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「タバコ1日50本分」「殺人大気」深刻なインド、日系企業は商機探る
「1日にたばこ50本吸うのと同じ」「殺人大気」――。冬にはそんな風にも言われる「世界最悪の大気汚染大国」インド。環境保護団体グリーンピースなどが今年3月、世界3千の都市について汚染の程度を示す指標データを発表したところ、世界ワースト10位のうち7つがインドの都市でした。ワースト1は、日本人が多く住むニューデリー郊外のグルガオン。現地の幼稚園や小学校に通う記者の子どもも、この季節になると咳が止まらず、気が気ではありません。
特に大気が滞留する11月から2月の冬は、大気中の微小粒子状物質(PM2.5)が基準の20倍以上と、肺がんや呼吸器疾患などを引き起こす危険性のあるレベルとなる日も。排ガスや建設工事、野焼きなどが主な原因とされています。
首都ニューデリーでは、今月に入ってすべての学校を休校にし、建設工事も禁止。自動車のナンバーが奇数か偶数かによって1日ごとに通行を規制する制度も始めました。
こんな状況でありながら、空気清浄器の売れ行きはいま一つのインド。
「買うのはほとんどが外国人だね。インド人は空気が悪くなる冬の一時期だけのためになかなかお金を出せないんじゃないか」。ニューデリー南部の家電量販店を訪れると、洗濯機の上に置かれた空気清浄機の前で店員のサガルさん(40)はそう話してくれました。
店では、冷蔵庫は月に100台ほど売れますが、空気清浄機は年間でわずか30台ほどだといいます。
インドの空気清浄機の市場は、2018年度で推定約30万台といいます。5年で4倍以上伸びている優良市場ですが、「予想を下回る」(日系メーカー)といい、販売台数はエアコンの20分の1ほどに過ぎません。
米国や中国の市場と比べても20分の1程度にすぎず、インドでの普及率は0.2%にとどまります。
ただインドは人口13億人の巨大市場。可能性はあるはず。日系メーカーはいろんな手で普及しようと試みています。
他社に先んじて2010年からインドでの販売を始めたのが、日本国内で5割以上のシェアをもつシャープ。同社によると、インドでも日系では最多の約15%のシェアを握ります。
10月~2月の販売が全体の7割を占める季節商品であることから年間を通じて使える商品にしようと、インドで感染症の媒介にもなる「蚊取り」機能をつけたり、加湿や除湿機能を加えたりしました。
空気清浄器は効果が見えにくいのもネックです。現地のテレビ番組では「空気清浄機よりも観葉植物の方が効果がある」とまで報じられ、いまだに空気清浄器の効果を疑問視する人が少なくありません。
そこで、シャープは昨年から、室内のPM2.5を数値化して表示する機能を付加。それまでは機体についたランプの色でPM2.5の数値が高いと赤色のランプが光って空気の状況を示していましたが、さらに「見える化」を進めました。
シャープビジネスシステムズインディアの湊川伸司社長は「まだまだ空気清浄機が認知されていません。ただ、効果があると納得すれば買ってもらえるはず」と話します。病院やレストランなど事業者向けには、たばこや汗の臭いの分解といった機能を強調。車載用といった用途別の製品化も進めて、様々な使い道の可能性を探ってきました。
14年に販売を始めたダイキンはインドでの売り上げの約9割がエアコンですが、昨年に空気清浄器の新商品を発売。独自の殺菌システムを搭載し、インドのオンライン市場の拡大をにらみ、アマゾンでの販売も始めました。
同じく14年に参入したパナソニックも、においセンサーなどで空気の状態を検知する「エコナビ」を搭載。空気が汚れる時間帯や日々の運転パターンを学習して、電気代の高いインドでムダのない運転をする省エネを図ります。
日系各社の課題は、価格にあるのかもしれません。インドは機能をそぎ落としてでも価格が安いものが売れる傾向にあるからです。日系トップのシャープの売れ筋は1万8千ルピー(約2万9千円)ですが、首位のフィリップス(オランダ)や続くハネウェル(米国)は、その半分程度の価格帯で攻勢をかけています。
ニューデリーでは、冬場でもマスクをしている人は、外国人以外は多くはみかけません。
NGO「科学環境センター」のポラシュ・ムカルジー研究員は「決して人々に危機意識がないわけではないのですが」とした上でこう言います。「格差の大きいインドでは、農村だけでなく都市住民の多くにも洗濯機やテレビを買う方がまだ先です。将来的には爆発的に伸びるでしょうが、優先順位はまだ低いのではないでしょうか」
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