IT・科学
音楽で振り返るゲーム史、パズドラ作曲家「手ごわかったガラケー」
伊藤賢治さんは、ゲームに欠かせない音楽を、スーパーファミコンやプレイステーションなど家庭用ゲーム機からスマホの時代まで作り続けている作曲家です。ガラケー時代に生まれたソーシャルゲーム(ソシャゲ)が「日陰者」だった当時。可能性を感じて取り組んだのが『パズル&ドラゴンズ』(パズドラ)の大ヒットで時代が変わったと言います。そんな伊藤さんに、激動のゲーム史を音楽から語ってもらいました。(砂流恵介)
子どもから大人まで誰もが気軽に遊んでいるモバイルゲーム。ガラケー時代(フィーチャーフォン時代)に生まれたソーシャルゲーム(ソシャゲ)や、『PokemonGO』に代表される位置情報ゲームなどは社会現象にもなりました。
業界では「イトケンさん」と呼ばれる作曲家の伊藤賢治さんは、「サガ」シリーズや「聖剣伝説」シリーズなど家庭用ゲーム機(スーパーファミコンやプレイステーションなど)のゲーム音楽を手がけたことで知られています。
まだゲーム業界でソシャゲが敬遠されていた時代に可能性を感じてモバイルゲームの音楽をつくっていたと振り返ります。
――イトケンさんのモバイルゲームへの楽曲提供はガラケー時代からですか。
そうですね。ガラケーの時から作っています。サガシリーズの音源を着メロにするためのアレンジや審査みたいな仕事から入って、『執事と魔族とお嬢様』や『勇者死す。』というゲームの音楽などを担当しました。
――『勇者死す。』が2007年に配信されたタイトルなので、ちょうどソシャゲがはやりはじめた頃ですね。ガラケーのゲーム音楽を作曲されてみてどうでしたか。
制作自体はスーパーファミコンよりつくりやすかったです。ガラケーは打ち込めるトラック(音の種類)数が16トラックという制約はありましたが、1トラックの中で何和音でもつくれる仕様だったので、オーケストレーション(様々な音をオーケストラのように編曲)もできました。だから、あまりストレスなくつくれたのを覚えています。
――ガラケーだから大変だった、みたいなことはとくになかったんですね。
制作自体はそうなんですけど、ガラケーだからこその不安もありましたよ。ガラケーって、それぞれの機種で音質や音色がまったく違ったので、どの音が正解というのがわからなかったんです。「今はこの機種が主流なのでこれにあわせてつくってください」という感じでオファーを受けるんですけど、機種ごとにどういう音が鳴っているかの不安はありましたね。
――スマホゲームで音楽をつくられるきっかけになったタイトルを教えてください。
『パズル&ドラゴンズ』(以下パズドラ)ですね。パズドラのプロデューサーをしている山本大介さんが、ガンホーに入社される前に先ほど話した『執事と魔族とお嬢様』の担当をされていたんです。そのときの仕事がきっかけで、パズドラでもご一緒させてもらうことになりました。
――パズドラは初期から関わられているんですか。
そうですね。プロトタイプから見ています。なんですけど、プロトタイプのパズドラは、単にパズルゲームとバトルシーンをつけた印象で、そこにオリジナリティーはあまり感じられなかったんですね。
パズル画面の操作も縦横だけでぐにゃぐにゃ動かなかったんですよ。モンスターも、自分から見て申し訳ないけど、ちょっとあか抜けてないように見えて……。
私がスクウェア出身(現スクウェア・エニックス)ということもあったので、「例えばスクウェアでしたら、かっこいいならかっこいい、かわいいならかわいいでどちらかに寄せるんじゃないかと思います。もっと振り切ってもよろしいのでは?」というようなアドバイスをしました。
