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「ボーッと生きてるわけじゃねーよ!」女性の運動不足は誰のせい?
「ボーッと生きてんじゃねーよ!」の決めぜりふでおなじみのNHKの人気番組「チコちゃんに叱られる!」のMC「チコちゃん」が10月30日、スポーツ庁の女性スポーツ促進キャンペーンのアンバサダーに就任しました。「スポーツをせずに『ボーッと生きてしまう』女性に向けて〝5歳の女の子〟が鋭く切り込む!」がうたい文句。しかし女性のスポーツ実施率が低迷しているのは、「ボーッと生きて」いるせいなのでしょうか?「チコちゃん」の決めぜりふに感じた違和感から、「ボーッと生きてるわけじゃない」女性の運動不足について考えました。(朝日新聞スポーツ部記者・伊木緑)
30日に行われた任命式。同庁の鈴木大地長官は「チコちゃんは幅広い年代に人気の方。アンバサダー就任で女性スポーツをさらに進めていきたい」と話し、「例の決めぜりふで、ついついスポーツに対して腰が重い女性にバシッと言ってもらいたいな」。チコちゃんは「スポーツで体も心も、そしてお肌も健康になる習慣を身につけてもらえるようがんばりまーす!」と宣言したあと、決めぜりふを披露しました。
女性のスポーツ実施率向上は同庁の喫緊の課題です。今年実施した「スポーツの実施状況等に関する世論調査」で、運動の頻度を「月1回未満」と回答したのは40代女性が41.6%、30代女性が38.9%。すべての年代・性別のワースト2です。
さかのぼること数日前、手元に届いた任命式の取材案内に私は目を疑いました。
「スポーツをせずに『ボーッと生きてしまう』女性に向けて〝5歳の女の子〟が鋭く切り込む!」。これまで、特に20~40代女性のスポーツ実施率の低迷の背景を「仕事や家事・育児に忙しいから」と分析し、さまざまな場面でそう説明してきたのはほかならぬスポーツ庁です。それなのに、取材案内にあった「スポーツをせずにボーッと生きてしまう」という女性像とは隔たりを感じてしまいました。
まず今回のターゲットになった「スポーツをせずにボーッと生きてしまう」女性とは、どんな層を想定しているのでしょうか。同庁の安達栄・健康スポーツ課長に尋ねました。
安達課長によると「スポーツ世論調査」の「週に1回以上運動できない、または直近1年に運動をしなかった理由」に、「特に理由はない」と答えた人だといいます。でも、今年の調査で「特に理由はない」を選んだ人は、複数回答にもかかわらず、20代女性でわずか4.4%、30代女性で4.9%。すべての年代・性別を通じてそれぞれ1、2番目に少なくなっています。
一方、女性たちは「運動しない」現状をどう考えているのでしょうか。
「運動不足を感じるか」という質問に対し、「大いに感じる」「ある程度感じる」と答えた30代女性は90.3%。40代女性が87.8%、20代女性が87.6%で、すべての属性で1~3番目に多くなっています。また、運動・スポーツを「もっとやりたいと思う」と答えたのは、20代女性が64.9%、30代女性が63.1%で、これも1、2番目でした。
つまり、他のどの属性よりも、運動不足の自覚はある。しかも「もっとやりたい」と思っている人も多い。現状に甘んじて「ボーッと生きて」いるわけではないのです。
では、なぜ運動をしないのでしょうか。複数回答で尋ねた「運動できない理由」の回答で「仕事や家事が忙しいから」が最も多いのは男女とも20~40代に共通。その中でも30代女性は特に多く、63.4%が選びました。さらに30代女性は44.4%が「子どもに手がかかるから」を選び、すべての属性の中で突出して高くなっています。
総務省が16年に実施した「社会生活基本調査」によると、共働き世帯における仕事(通勤を含む)と家事・育児時間の合計は、夫の9時間17分に対し、妻は9時間38分。働き盛りの世代は男女とも忙しく、特に女性には「ボーッと」できる時間なんかないのです。
「ボーッと」に違和感をおぼえなかったのか。安達課長に問うと「『ボーッと』は極端な言い方かもしれないが、無関心層に訴えたかった」と答えました。「チコちゃん」起用の理由については「トップアスリートを起用しても、女性は親しみを感じない。インパクトがないと」と話します。
人気番組のキャッチフレーズとはいえ、運動しないのは「ボーッと」しているからとはいえないし、そもそもスポーツは「叱られる」からするものではありません。
スポーツ庁は今年度、女性スポーツ促進事業をまるごとPR会社「サニーサイドアップ」に委託。今回の「チコちゃん」のキャンペーンを含め、約1100万円の予算を計上しています。
同庁では、17年度から始めたスポーツ人口拡大プロジェクトが6月、有識者による「行政事業レビュー」で、「税金の無駄」として廃止を求められたばかり。
歩くことを通勤などの日常生活に採り入れる「FUN+WALK」が主な内容でしたが、「歩くことが健康にいいことはほぼすべての国民が知っている。今さら啓発活動の段階ではない」などと指摘されていました。
スポーツ庁がすべきことは、人気キャラクターの決めぜりふを借りて「ボーッと」するなと女性を「叱る」ことではありません。
運動不足を痛感している女性、もっと運動したいと願っている女性の背中を押すために、男性以上に仕事や家事・育児に時間を取られている女性がどうしたら運動する時間を捻出できるか知恵を絞ることではないでしょうか。