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理系の定番、キムワイプで卓球?ルール無用、研究会も…ひそかに流行
キムワイプで楽しむ「理系卓球」とは?
箱ティッシュのような見た目ながら、理系学生からの信頼が厚い「キムワイプ」。研究の現場では、定番の拭き取り用紙として愛されています。この製品をラケットとして用いる「卓球」が、一部大学でひそかに流行していることを知っていますか? 驚くべきは、その内容です。公式ルールが存在せず、卓球台を使う必要すらないという自由さ。競技に関わる研究成果を、学会さながらに発表し合う催し。独自の発展を遂げたスポーツの、シュールで奥深い世界に迫ります。(withnews編集部・神戸郁人)
そもそも、キムワイプとは何なのでしょうか?
製造元企業は日本製紙クレシア。「クリネックス」「スコッティ」といった、おなじみの箱ティッシュも作っています。同社によると、キムワイプは「産業用ワイパー」の一種です。
産業用ワイパーとは、工場や医療機関などで使われる業務用拭き取り紙全般を指します。日本では1960年代、自動車の窓拭きやオイルチェックに用いられるようになり、他分野にまで広まりました。
キムワイプは第二次世界大戦中、米国のキンバリー・クラーク社が、光学レンズの研磨用に開発。1969年に十條キンバリーが国内での製造・販売を始め、現在は日本製紙クレシアが事業を引き継いでいます。
およそ理数系科目と相性が悪かった記者(31)。特に数学が大の苦手で、高校時代の定期試験結果は赤点ばかり。気付けば補習の常連と化していました。その私が「キムワイプ卓球」と出会ったのは、2019年9月のことです。
現場にいた、東京大大学院の博士2年、岩月憲一会長(27)に尋ねます。これは一体何なのでしょうか?
「卓球のように見えて、その実、卓球ではないんです」
謎かけのような返しに首をひねりつつも、岩月さんの話に耳を傾けていると、好奇心がむくむくと頭をもたげてきます。そこで私は、この競技について取材することにしました。
2019年11月上旬。東京大駒場キャンパス(東京都目黒区)内の一室を訪ねると、同会のメンバーたちがトレーニングに励んでいました。手には、もちろんキムワイプの箱。しかし卓球台ではなく、会議などでよく使われるタイプの長机の上を、ピンポン球が往復しています。そしてネットもありません。早速洗礼を浴びた気分です。
「よかったらやってみませんか」。声を掛けてくれたのは、同大学院修士1年の崎下雄稀さん(23)。促されるまま、事前にホームセンターで購入した、片手で持てるサイズの「S-200」をリュックから取り出します。
卓球経験者という崎下さんと、素人の私。果たして勝負になるのか……? 緊張しつつサーブを繰り出します。パコン。球は予想していたよりもスムーズに前へと飛んでいきました。箱が分厚いためか、ラケットを使うときと比べ、軽い衝撃が手に走ります。
打ち返されてきた球に向かって、また一振り。ポコン。回転が掛かりづらい分、進路のコントロールが簡単な印象です。
次第にラリーが続くようになり、何度かポイントを取ることも出来ました。「初心者の人が勝つことも少なくありませんよ」と崎下さんが笑います。確かに、意外と未経験者に優しいかもしれない……!
遊び心は場外にも。かつてUT-KTTにも所属し、この日の練習会に同席していた岩月さんから手渡されたのは、KTTAのパンフレットです。
UT-KTTメンバーで、同大学院修士1年の前田健登さん(23)は、こうした取り組みにひかれキムワイプ卓球を始めました。「新入生の頃、岩月さんに勧誘されたんです。競技の解説や、ビラのクオリティがすさまじくて。こんなに面白い人がいるなら、やってみたいと思えました」
なぜこれほどシュールなスポーツが生まれたのか? 改めて話を聞いてみました。
岩月さんいわく「起源について、実はよくわかっていないんです」。自然発生的に広がっていったのではないか、と推測します。
計算言語学などについて研究している岩月さん。自身も、高校時代に科学系の部活の先輩が、実験台でキムワイプ卓球を楽しんでいるのを見ていたそう。UT-KTTのメンバーも、機械工学や生物学を学ぶ中で、その存在を知ったといいます。
いわば実験の合間の息抜きとして、脈々と受け継がれてきたのです。
「一過性の現象で終わらせるのはもったいない」と、岩月さんがKTTAを立ち上げたのは2008年のこと。当初は国際卓球連盟のルールを参考に、正式な競技化を試みました。しかし「11点先取した方が勝ち」など、科学的に裏付けられない記述が多く、そのまま採り入れるのは難しかったといいます。
キムワイプ卓球の競技人口の大半を占めているのが、研究者や大学生たち。理数系の学問に親しんでいる点が共通するものの、一人一人の専門領域はいろいろです。岩月さんによると、専攻が異なる人同士で交流する機会は、あまり多くないといいます。
めいめいをつなぐ役割を果たしているのが、2017年からUT-KTTが主催する「キムワイプ卓球研究会」。戦術などに関する論文を持ち寄り、研究成果を披露し合います。東京大の学園祭に合わせ、これまでに4回催されました。
練習会では、小嶋さんが開発したという、ピンポン球の位置の自動測定システムもお披露目されました。「審判いらないじゃん!」「特許が取れるかも」。メンバーたちは歓声をあげながら、目を輝かせていました。
2019年11月下旬。東大の秋の学園祭「駒場祭」でUT-KTTによるキムワイプ卓球体験会が開かれました。会場の体育館には、親子連れから中高生のグループまで、様々な人々が入れ替わり立ち替わりやってきます。見慣れぬ箱を使うスポーツとあって、誰もが興味津々な様子です。
昨年に続き2回目の参加という30代女性は、30分以上にわたって熱中。「市販の商品を使って、手軽に楽しめる点が大好き。発想が面白いですよね。ついつい夢中でプレーしてしまいます。何度でも来たい」と笑顔で語りました。
学祭期間中には大会も開催。賞品はキムワイプ柄のパーカーや掛け時計です。いずれも製造元の日本製紙クレシアから提供を受けたといいます。
23日の駒場祭キムワイプ卓球大会の賞品の一覧です。
— 東京大学キムワイプ卓球会 (@UTKTT) November 21, 2019
キムワイプ パーカー Mサイズ
キムワイプ掛け時計
キムワイプS-200 専用ディスペンサー
キムワイプ洗ビン
キムワイプレジャーシート
キムワイプシール(参加賞)
キムワイプ紙製ファイル(参加賞)
キムワイプ50周年フリクション(参加賞) https://t.co/ONvBeQzFgN pic.twitter.com/m2AVuvOiT1
キムワイプ卓球について、同社の担当者は「キムワイプ本来の用途と異なるため、メーカーの立場としては推奨しかねる」とした上で、こう話しました。
「多くの方々が楽しんでいることに関しては、大変うれしい。主催者の皆さんとは、末永くお付き合いさせて頂きたいと思っています。そして競技を通じ、学生や研究者の方々に、商品を愛用してもらえるよう期待したいですね」
一般に縁通いと捉えられがちな、学問の世界。その本質について、ユーモアを織り交ぜ伝えてくれるものこそが、キムワイプ卓球なのかもしれません。今後の動向に注目したいと思います。
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