。上の句を1,2文字読み上げただけで、選手たちは上の句に合う下の句が書かれた札を即座に手ではらっていきます。

対戦する2人が、札を25枚ずつ自陣に並べ、先に自陣の札を取り切った方が勝ちです。敵陣の札を取ったり、相手が「お手つき」をしたりすると、自陣の札を相手に送ることができるため、覚えるべき札の位置も変化。記憶力や瞬発力、変わる局面への対応力などが必要となる競技です。

――「ちはやふる」を描くにあたってリサーチ・取材をする中で、末次先生が感じた競技かるたの魅力とはどんなところでしたか。

競技かるたのルールや、実際かるたに向き合うみなさんのひたむきさなど、面白いと感じる要素はたくさんありました。その中でも、やはり最初に東京の府中白妙会の前田秀彦先生に出会えたことが大きかったと思います。

前田先生はちはやふる作中の原田先生のモデルですが、マグマのような熱い情熱と理論、攻めがるたを体現しているような姿勢と、年齢を重ねても10代のように学ぶこと、強くなるために変化していくことを厭わない姿勢に胸を打たれました。

ちはやふるの物語の熱は、わたしが前田先生を信じている熱でもあります。
山下恵令クイーン(左)と挑戦者の本多恭子さん=2020年1月11日午前10時39分、大津市神宮町
山下恵令クイーン(左)と挑戦者の本多恭子さん=2020年1月11日午前10時39分、大津市神宮町 出典: 朝日新聞
――「ちはやふる」で競技かるたについて特に伝えたいと思っているのは、どんなところでしょうか。

百人一首は藤原定家によって編まれた、平安時代の歌集です。その和歌100首が、こんな形で幅広い年齢層に愛されていることを、歌人たちはきっと笑って見ていると思うのです。競技かるた自体の面白さももちろんですが、歌人が見た千年前の風景や、その当時の思い、当時の社会の仕組みの中での葛藤などにも、みなさんが想いを馳せるきっかけになればと思っています。

そして競技かるたの素晴らしいところは、男女が平等に同じルールで戦えるところです。年齢も性別も関係なく同じルールで勝負ができることのすばらしさをお伝えしたいと思って描いてきました。

競技人口の増加、大会運営の負担増

アニメや映画にも展開されるほどの作品のヒットもあって、この数年で競技人口は増加してきました。かるた大会の開催などを行う一般社団法人全日本かるた協会によると、2018年の全国高等学校かるた選手権大会の個人戦の参加者は2,019人で、2008年の416人と比べると10年間でおよそ5倍に増えています。

 
――「ちはやふる」をきっかけに、競技かるたを始める人が増えたことについて、どのように感じていますか。

大変ありがたいことです。漫画を読んでみなさんの人生の何かが少しずつ前進するきっかけになれば……と思って描いていますが、競技かるたという難しいものへの挑戦を始めてくれる人が増えるということは、漫画家としてこれ以上ないくらいの幸福なことです。嬉しいと感じるのと同時に、責任も感じています。

大会への参加人数が増えたことで、会場代や運営スタッフなどの負担も大きくなっています。ちはやふる基金の本保美由紀代表理事によると、畳が必要な競技であることや、スムーズな試合運営のためにあらかじめ試合で使う50枚の取り札を用意する「札分け」の作業の負担など、競技かるた独特の悩みもあるようです。

――競技を支援するために、末次先生が発起人となって「ちはやふる基金」を設立されました。設立の背景を紹介する漫画(漫画家コミュニティサイト・コミチに掲載)でも、競技をとりまく環境の課題を描かれていましたが、末次先生が特に危機感を持ったのはどのような点でしたか。

それまでも大小たくさんの競技人口増加に伴う困難を聞き及んでいましたが、2019年の高校選手権の運営費不足で協賛金を集めている……というニュースを見たことがまず大きかったです。2400名も高校生が出場してくれる大会になったのに、逆に苦しくなるということに衝撃を受けました。

どこかの誰かが何とかしてくれる……と思っていたものが、そうはいかないんだと。わたし自身が自分の問題として捉えなければ、「ちはやふるみたいな青春を過ごしたい」と思ってエントリーしてくれる生徒さんがきっといる高校選手権を支えられないんだと。
ちはやふる基金、はじめます!のマンガ(作:末次由紀さん)より
ちはやふる基金、はじめます!のマンガ(作:末次由紀さん)より 出典:コミチ
――競技や選手を支援する方法として、「基金」に決めたのはどうしてだったのでしょうか。

最初は純粋に寄付をすればなんとかなるのだろうかと考えました。でもそれも一時しのぎにしかならず、継続して大会を充実させていこうとする柱とするのは不安が残ります。より多くの人に関心を持ってもらい、持続可能なシステムを作りたいと思いました。