――パズドラの大ヒットに音楽以外でも関わっていたわけですね。
どのくらいアドバイスが役に立ったかはわからないですけどね(笑)。
――その時はどんな音楽をつくられたのでしょうか。
道中曲の「Departure」と、バトル曲の「WalkingThroughtheTowers」の2曲です。「Departure」に関しては、ありがたいことに今でもテレビCMで使ってもらっています。
――「Departure」は、パズドラといえばこの曲というイメージがあります。
つくった当時はあくまで道中曲のひとつ、という認識だったんです。でもそれがゲームのヒットと、たまたま覚えやすいメロディーだったこともあって、「ラララ~♪」で歌っても「あ、それDepartureだよね」と言ってもらえるくらいまで浸透しました。
――イトケンさんがガラケーのゲームやパズドラの曲をつくられていた2000年後半~2010年前半は、家庭用ゲーム機のゲームをつくっているメーカーと、ソーシャルゲーム(モバイルゲーム)をつくっているメーカーとの間に壁があったというか、「ソシャゲやガチャは良くない」みたいな風潮があった時期だと思います。そういった意味で同業者から何か言われたりなどはありましたか。
同業者から直接何か言われたことはないですが、「節操ないな」とか「そっちに魂売ったか」とかは思われていたと思いますよ。
――「魂売ったな」みたいに受けとられるのはなぜだったんでしょうか。世間的に見ても「ソシャゲはもうかる」みたいなイメージがありましたし、例えばその部分とかですか。
そうですね。今となっては想像でしかないですけど。家庭用ゲーム機だと何十曲、何百曲つくらないといけないところを、当時のモバイルゲームは4、5曲とか少ない曲数でのオファーが多かったですし、ソシャゲブームでもあったので、気楽だと思われたんでしょうね。
――実際のところ、気楽だったんですか。
いやいや(笑)。自分にとっては新しいジャンルでしたし、モバイルゲームの中でまだゲーム音楽は注目されていなかったので、ゲーム音楽を浸透させるという使命感がありました。使命を持って仕事をしていたし、仕事の対価としてギャラをいただくのは正当な話でもあるし、実際気楽ではなかったですね。
――ソシャゲは……、みたいな風潮が変わってきたのっていつぐらいなんでしょうか。
あくまで私の場合は、になりますけど、パズドラの100万ダウンロード突破ですね。しかも、サービス開始から半年もしないあいだに突破したので、制作サイドとしてもびっくりする出来事でした。
――パズドラに関しては、その後500万、1000万ダウンロードとぐんぐんダウンロード数を伸ばしていって会社の株価も上がって、テレビなどではパズドラブームが社会現象として取り上げられていましたよね。
ヒットしたおかげで、モバイルゲームのゲーム音楽も取り上げられることが増えて、自分自身も新しい扉が開いたなという感覚はありましたね。
――新しい扉というのは。
自分の看板がひとつ増えたみたいな感覚です。先ほど使命の話をしましたが、モバイルゲームでももっとゲーム音楽は浸透するだろうし、自分も作曲家としてこのフィールドで戦えるという可能性を100万ダウンロードで感じました。
――それくらいインパクトあったんですね。
そうですね。ちょうどこの頃に周りが「イトケンはいいね。ロマサガとパズドラで2世代にわたってファンがいるじゃん」みたいことも言ってくれて。そういう周りの発言からも流れが変わったのを実感しました。
――ファンの広がりは実感しますか?
