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感動

「2回目の東京五輪も病院で」精神科病院「200カ所」撮影して見た現実

「閉ざされた」世界を20年間取材してきたカメラマンに話を聞きました

大西暢夫さんが撮影した、大阪府堺市の精神科病院に長期入院する患者を主人公にしたドキュメンタリー映画「オキナワへいこう」の一場面。長期入院の女性が「生涯のうちに一度でいいから、沖縄へ行ってみたい」と言ったことから物語が始まる
大西暢夫さんが撮影した、大阪府堺市の精神科病院に長期入院する患者を主人公にしたドキュメンタリー映画「オキナワへいこう」の一場面。長期入院の女性が「生涯のうちに一度でいいから、沖縄へ行ってみたい」と言ったことから物語が始まる 出典: ©NPO法人kokoima

目次

精神科病院というと、「怖い」といったイメージを持っている人が多いかもしれません。ただ、実態はあまり知られておらず、多くの病院は取材を受け付けません。そんな「閉ざされた」世界を、写真家の大西暢夫さん(51)は約20年間取材し、訪れた精神科病院は北海道から沖縄まで約200カ所に上ります。大西さんに、精神科病院はどのように見えているのか? 病院関係者ではない「異物」として現場を見続けてきた第一人者に聞きました。

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僕を見つめる50人の目

――どういうきっかけで精神科病院で撮影することになったのですか。

「精神科に勤めている看護師が読む『精神科看護』という専門月刊誌があるのですが、そこに病院紹介と入院患者を取り上げるグラビアページがあって、撮影を依頼されました。その連載をもう20年近くやっています。毎月8ページのグラビアを作るために精神科病院に撮影に行きます」

――なぜ精神科病院に興味を持ったのですか。

「精神科病棟の中を自由にのぞき見できるってちょっと興味がわきません?あんまり入れるところではないと思ったので」

――興味本位で初めは入ったんですね。

「そうですね。鉄格子で怖いというイメージは一般の人と変わらなかったです」

――初めての撮影は緊張しませんでしたか。

「もう強気ですね。病院からすると僕は完全な『異物』なんで。閉鎖病棟の鍵を開ける。いまはピッとやる電子キーが多いですけれど、昔はじゃらじゃらする鍵でがちゃがちゃって開けるんです。ホールに50人いたら全員が僕をじーっと見ます。そこでひるんだら絶対に負けます。圧力を感じてわーっと圧倒されますが、そこは慣れと強気というか。漫才師の舞台袖みたいな感じで。どきどきしてても緞帳(どんちょう)があがったらドーンと行くじゃないですか。どこかで演技していかないと」

インタビューに答える大西さん
インタビューに答える大西さん

「この気持ちわからんやろ」

――どうやって雰囲気を和らげるんですか。

「毎回2日間撮影をするんですが、初日はどちらかというと患者さんとしゃべることに徹することが多いです。まずは顔を覚えてもらって。2日目の朝が勝負どころです。『また来たね』というところから始まるんで入りやすいです」

――患者さんとの話ってどんな話をするんですか。

「病気の話をすることはほとんどないですね。ほとんどが世間話です。時々、患者さんが『幻聴が聞こえる』とかいうことがあります。そういうときは『3人』でしゃべります。『いまちょっといろいろ聞こえてうるさい』と患者さんが言ったら『何の話しているの?』ってすっと入ります。でも、患者さんはやっぱり苦しいと思いますよ。すごくうるさかったりするので。良い幻聴としゃべっているときもあれば、悪い幻聴としゃべっているときもある。そういうのは彼らの表情を見ればわかります」

――病院側から「ここを撮ってほしい」と言ってくるんですか?

「いえいえ。僕が自由に撮影対象を選んでいます。急性期病棟にもいくしストレスケア病棟にもいくし閉鎖病棟も鉄格子のある保護室(隔離室)も。あるとき、患者さんと一緒に保護室で座っていたら患者さんに『ここに入って閉められみ? この気持ちわからんやろ』って言われて、『ちょっと閉めてもらえますか?』とお願いして実際に閉めてもらったこともあります。保護室というのは本当に状態が悪い患者さんがいて段階を経て良くなっていくわけですけれど、そういった写真も毎回撮ります」

大西さんが撮ったドキュメンタリー映画「オキナワへいこう」の一場面。舞台が大阪だからか、登場する長期入院患者は明るくひょうきんな人が多い。大西さんは「その明るさに救われている部分がある」と話す
大西さんが撮ったドキュメンタリー映画「オキナワへいこう」の一場面。舞台が大阪だからか、登場する長期入院患者は明るくひょうきんな人が多い。大西さんは「その明るさに救われている部分がある」と話す 出典: ©NPO法人kokoima

真面目にやってきた、それでも50年

――取材を続けていく中で精神科病院の印象って変わりましたか?

