連載
#23 現場から考える安保
海自「観艦式」、台風19号で中止 災害対応最優先が映す自衛隊のいま
自衛隊の観艦式が今年は中止になりました。募集難の海自は3年に一度の見せ場を生かそうと10月14日の本番に向け入念に準備してきましたが、直前に襲来した台風19号がすさまじい災害をもたらし、対応に万全を期すとして河野太郎防衛相が中止を表明。災害対応に傾注する政府のシンボルとなっている自衛隊の姿が浮かび上がりました。(朝日新聞編集委員・藤田直央)
自衛隊の最高指揮官である首相による部隊の「観閲」を盛大に行う式典は、1996年からは年一回、陸海空各自衛隊の持ち回りで開かれています。主催が陸自なら「観閲式」、空自なら「航空観閲式」です。
そして海自なら「観艦式」と呼ばれ、今年は首相の乗る観閲艦を含む海自艦艇など計46隻が相模湾に集う予定でした。ちなみに前回はこんな感じです。
こうした式典は戦前の日本軍でも明治の草創期から、統帥権を持つ天皇の臨席の下で現場の士気を高めようと行われました。国力とともに軍隊が大きくなると、内外への存在感アピールなどいろんな意味を持つようになりました。
こちらはNHKアーカイブスのHPより、太平洋戦争中の1943年1月に東京の代々木練兵場で行われたという「大元帥陛下親臨 陸軍始観兵式」です。
敗戦により国民主権となった日本で1954年に発足した自衛隊は国民の理解促進を重視し、観閲の式典も外に開かれていきました。今年の観艦式では、予行演習を含め3日間で一般の人たち約4万人を船上に招き、メディアも私を含め多数が自衛隊最大の船である護衛艦「いずも」などに乗る予定でした。
さらに海の観艦式が陸や空と違うのは、国際色が目立つことです。軍艦の訪問を国と国との連携や親善に生かす国際的な慣習があるためで、今年の観艦式では米中など7カ国の海軍から11隻が参加するはずでした。
それだけに準備に力を入れてきた海自は、ぎりぎりまで実現の可能性を探りました。しかし10月14日の本番を前に13日朝に中止が決定。河野太郎防衛相はツイッターでこうつぶやきました。
明日の観艦式を中止します。12日から14日までの乗艦券をお持ちの方を優先して艦艇の特別公開を行います。詳細は後ほど。
— 河野太郎 (@konotarogomame) 2019年10月13日
理由は12~13日に東日本を縦断した台風19号。海自の観艦式は1970年代のオイルショックでしばらく「恒例」ではなくなった時期がありますが、台風で本番が中止になったのは伊勢湾台風があった1959年以来です。
そもそも自衛隊が、発足は1954年7月1日なのに「自衛隊記念日」を11月1日としてその頃に観閲の式典をしてきたのは、秋口ごろまでは台風などによる災害派遣が多いだろうという理由からです。
しかし最近では2017年10月の航空観閲式も台風22号で中止。今年の観艦式中止をめぐりツイッターには、陸海空持ち回りといっても観閲の式典を自衛隊記念日の頃にするなら、陸でしかできないのではといった声もありました。
ただ、天候に限って言えば本番の14日、相模湾は荒れてはいませんでした。三浦半島を隔てた東京湾の横須賀港や木更津港では、観艦式に参加予定だった一部の海自艦艇16隻が一般公開されるイベントが代わりに開かれ、約1万1千人が訪れました。
もちろん自衛隊には台風19号での災害派遣という重要任務が発生していましたが、活動の中心は陸自です。観艦式に参加予定だった護衛艦「かが」は、阿武隈川の決壊などで大きな被害が出た福島県の沖に14日午前には到着。「いずも」と同じ型で沖合から災害対応の司令塔の役割を果たす能力があるのですが、とりあえず搭載ヘリを飛ばし行方不明者捜索や人命救助に向かうという運用でした。
明日の観艦式に参加を予定していた護衛艦「かが」も、統合任務部隊に組み込まれて救援活動をします。ヘリの洋上基地としての機能も担うことになります。 #台風19号 #災害派遣 pic.twitter.com/ZD0tebeFkg
— 防衛省・自衛隊(災害対策) (@ModJapan_saigai) 2019年10月13日
それでも今年の観艦式が中止になったのには、観艦式にとっての当日の天候や、災害派遣での陸海空の忙しさの違いといった現場の話にとどまらない事情があります。それは、最近の自衛隊の災害派遣のあり方に大きく関わっています。