ゲーム音楽のライブを開く時、とくに実感します。パズドラのライブを開催すると親子連れでいらっしゃる方が多いんです。子どもたちがノッているのを見ていると「自分も子どもたちが楽しんでくれる曲を提供できるようになったかぁ」と感じますし、ひるがえってサガシリーズのライブを開催すると、昔からゲームを遊んでくれている方々が聞きにきてくれます。最近はそこにパズドラから私を知ってくれたであろう、高校生くらいの男の子や女の子もきてくれているので、広がりを感じますね。
あともう一つ実感したのが浸透力です。パズドラはおじいちゃん、おばあちゃんまで老若男女が知っていて、「パズドラの曲をつくってるんだよ」というと、みんなが「おお!」となる威力があるというか。そういった体験でも広がりを感じました。
――ゲーム好きにとってはイトケンさんの代表曲はサガシリーズだと思うのですが、一般的に見ると、イトケンさんの代表曲はパズドラなわけですね。そう思うと、パズドラが新しい扉を開いたというのがより実感できます。
――モバイルゲームは家庭用ゲーム機と違って、音を出さないでプレーされることも多いと思います。ここら辺は音楽をつくられている側としてはどう思われているのでしょうか。
私の場合は、そこはユーザーに委ねています。「絶対に曲を聴きながらプレーして」とも言えないし、しかたのない部分ではありますよね。移動中だと音を出すのが難しい場面も多いと思いますし。ただ最近は、『ロマンシングサガリ・ユニバース』(リ・ユニバース)のように、ゲームの開始画面に「ヘッドホンでプレーすると、よりSaGaの世界を楽しめます。」みたいなことが書いてあるゲームも増えたので、そこは感謝しています。
――最近のスマホゲームは『リ・ユニバース』のように家庭用ゲーム機で人気だったタイトルのリメイクやリニューアルが多いです。いちユーザーからすると、改めて面白さを感じるものと、「お金稼ぎか?」と思わず思ってしまうものがあります。サガシリーズは30周年のタイミングで、『リ・ユニバース』のヒットや『ロマンシングサ・ガ3』のHDリマスターの高評価など非常に評判が良いですが、この流れをイトケンさんはどう感じていますか。
もととなったオリジナルのゲームを何十年経った今でも評価いただけているのは光栄なことです。
リメイクとかリニューアルって当時のオリジナルをつくっていたときよりも大変なことだと思うんです。品質を保ったうえで、もっと上にいかなきゃいけないですからね。だからこそ、昔ヒットした作品だからスマホに移行して金もうけしよう、みたいに見えるゲームは残念だし、そのゲームに対して失礼じゃないですか。
だから、つくり手側がそういう気持ちにならないでほしいと本当に思いますし、私自身も毎回念頭に置いて制作しています。
筆者も関わるお笑いコンビ「アメリカザリガニ」の平井さんが配信するゲーム実況風番組「スーパーピコピコクラブ」が2013年にスタートした時、掲げたのは「家庭用ゲーム機を盛り上げたい」という思いでした。
当時は、ガンホーの時価総額が瞬間的に任天堂を超えるほどモバイルゲームの勢いがあり、家庭用ゲーム機の将来が心配されていた時期でした。
あれから6年。2019年を代表するゲームを決める世界最大級のゲームの表彰式典「TheGameAwards2019」では、家庭用ゲーム機のタイトルが並びました。
フロム・ソフトウェアの『SEKIRO』が大賞を受賞し、ソニーから発売された『DEATHSTRANDING』が3部門受賞、カプコンの『デビルメイクライ5』が1部門受賞しています。あの時の心配など吹き飛ぶほど、日本のゲームが注目を集め、家庭用ゲーム機も盛り上がっています。
今振り返ってみれば、「モバイルゲームは家庭用ゲーム機と対立するものではなくゲームの裾野を広げたもの」だと思えます。ですが、当時は一人のユーザーとして「モバイルゲームが脅威」だと感じていたことを、イトケンさんの話を聞いて思い出しました。
筆者がイトケンさんに取材させてもらうのは2度目になります。1度目は「サガ」シリーズの音楽を中心に「ゲーム音楽のつくりかた」について話をうかがいました。そのときの取材で印象に残っているのが「ゲーム音楽は双方向だから盛り上がる」というもの。
2019年はAirPodsProなどノイズキャンセリング機能を搭載したイヤホンやヘッドホンが売れました。
2020年以降は、より没入感の高い状態でゲームならではの双方向を楽しむ人が増えていくでしょう。その時、どんなゲーム音楽が生まれるのか。「裾のを広げた」その先を追いかけていきたいと思います。
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