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歌舞伎町の地下に中国人が次々と……「爆音」から始まる国際交流
歌舞伎町のど真ん中にあるライブハウスに、中国人の若者が続々と入っていきます。ステージに上がるのは、中国のポストパンクバンド。日本に住みながらSNSなどを通じて公演を知り集まりました。英語で歌うバンドのメンバーが影響を受けたのは坂本龍一、椎名林檎。近年、産業としても成長しつつある中国のミュージックシーン。薄暗い雑居ビルの地下2階、日本で自国の最先端の音楽を楽しむ中国人の若者の姿から、草の根の国際交流について考えます。
10月19日、新宿に歌舞伎町のライブハウスで、中国のポストパンクバンド「Re-TROS」が初の来日単独公演を行いました。
ライブ当日のまだ明るい昼下がり、地下のステージではリハーサルが続いていました。低音を響かせたサウンドは、扉の外からも感じられるほど鳴り響いています。
開場時間が近づくと、観客が増えてきました。その多くは中国人の若者たち。歌舞伎町の地下に、中国のライブハウスがそのまま引っ越してきたような、不思議な感覚を覚える光景です。
開演前からドリンクを手にした観客で、Tシャツなどのグッズを販売するコーナーが賑わっています。大きめのTシャツを買った女性に中国語で「ファンですか?」と話しかけると、「ボーイフレンドがファンで、彼に誘われて来ました。このTシャツも彼へのプレゼント」と答えてくれました。
ボーイフレンドの男性も中国人で、話を聞くことができました。現在は日本の大学院に通っているそうです。2012年に上海で開催された音楽フェスで「Re-TROS」の音楽を聞き、好きになったそうです。
この日は、SNSなどで「Re-TROS」の来日公演を知り、チケットサイトで購入してやってきたと教えてくれました。
近くにいた別の中国人の女性は、もともと音楽関係の仕事に携わり、今回は友人からもらった招待券で来たそうです。「Re-TROS」は前から知っていて、中国の音楽フェスで「Re-TROS」目当てに来たファンの多さに驚いたそうです。
午後7時前になると、100人は収容できるライブハウスはほぼ満員に。そしていきなり爆音が流れ、歓声が上がります。
メインボーカルが英語で歌い出すと、テンションは一気に最高潮に。すでに踊り出す人も現れます。人と人の距離が縮まり、電子音とドラムの音が混ざった会場が、熱気で満ちあふれていきます。
数曲歌い終えるメインボーカルの華東(ファー・トン)さんはすでに汗びっしょり。歌詞はすべて英語で、あいさつも英語です。一方、観客からは中国語で「牛B」(ニュービー)と大きな声を上げる人も。「牛B」とは中国の若者がよく使う言葉で、「素晴らしい、やばい」という意味です。
ライブ会場には、日本人観客の姿もありました。「中国でもポストパンクのバンドがいるなんて、知らなかった」という女性二人組は、どんなバンドか聞いてみたいと思い来場したそうです。最初は落ち着いて聞いていた二人ですが、いつの間にか、ほかの中国人の観客と同様、音楽に合わせ、頭や体を動かしたりしはじめ、ライブを楽しんでいました。
「Re-TROS」は2003年3月に北京で結成された三人組のバンドです。メインボーカルの華東(ファー・トン)さんは南京出身で、高校卒業後ドイツへ留学し、帰国後に音楽の道を歩むことを決心しました。その後、ボーカルの劉敏(リュウ・ミン)さんとドラムの黄錦(ホアン・ジン)さんと出会い、バンドを結成します。
メンバーそれぞれが好きな単語を考え、出てきた「重塑」、「権利」、「彫像」をつなげて作りました。「重塑彫像的権利」、つまり「Rebuilding The Rights Of Statues=Re-TROS」という英語名になりました。
2005年10月には初めてのCDアルバム『Cut Off!』をリリースし、2009年に『WATCH OUT! CLIMATE HAS CHANGED,FAT MUM RISES...』を出しています。
2017年に発表された最新アルバム『Before The Applause』は全世界で配信され、この日のライブもそのアルバムの世界ツアーの一環として企画されました。
中国では改革開放が本格的に始まった1980年代以降、一時的にバンドが流行っていた時もありましたが、音楽だけで食べていくことが困難のが現状です。
ボーカルの劉敏さんも、アルバイトをしながら音楽活動を続けていた経験があります。
劉敏さんが驚いたのが、日本の音楽産業の大きさです。ジャンルが豊富で、ファンの好みの幅も広く、バンドが自分たちの好きな音楽にこだわれる環境にあることを、羨ましく感じているそうです。
最近では、中国版Netflixの「愛奇芸」(アイチーイー)で、「バンドの夏」というバンドのオーディション番組が放送されるようになり、人気を集めています。ドラマなどがきっかけとなり、中国のバンドや音楽関係者にとっても成長のチャンスを迎えていると言えます。
実は日本の影響も多く受けている「Re-TROS」。華東さんは、好きな日本の音楽人に、坂本龍一さんと椎名林檎さんの名を挙げました。その理由は、西洋的手法のなかに、東洋的な要素をうまく融合させているから。
華東さんは、特に坂本龍一さんの音楽にある、「余白」のような要素を「東洋の知恵」として、将来的に自分たちの音楽にいかしてきたいと言います。
「そのほか、ZAZEN Boysも好きなバンドです。彼らは西洋の手法、楽器、音響を駆使しながら、音楽には日本的要素が多く感じ取られます」と絶賛します。
華東さんと劉敏さんは「われわれは直接的にあるいは間接的に、日本音楽の影響を受けている」と、話しました。
二人は「(来日公演を通して)もっと多くの日本人の方々に、私たちのことを知ってもらい、私たちの音楽に触れて、私たちの音楽を好きになってもらい、中国の音楽の今を知ってほしい」と訴えました。
新宿歌舞伎町という都会のど真ん中で、中国人の若者で満員になるライブが開かれる。その光景をみて、日本に住む多くの中国人の若者や留学生が、本国にいるのと変わらないくらい中国の最先端のバンドに触れていることに驚きました。
観客の多くは、いわゆるネットネイティブの「90後(ジュウリンホウ=1990年以降生まれ)」世代にあたります。
「90後」は海外の情報に敏感で、SNSや友人の紹介を通して好きな音楽のジャンルを見つけ、ネットサービスにお金を払うことに抵抗のない世代と言われています。また、日本のマンガや動画などを見て育った世代でもあり、日本文化にも親近感を抱く人が少なくありません。
中華圏のエンタメ事情に詳しいアンジー・リーさんによると、近年、中国のバンドがグローバル展開を志向することが増えているそうです。
アンジーさんはパーソナリティをつとめるラジオ番組で中国のヒップポップを紹介したことがありました。その曲には京劇の要素が取り入れられており、日本人のリスナーからは「うまい」、「新鮮」、「クール」、「格好いい」などのコメントが届いたそうです。
日本と中国は、それぞれの伝統文化、美意識を持ちつつ、共通点も少なくありません。
歌舞伎町のライブハウスで盛り上がる中国人の若者たちの熱気からは、草の根の国際交流の可能性を感じることができました。
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