「だんだん世間が言っていたり、自分が勝手に思っていたりした『怖い』というイメージはどんどん剝がれ落ちていきましたね。患者さんって優しすぎる人が多くて。そういう人が病気になりやすいんだと思うんですけれど。次第にこういう人たちが存在しているのは医療の成り立ちとしておかしなシステムだなと感じるようになってきました。一生を病院で終える人がいるわけです。このシステムの中では、社会との関係が遮断され、人としての存在ではなくなっちゃっているというか。しかも彼ら自身も病院の中にいるほうが生活が楽になってしまっている部分がある」

「いま文通している患者さんが1人いるんですけれど、彼の言葉で忘れられないのが『もうすぐ僕は2回目のオリンピックです』ってことを言われて。彼は昭和39年に入院しているんですね。その間1回も退院したことがない。トータルで55年ぐらいです。前回の東京オリンピックは病院のテレビで見ていて、おそらく2回目のオリンピックも病院のテレビで見るのだと思います。そういう人が彼だけでなくたくさんいるわけです。彼らは病気を治すために薬をのみ、先生が言うことを聞き、真面目にやってきた。それでも50年いるという事実。そのとき、地域に暮らす僕らだって『治す』ところがいっぱいあるだろうって思うんです」

大西さんが撮ったドキュメンタリー映画「オキナワへいこう」の一場面。この3人の男性患者は沖縄旅行を希望したが、主治医の許可が下りず、沖縄に行けなかった
大西さんが撮ったドキュメンタリー映画「オキナワへいこう」の一場面。この3人の男性患者は沖縄旅行を希望したが、主治医の許可が下りず、沖縄に行けなかった 出典: ©NPO法人kokoima

変えるには同じ月日がかかる

――地域の側が理解しなければいけないことは多いと思います。

「例えば、母親が認知症になったと、どこの病院に行ったら良いですかと聞いて、『精神科をご案内します』と言われてどきっとする家族はいっぱいいると思います。アルコール病棟もそうです。自分が精神科の門をくぐるということを受け入れられない人が多い。まだまだそんなレベルです」

――社会の意識を変えていくためにはどうしたらいいと思いますか?

「わからないですけれど、歴史が半端なく長いんで、たぶん変えていくには同じ月日がかかるんだろうと思います。ただ、病院サイドでの変化はあります。グループホームがすごく立ち上がったり、訪問看護が盛んになったり。なので、いずれ長期入院は淘汰(とうた)されていく方向になるとは思います」

大西さんが撮ったドキュメンタリー映画「オキナワへいこう」の一場面。映画に出てくる長期入院の患者は、外出ができる開放病棟にいる。ただ、夕方決まった時間になると扉が閉められ、それまでに戻らないといけない
大西さんが撮ったドキュメンタリー映画「オキナワへいこう」の一場面。映画に出てくる長期入院の患者は、外出ができる開放病棟にいる。ただ、夕方決まった時間になると扉が閉められ、それまでに戻らないといけない 出典: ©NPO法人kokoima

なぜ行動が制限されなければいけないのか

精神科病院の長期入院や虐待といった問題は、しばしばメディアの批判の対象になってきました。一方で、殺人事件が起こると通院歴に触れる報道がなされることで、病院側には「精神疾患があったから殺人を起こしたというイメージを助長している」という不信感があるようです。このような関係からか、新聞記者の取材を受けてくれる精神科病院は少ないのが実情です。

昨年、大西さんは大阪府堺市の精神科病院に長期入院する患者を主人公にしたドキュメンタリー映画「オキナワへいこう」を発表しました。映画の中に登場する5人の患者さんは一見、どこにでもいる高齢者のように見えますが、短くても10年以上入院しています。なぜ彼らの行動が制限されなければいけないのか。精神科に長期入院するということはどういうことなのか。映画はその実情を突きつけてきます。

東京都の東中野ポレポレで1月10日まで、映画は公開されています(12月29日から1日1日まで休館)。
ほかの上映情報も、公式フェイスブックで見ることができます。

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