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私が「アフロ」にした理由 本家では絶滅寸前、稲垣えみ子さんの自由

「アフロ記者」として知られる稲垣えみ子さん(撮影:馬場道浩)
「アフロ記者」として知られる稲垣えみ子さん(撮影:馬場道浩)

目次

税金は上がり、海外で紛争はやまず、暗い話題が目立つ世の中ですが、強烈な髪形によって「人生が変わった」のが「アフロ記者」で有名な稲垣えみ子さんです。新聞記者時代、思い切って「髪を爆発」させたところ、なぜか笑顔に囲まれる生活に。本家のアメリカでは絶滅寸前というアフロによって、稲垣さんが手に入れたものは何だったのでしょうか。アフロにした理由、その後の変化をつづってもらいました。

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以来、人生が変わったのです

 ばかばかしいと思う。でも本当のことなのだ。私にもついに訪れたのである。人生における「モテ期」が。

 思い起こせば、きっかけは15年ほど前。大阪府警のサツ回りをしていた私は、場末のスナックで開かれた警察官と担当記者の懇親会でカラオケに興じていた。そこに、ソレはあった。刹(せつ)那(な)的に場を盛り上げる笑いの小道具として。

 アフロのカツラが。

 元来シャイな性格である。変なプライドもある。ふだんなら絶対にそんなものはかぶらない。だがそのカツラは、オッチャンたちの頭から頭へと回ってきた。コワモテの警察官の面々が、その丸いもじゃもじゃを乗っけると驚くほど可(か)愛(わい)いのである。

 爆笑していると、私の番が回ってきた。仕方がない。もじゃもじゃに頭をつっこんでみる。「ギャハハ」「似合う似合う」

 せっかくなので鏡を借りて、ちらりと確認しましたよ。あら案外イケてる。

 それから時は流れ、パッとしない日々が10年ほど積み重なったある日、「そうだ、アフロ、しよう」と思い立つ。いくら何でも社会人としてどうなんですかという美容師の反対を押し切り、平凡な私の頭に、丸くこんもりとした黒い物体が乗っかった。

 以来、人生が変わったのです。

新聞記者時代の稲垣えみ子さん
新聞記者時代の稲垣えみ子さん 出典: 朝日新聞

私は今、常に笑顔に囲まれている

 行く先々で、見知らぬ老若男女がニコニコと近づいてくる。電車の中、本屋、登山道。「その髪形いいですねえ」「カツラ? 地毛?」。握手を求める外国人も多い。

 夜、帰宅途中に、スナックやバーから酔ったおじさんが飛び出して来たことが3回、あった。「いっしょに飲もう!」。美人でもセクシーでもない不肖私、50歳を目前にして「ナンパ」初体験である。

 さらに、近所の店に入れば「いつ来てくれるのかと思ってました」と大歓迎。1度見たら忘れないせいか、2度目には常連扱いだ。カフェに行けばケーキ、居酒屋の場合は漬物の皿が、「よかったら」の一言とともにスッと登場。ある喫茶店のマダムはなんと、アフロの肖像画を描いてプレゼントしてくれた。

 いったい何なんだろうかこの人気ぶり。

 もちろん原因は私ではない。アフロである。世の中には奇抜な髪形はあまたあり、もしかするとそういった方々も一斉にモテているのかもしれないが、アフロはちょっと特別なのではなかろうか。

 丸くてムダにでかくて、ばかばかしい。歩いているとやたら人と目が合うのだが、ほとんどの人が笑っている。笑われているのかもしれない。それでもいいのだ。私は今、常に笑顔に囲まれているのである。

 それにしても不思議なのは、声をかけてくる人がほぼ例外なく「私もやってみたい」と言うことだ。年齢やファッションの傾向に関係なく、みな同じことを言う。これは一体どうしたことか。

東日本大震災後から続けている節電生活について語る稲垣えみ子さん=2018年11月24日、福井県越前市府中1丁目
東日本大震災後から続けている節電生活について語る稲垣えみ子さん=2018年11月24日、福井県越前市府中1丁目
出典: 朝日新聞

「ええなあ、若い人は自由で」

 疑問が膨らんでいたある日、大阪の路上で信号待ちしていた老女が私の頭を凝視して一言。「ええなあ、若い人は自由で」

 自由! そうか! イメージは「アフロ=自由」だったのだ。思い切って髪を爆発させ、その勢いで、うっとうしいしがらみ、閉(へい)塞(そく)した現実から脱して自由になれたら――みなさんそう思ったんですね。

 ふと考える。私は自由になったのか。

稲垣えみ子『アフロ記者』(朝日文庫)

奇跡は誰にでも訪れるのである

 本家アメリカでは、アフロはすでに絶滅寸前らしい。2009年のドキュメンタリー映画「グッド・ヘアー〜アフロはどこに消えた?」には、雑誌の表紙を飾る白人のようなサラサラ髪を求めてやまぬ黒人女性の今が描かれる。皮膚に悪影響を与えかねない強力な縮毛矯正剤が飛ぶように売れ、巨大な有望市場を形成している。

 半世紀前には、同じ黒人社会で、アフロは自由と解放の象徴だった。差別撤廃をめざした運動の熱気の中、生まれつきの縮れ毛をわざと大きくふくらませて「美しいブラック」へと鮮やかに変身してゆく人々の様子は、当時のアメリカに暮らしたフォトジャーナリスト吉田ルイ子さんの著書に詳しい。アフロは、自らを「醜い」と規定してきた人々の意識を解き放ったのだ。

 同じ髪形がわずかな時の差で、解放の象徴から克服すべき対象へと一変する。つくづく人間はややこしい。

 さて、私である。日本人である私のアイデンティティーとアフロには何の関係もない。数カ月ごとに強力なパーマ液を使って直毛を縮れさせる姿は、我ながら変だ。

 それでも確かに、私は自由になったのだと思う。

 人生は思いもかけぬ困難の連続だ。社会も閉塞している。成長は止まり、人口は減り、不安を背景に対立は深まる一方。それでも未来は変えていけるはずだ。

 足りないのは、行動する勇気なのかもしれない。勇気を支えるのは、他人を信じる気持ちだ。人生は、ともに笑いあえる仲間がいれば何とかなるのではなかろうか。

 アフロにしたというただそれだけで、笑顔につつまれ、友達が増え、モテている今、心からそう思う。これはもう一つの奇跡だ。奇跡は誰にでも訪れるのである。 (「ザ・コラム」2014年10月25日付)稲垣えみ子『アフロ記者』(朝日文庫)より抜粋

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