バスケを応援する井上雄彦先生の「スラムダンク奨学金」や、難病ALSの研究費を支援する『宇宙兄弟』の「せりか基金」などの先行事例があったことで、ちはやふるが基金を始めることもできるのではないかという気持ちになりました。

課題残る選手の「キャリア」

競技かるたには、優勝賞金の出る大会はほとんどなく、「プロ」もいません。名人・クイーンのタイトル保持者などの強い選手たちも、定職を持ちながら空いた時間で競技を続けています。大会参加だけではなく、選手たちにとって「キャリア」も悩みの種です。

――「ちはやふる」ではかるたで生きていくために試行錯誤するクイーン・若宮詩暢も描かれています。きれいごとだけでは語れない「選手のキャリア」についても、描こうと思ったのはどうしてでしょうか。

競技かるたにはプロがない……というのは、連載当初から感じていた一つの壁です。熱心に競技かるたに打ち込むキャラクターを描いても「それは将来の役には立たない」などと周囲に言われてしまう……というのを、作中でも描いて来ました。その描写をなしには、情熱さえも描けないと思いました。続けるには条件が難しい、ということが、いつもキャラクターの傍に問題としてあるということ。「どうしたらいいの?」と一緒に考えていきたいと思っていました。

特に、本当に他に得意なものがない不器用な若宮詩暢を描いていく上で、その問題意識は大きくなっていきました。こんな風に、「かるたしか自分はできない」と泣く子が近くにいたら、わたしは何をする?と、いうことを考えざるを得ませんでした。
ちはやふる基金、はじめます!のマンガ(作:末次由紀さん)では若宮詩暢も描かれている
ちはやふる基金、はじめます!のマンガ(作:末次由紀さん)では若宮詩暢も描かれている 出典:コミチ
――2月23日に京都で行われる「ちはやふる小倉山杯」には、ちはやふる基金から賞金が出ることになっています。

ちはやふる小倉山杯は、直近一年の大会の成績優秀者8名だけがエントリーできるという特殊な大会です。競技かるたの試合を見に行っても、参加者が多く「どこを見ていいかわからない」となってしまうのですが、この大会はどこを見ても超A級選手の試合が見られます。

強さを研ぎ澄ました選手のその努力が報われるべきだ……と長年思っていたので、賞金の出る大会にしていただいたことは大変嬉しく、ありがたいことだと思っています。若宮詩暢がきっと喜ぶ、と思ってしまいます。

「わたしはまんがしか描けないので」

1月14日に「ちはやふる基金」の設立を発表すると、Twitterでは「ちはやふる基金」がトレンド入りするなど大きな話題となりました。多くの方々からの寄付やグッズ購入があり、基金の本保代表理事は「予想を大きく超えた反響に、驚きとともに感激しております」と感謝を述べています。

――今回の基金など新しい社会の機能が、漫画から生まれていることに胸を打たれました。今回改めて感じられた「漫画の可能性」などあれば教えてください。

ちはやふるという作品を愛し、見つめてくださる方がこんなにいるのだということを、この基金立ち上げの数日で強く感じました。漫画の可能性があるとすれば、「この世界を守りたい」と漫画と実際の世界をリンクさせて感じてくださるような、キャラクターベースの共感の醸成に、漫画がとても有効だという点です。

漫画は物語が進むのに時間がかかります。その「時間」が、読んでくださる皆さんの人生の伴走をしている時間となり、読者の皆さんはその時間をかけがえのないものとして思ってくださる……。そんな奇跡を、わたしは今回とても強く信じることができました。「まんがで表現することは、どんなことでも、どんなものより素晴らしい」、わたしはまんがしか描けないのでそう思います。
ちはやふる基金、はじめます!のマンガ(作:末次由紀さん)より
ちはやふる基金、はじめます!のマンガ(作:末次由紀さん)より 出典:コミチ
――最後に、「かるたを応援したい」という方にメッセージがあればお願いします。

「チャンスのドアにはノブがない。開けてくれるまで向こう側には行けない」と漫画の中で描いてきました。今度はわたしがドアを開けにいく番だと思っています。「かるたを応援したい、でもどうしていいかわからない」と思ってくださる方の、目の前のドアを開けにいきます。待っていてください。

ちはやふる基金」は専用サイトから寄付(毎月、1回のみなど)や、グッズの購入(収益金が基金の資金となる)を受け付けています。また個人だけではなく、かるたを一緒に盛り上げる企業や団体も募っています。

競技かるたは観戦者も雑音が立てられない競技ですが、2月23日に行われる「ちはやふる小倉山杯」では、より多くの方が安心して観戦できるようにライブビューイング会場も予定されているそうです。末次さんも「小さいお子さんをお持ちで競技かるたをやっているお父さんお母さんも、安心して来ていただきたいです」とコメントしています。

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