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連載

#7 遁走寺の辻坊主

個性がないとだめなんですか? 辻仁成が坊主になって答えます

若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動
若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動

辻仁成さんがお坊さんとなって10代の悩みに答える「遁走寺の辻坊主」。猫の気持ちがわかる少年が相談した「個性を持て、と言われて困っています」という悩みに、辻坊主が授けた教えとは?

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今日の駆け込み「個性ってなんですか?」

愛猫の百地三太夫は捨て猫じゃった。
生まれてすぐの時に籠に入れられてご神木の下に放置されておった。
どこか猫離れした猫だった。人間のような目をしていた。
百地三太夫という名前はわしがつけた。
江戸時代の読本に出てくる忍者で、石川五右衛門に忍術を教えた、とされる。
架空の忍者という設定がいいな、と思って、実在させた。
困難な時に忍術が使えたらどんなに楽だろうと思うことがある。
わしには家族がいないので、三太夫が家族の一員みたいな存在でもある。

ある日、いつものように濡れ縁で午睡しておると、風邪ひくぞ、と声がした。
振り返ると、そこに三太夫がいた。他に人の気配はない。
まさか、と思ったが、何か強い意志を感じた。
お前か、と問うと、みゃあ~、と三太夫が鳴いた。
おお、やはり、お前は喋ることが出来たのか、と嬉しくなって抱きしめた。
くすぐったい離せ、と三太夫がわしの腕の中で騒ぎおった。
しかし、三太夫の猫語はわしにしか理解できないようだった。
寺を訪れる人には猫の鳴き声にしか聞こえない。
あまりしつこく言うと、わしの頭が疑われるので、黙ることにした。


今日、境内で、三太夫に話しかけている少年がいた。
三太夫の言葉がわかるわけではなさそうだが、語り掛け方が自然であった。
「君にはこの猫の意思が理解できるのか?」
わしがこう問うと、前野修平君は、いいえ、でも、なんとなく、と言った。
「なんとなくですけど、この猫がぼくに伝えたい感じがわかるんです」
と返って来たので、ほお、とわしは感心した。
「辻坊主さんですか? 辻坊主ですね。実は噂を聞いて、相談に来ました」
「何を相談に来たのじゃな?」
「実は、先生から『個性を持て』と言われるんですけど、その個性が何かわかりません。教えて貰えますか?」
三太夫がわしの立つ濡れ縁まで走って戻って来た。
わしは三太夫を抱き上げ、濡れ縁に腰をおろした。
「この子は猫の気持ちがわかるユニークな子だぞ」
と三太夫がわしに耳打ちした。なるほど、それは素晴らしい。

前野君が近づいてきて、「自分にしかない個性を持て、と先生に言われるけど、なかなか個性って持てないで困っています」と言った。
「いいかね、個性というのをみんな勘違いする。個性というが、それはみんなと違うことを指すわけじゃない。まずそこを勘違いするな」
「みんなと違うのが個性じゃないんですか?」
「違う。個性とは確かにパーソナリティーのことだが、それは他人と比較することで生まれる特性ではない。他人は他人なのだ。個性とは他人との違いじゃなく、君が、前野修平という人間だけが持っている自然な性質のことじゃ。つまり、同じような特性を持っている人がいてもまったく問題はないし、関係ない。君が君らしいと思うことは全て君の個性なんだ。それは本来誰もが持っているもので、特に探すことでも、見つけることでもない。個性を持てという言い方にこそ問題がある。個性を掘り下げろとわしは言う。この違い、わかるか?」
ああ、と前野君の表情が明るくなった。

「個性を持て、と言われたら、自分らしくいろ、と言われているのだ、と思えばいい。個性なんてものは他の誰からも決められるものではない。わしには猫と仲良くできる君には人一倍豊かな個性があると思うがね」
「そうですかね」
前野君がちょっと自信を無くすような表情をした。
「誰の人生じゃ!」
わしがいつもの決め台詞を吐くと、三太夫がジャンプして、みゃあ、と鳴いた。
一回転した三太夫に驚いた前野君が、ぼくの人生です、と三太夫を見つめながら呟いた。
「ならば、堂々と行け。君にはすでに、前野修平の個性が備わっておる。個性を持てと言われたら、笑い飛ばしてよい。個性を気づかせることこそが大事だ。だから、わしはみんなに、こう言ってる。誰の人生じゃ、とな」
前野君が顔をあげ、わしをじっと見つめ返してきた。意思のある目であった。
「すでにみんな個性を持っている。その自分らしさをもっともっと掘り下げ、拡大させ、自分を豊かにすることを考えればいい。個性を持て、という型どおりの言葉に左右される必要なんかない」
「はい」と前野君が元気に返事をした。
三太夫が、みゃあ、と鳴いた。
ご名答、もしも、また悩みがあったら、いつでも遁走寺においで、と言ったのじゃ。
もちろん、わしが前野君に通訳しておいたぞ。
個性のない人間などいない。その人間が存在している限り、それが個性なのである。
むしろ、その人間一人一人のすばらしさを評価できる人生をこそ、わしは生きたいと思っている。

辻仁成(つじ・ひとなり)1959年、東京都生まれ。『海峡の光』(新潮社)で芥川賞、『白仏』(文芸春秋)で仏フェミナ賞外国文学賞。『人生の十か条』(中央公論新社)、『立ち直る力』(光文社)など著書多数。

山田全自動(やまだ・ぜんじどう)1983年、佐賀県生まれ。日常のふとした光景を浮世絵風イラストにしたインスタグラムが人気。著書に『山田全自動でござる』(ぴあ)、『またもや山田全自動でござる』(ぴあ)。

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