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連載

#9 遁走寺の辻坊主

「偉そうな親切」しないためには? 辻仁成が坊主になって答えます

若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動
若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動

辻仁成さんがお坊さんとなって10代の悩みに答える「遁走寺の辻坊主」。女子中学生が相談した「学校での人間関係を壊さないために仮面をかぶって生きている」という悩みに、辻坊主が授けた教えとは?

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今日の駆け込み「学校で仮面をかぶって生きている」

猫の百地三太夫と朝ごはんを食べ、境内に出てみると、女の子が竹ぼうきをつかみ掃除をしておった。
ものすごい集中力で、ザクザクと地面を掃いておる。
みゃあ、と三太夫が鳴いた。
ふむ、たしかに。前に一度ここに来たことのある子じゃろうか?
でも、見覚えのない子じゃ。
三太夫が走り出し、少女の足元にまとわりついた。
少女は竹ぼうきを下ろし、あ、おはようございます、と近づくわしを振り返りお辞儀をした。
中学二年になったばかりの斎藤楠子君の相談は長かった。
わしらは、つまり二人と一匹は濡れ縁に並んで腰かけて話し込むことになる。

「中学入ってすぐの頃に、自分より成績の低い友達に、なんていうのでしょう、今思えば余計なお世話だったんですけど『もっと頑張らないとね。絶対大丈夫』って励ましたことがあったんです。でも、その誠意が彼女には嫌味とか自慢に映ったみたいで、逆に疎まれてしまって。その後暫くの間、遊びに誘ってもらえなくなって……。仲間外れっていう程じゃないんだけど、あんたとわたしは住む世界が違うんだよね、みたいな空気の壁がそびえてしまって。だから、その後はもう何も言わなく、いえ、言えなくなりました。その時の苦い経験から、いろんな場面で『こういう時にはこういった方がうまくいく』と考えて行動をするようになるのです。なんか、学校で『仮面』をかぶって生きてる気がしてなりません。その子のためをと思って、励ましただけなのに、そういうことも普通に言い合えないのだな、と思ったら、しんどいし、めっちゃ空しいんです。学校における人間関係に疲れ切っています。逆に、家に帰ると楽なんですよ。周りに誰もいないから、素の自分でいられるし。でも、学校ではそうはいかない。友達関係を円滑にするための『仮面』はしょうがないとしても、ずっとかぶり続けて嘘の自分を見せ続けないとならない学校に何の意味を見出せばいいのかわからなくなってきました。仮面を脱いで、また言いたいことの言える自分を取り戻したい。でも、そうすると、これまでの関係が崩れてしまうのではないかと怖くなります。あの、辻坊主、私、どうしたらいいのでしょう?」

わしは濡れ縁から足を垂らし、上下に軽くぶらぶらとふってみた。
一気にしゃべり終わった斎藤君も真似をした。
わしが少し大きくふると、斎藤君も真似をして強くふった。そして空しく微笑んだ。
ほんとうは明るい性格なんだろうな、と思った。
その明るい性格がくぐもるのはよくないことだ。
猫の三太夫がまねをしようとしている。
というのか、斎藤君の足に狙いを定め、目をきょろきょろさせながら今にもとびかかろうと濡れ縁の淵に立った。
猫の習性だから、仕方がない。

「なあ、斎藤楠子君」
「はい」
「誰の人生じゃね」
斎藤君がわしをじっと見つめた。
「そんなにまわりに気を使って生きるとしんどいじゃろ。そりゃ、疲れるぞ」
「はい、くたくたです」
「自分の人生なんだから、まずは自分を大事にしなさい。そういうしんどい局面になったら、誰の人生だよ、とわたしを真似て言ってごらん。さあ」
ちょっとためらったけれど、斎藤君は心を決めて、誰の人生だよ、と大きな声で言った。
「そうじゃ、もう一度」
「誰の人生だよ!」
「よし、すっきりしただろ?」
「うん」
「その上で、聞いてほしいことがある」

わしは斎藤楠子君と向き合った。
斎藤楠子君の眉根に力が籠もった。
「仮面をかぶることはないけど、相手のことをリスペクトするために多少の気を使って接してあげることはしてもいいのかもしれないよ。自分は成績が上がった、友達は下がった。そういう状況の時に、成功した側がそうじゃない人に何かアドバイスすると、だいたいが癪に障るものだ。偉そうに思われてしまっても仕方がない。わかるだろ? 今回のように疎まれる可能性も十分にある。特にその子がセンシティブな子だった場合、こちらからは想像もつかない余計な心の傷を与えてしまっている可能性もある。誰の人生だよ、と自分を守るために言ってもいいが、同時に、相手にも、自分を守る権利があるということを思い出してみるといい。同じ立場になり、アドバイスできるように、君ももう少し相手のことまで見渡せるようになれるといいね。『誰の人生だよ』という言葉は誰もが使える生きる杖のようなものだ。成績が落ちた子にとっては立ち上がるためのいい道具になるかもしれないからね」

斎藤君は目を大きく開いて、わしを見ておった。
「そして、君の言う仮面というのは、どうも本来の仮面とは違う気がする。それは仮面というより、壁じゃないかな。その壁を作ったのは君であり、その友達、つまり双方の誤解のせいでもある。友達との間に距離が出来たな、と思う時、自分は何をしたのだろう、と考えてみることも大事じゃ。いろいろな誤解が重なり合って、人間の世界というのは複雑に入り組んで激しく揺れ動くものだからね」
斎藤楠子君を振り返ると、もう足は揺れていなかった。そして、唇を少し尖らせ、地面を見つめていた。

「親切だと思ってやったことが、人によってはその反対に映る時もあるね。こればかりはいい友達関係を築くために、お互いが少しずつ考える必要のあることじゃないか、と思うよ。いろいろと経験していく中で、少しずつ気づいていきなさい。いいね?」
斎藤君が顔をゆっくりとあげて、はい、と言った。
もう笑ってはいなかったけれども、何かを悟ったようなすがすがしい顔であった。
三太夫はいつの間にか濡れ縁で眠りこけていた。
わしも背伸びをしてみた。すると大きなあくびが飛び出してしまった。
そのあくびは隣にいた斎藤君にも伝染をした。 

辻仁成(つじ・ひとなり)1959年、東京都生まれ。『海峡の光』(新潮社)で芥川賞、『白仏』(文芸春秋)で仏フェミナ賞外国文学賞。『人生の十か条』(中央公論新社)、『立ち直る力』(光文社)など著書多数。

山田全自動(やまだ・ぜんじどう)1983年、佐賀県生まれ。日常のふとした光景を浮世絵風イラストにしたインスタグラムが人気。著書に『山田全自動でござる』(ぴあ)、『またもや山田全自動でござる』(ぴあ)。

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