連載
#3 SDGs最初の一歩
「昔ながらの家屋」なぜ守るの? 記者がしでかした大きな勘違い
伝統的な日本家屋の象徴ともいえるのが茅葺きです。でも、今、茅葺きと聞いてイメージするのは、日本昔話の世界。過去の遺産だと思っていました。それがいま、未来の建築材として再評価されています。半年間、茅葺きの取材を続けて感じたのは、エコロジーも国連のSDGs(持続可能な開発目標)も、達成するために大切なのは心の中に茅葺きを持つということです。茅葺きという名のライフスタイルを紹介します。
今年5月、岐阜県で国際茅葺き会議がありました。日本をはじめ、欧州とアフリカから7カ国が集まり、茅葺きの未来について語り合いました。
日本の代表の一人として舞台に立ったのは神戸の茅葺き職人、相良育弥さん(39)。相良さんが「茅葺きは建築物とみられることが多いが、生き方の一つの呼び方だと思う」と語った時、「そういうことか」と、ようやく腑に落ちるような感覚がありました。
実は国際会議の前に取材した日本茅葺き文化協会代表理事の安藤邦広さん(71)も、同じ趣旨の話をしていましたが、どうも話がかみ合わない感覚がありました。私が大きな勘違いをしていたからです。
建築としての茅葺き屋根の魅力を聞きたい私に対して、安藤さんは周辺の田畑や茅の生育について話します。成長した茅が屋根に使われ、土に還ることが茅葺きの価値を高めることは理解できます。ただ、建築としてしか見ていなかった私は、茅葺きに住めばコンクリートの家よりも涼しいとか、直接的な答えを求めていました。出発点から違っていたのです。
もちろん茅葺き屋根そのものに長所はあります。欧州の人たちが「どうしてこんなに分厚いのか」と驚くほど厚みがある日本の茅葺き屋根は、断熱性が高いそうです。
それ以上に茅葺きに関わる人たちが大切にしていることは、茅葺きの外にありました。それは自然の循環です。しかもその循環が目に見える形で存在していることが重要なのです。
自然の循環とは何でしょうか。
茅葺きの家は、近くに茅場があります。茅とはススキなどの草の総称で、茅場とは草原です。
屋根から下ろした茅はただ土に還すのではなく、田畑の肥料として使います。家畜の飼料かもしれません。そこに住む人は、田畑で採れた作物を食べ、自給自足に近い生活をしていることが想像できます。
「循環の中核に茅葺きはある。持続可能な社会とは、循環が見える社会を目指すこと」。日本茅葺き文化協会の安藤さんは話します。
昔は目に見えていた茅の循環が、近代化で見えなくなってきています。家屋の近くにあった茅場はなくなってしまいました。茅葺きで有名な白川郷でも、いまでは大半を静岡県にある御殿場の茅でまかなっています。循環から離れると、購入費や運送費などコストがかかります。結果として茅葺きの維持費は高額になりました。協会によると、葺き替えには数百万円から1千万円ほどの金がかかるようになったそうです。
現代社会で「自然の循環」を目指すのは難しくなっていますが、日本茅葺き文化協会の安藤さんは「これからはグローバルとローカルの2つの軸足をもつことが必要」と話します。都心部に住みながらも、誰かと田畑をシェアしたり、週末に収穫イベントに参加したりすることで「自然の循環」に触れるのも一つの方法だと言います。
安藤さんの話を聞いて、別世界の話だと思っていた茅葺き屋根の生活が、私の日常と遠くでつながっている感覚を覚えました。茅葺き屋根を中心にして茅が田畑へ巡る様子を思い浮かべながら、野菜を手に取り土に触れ、少しずつ生活に採り入れていきたいです。
1/17枚