河野防衛相は13日朝、安倍晋三首相が開いた台風19号に関する関係閣僚会議に出席した上で、観閲式中止を表明しています。被害の出た各都県からの要請をふまえ災害派遣の規模を広げていく、陸自が中心だが海自も出ることになる、という趣旨でした。
今朝の災害派遣に関する関係幹部会議の様子です。 pic.twitter.com/aWfVSskSai
— 河野太郎 (@konotarogomame) 2019年10月13日
そして夕方には、陸海空の自衛隊を束ねてこの災害派遣にあたる統合任務部隊が3万1千人態勢で編成され、「かが」を含む海自艦艇8隻も組み込まれました。災害対策で統合任務部隊ができるのは2016年の熊本地震以来です。
ただ、この態勢は派遣の長期化に要員を交代しつつ対応をすることを視野に入れた、実際の日々の派遣規模よりかなり大きなものです。海自も8隻態勢とはいえ、15日午前の時点で活動しているのは「かが」だけでした。
ここに、「自衛隊の災害派遣はためらわず前広に」という、1995年の阪神大震災を転機とし、最近の豪雨災害で特に目立つ政府の姿勢を見て取ることができます。
自衛隊法上は、自衛隊の「主たる任務」が日本が攻められた時に対処する「防衛出動」であるのに対し、災害派遣は「従たる任務」です。災害が起きたらまず市町村単位の消防や都道府県単位の警察など地方自治体で対応し、厳しくなれば都道府県からの要請で自衛隊が出ていくのが基本です。
ただし災害時は地元の自治体は目の前の事で手いっぱいで、自衛隊への派遣要請やその前提となる被害把握が遅れかねません。そこで政府は自衛隊から連絡要員を都道府県に送るなどして円滑な派遣要請を図りつつ、いざ派遣となれば緊急の人命救助から当面の被災者の生活支援までを視野に、かなり大きな態勢を組むようになっているのです。
そんな自衛隊の派遣は、甚大な自然災害の際には政府が国民を助けるという姿勢を示すシンボルにもなっています。「プッシュ型支援」を強調する首相官邸は、自衛隊派遣が遅れれば批判されないかと神経を尖らせます。もちろん自衛隊にとっても、自衛隊への国民の理解促進に貢献してきた災害派遣は、「従たる任務」といえども重みが増すばかりです。
今の自衛隊の災害派遣のあり方からすれば、最高指揮官でもある首相が対策の陣頭に立つ災害が起きた時点で、観艦式は無理だったのでしょう。ただ、国民の理解促進という点では、海自にとっては複雑なものがあります。
海自の仕事は中国の海洋進出や北朝鮮のミサイルへの警戒など増えるばかりですが、国民には海の向こうで見えないし、機微な活動なので詳しく説明もできません。艦内での生活が数カ月にわたることもあり、隊員募集は陸海空の中で一番苦労しています。
今年の観艦式では若者にアピールしようと、高校1年生から30歳までの招待枠を初めて設けていました。災害派遣にあたらない艦艇を14日に一般公開したのも、観艦式にかけていた期待の表れです。
また、昨年は陸自が10月にそこそこの天気で観閲式を実施していますが、本来は海自の番でした。陸自が観閲式を行う朝霞駐屯地(東京都・埼玉県)で今年は東京五輪の会場として整備を進める必要があり、順番を入れ替えたのです。
海自制服組トップの山村浩海上幕僚長は15日の記者会見で、台風19号による被災者へのお見舞いを述べつつ、観艦式中止について「誠に残念ではあります」と無念さをにじませました。
今回の台風19号により、10月15日夜までに90人近くの死者・行方不明者が出ています。多くの方々が様々な苦境に置かれ、被害の全貌はまだ見えません。地域社会に基盤を置く地方自治体自身が被災者とも言え、住民の救助や生活支援に政府が努めるべきなのはもちろんです。
そうした災害対応で、私たちが自衛隊をいかに頼りにしているか。その自衛隊が、観閲の式典にいろんな意味でいかに期待を寄せているか。そしてその観閲の式典が、私たちの予測を超えて激甚化する自然災害にいかに翻弄されているか。
今回の観艦式中止に、そんな綱渡りの構図を見たように思いました。
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