連載
#13 ざんねんじゃない!マンボウの世界
マンボウ、ジャンプしたら死ぬって本当? 最弱生物説の発生源は……
「マンボウのジャンプ」の理由にある謎とは? 「ジャンプして着水した衝撃で死ぬ」という誤った情報の発生源は?
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#13 ざんねんじゃない!マンボウの世界
「マンボウのジャンプ」の理由にある謎とは? 「ジャンプして着水した衝撃で死ぬ」という誤った情報の発生源は?
「マンボウは水面に向かって加速し、頭部から飛び出してジャンプします。その後は、体を横に倒して、側面を水面に叩きつけるように着水します。クジラのブリーチングみたいな感じですね」
まず、ジャンプをする魚はマンボウだけではなく、様々な魚で確認されています。魚がジャンプする理由は、体表についた寄生虫を落とすためという説が一般的に普及しています。他にも、水中に含まれる酸素が少なくなり酸欠状態になったとき、捕食者から逃げるとき、求愛行動のときなどの説も知られています。
マンボウのジャンプも、一般的な魚類のジャンプ行動と同じように「寄生虫を落とすため」と推測されています。マンボウの体表にいる寄生虫は大きくて目立ちやすく、たくさんついているように見えることから、この説が広く認知されているそうです。
しかし、澤井さんはこの理由に疑問を持っているといいます。
水族館の海水魚は、体表の寄生虫を落とすために短時間淡水につける「淡水浴」をしますが、澤井さんは淡水浴から2日しか経ってないマンボウがジャンプするのを目撃したことがあるそうです。「淡水浴で寄生虫が落としきれなかった可能性もありますが、マンボウがジャンプする理由は一概に『寄生虫を落とすため』とも言い切れない」といいます。
「実際のところ、マンボウのジャンプの理由はよくわかりません」と澤井さん。「そもそも、マンボウのジャンプはその行動が知られているだけで、マンボウのジャンプに関して研究をした人は今まで誰一人いませんから」
いつするのかわからないジャンプ行動を研究するには相当な時間と労力を必要とするといいます。「研究者でもよほど物好きな人でないと難しいのではないでしょうか」
生き物の生態は、研究者が地道に時間をかけて研究して、データをまとめて発表し、それを評価されることでより正しく理解されていきます。一般的に流通しておらず、漁業的にも価値が低いマンボウの生態を、専門としている研究者は多いとはいえません。
澤井さんは広島大学で博士号を取得した後、安定してマンボウを研究する環境に恵まれず、一時は無職に。今は研究所で働いていますが、マンボウの研究ができる施設ではなく、帰宅後や休日に研究を継続しています。
水族館の協力を得て、2017年からはマンボウの行動観察も新たに始めましたが、データを取るだけでもたくさんの時間がかかります。マンボウのさまざまな行動を見つめ続け、観察時間は200時間に及びましたが、結果として論文にまとめられるのはまだまだ先だといいます。
より短期間で結果が出る研究もあるかもしれませんが、澤井さんは「面白いからじっくりやっています」と笑います。この観察にはインターネットなどを通じて、マンボウに興味がある一般の市民科学者(研究組織に所属せず、独自に研究している一般の方たち)たちも巻き込み、データを集めていきました。
「ひとりでやるより、複数人で確認しながら取った行動データの方が信憑性が高いですし、客観的に評価できます。誰がやっても同じ結果が出るということが研究にとってマストですから」
マンボウが好きな人たちの個の情熱が寄り集まって、人知れずマンボウの研究がすすめられています。
記事の冒頭で紹介した「ジャンプして着水の衝撃で死ぬ」という誤った情報。マンボウの弱さを象徴するエピソードとして、インターネットでよく目にします。どうしてこんな噂が広がったのでしょうか。
澤井さんが調べたところ、「2010年に、Wikipediaのマンボウのページで、ジャンプについて『着水の衝撃で死に至る事がある』と加筆された影響が大きいと思われます」。澤井さんの知る限りでは、これを裏付けるような論文や文献はなく、Wikipediaがこの噂の初出だと考えられるといいます。結局、この記述は2013年まで掲載されており、SNSの発展とともに広がっていったのではないかと推測されています。
<さわい・えつろう>
1985年奈良県生まれ。マンボウ研究者。ウシマンボウとカクレマンボウの名付け親。著書に「マンボウのひみつ」(岩波ジュニア新書)「マンボウは上を向いてねむるのか」(ポプラ社)がある。広島大学で博士号取得後は「マンボウなんでも博物館」というサークル名で同人活動・研究調査を行っている。澤井さんの研究を支援するサイトはこちら。
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