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富士の米軍基地で見つけた「幻のピザ店」 軍人たちの静かな日常
日本全国に5万4千人いる在日米軍の将兵たちはどんな毎日を送っているのだろう? 米海兵隊キャンプ富士(静岡県御殿場市)と米海軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)を8月下旬に訪れると、そこには「サポート(支援)」や「ロジスティックス(後方支援)」に取り組む軍人たちの日常があった。(名古屋報道センター・前川浩之)
取材は、在名古屋米国領事館が主催した日本人記者向けプレスツアーとして行われた。
キャンプ富士では、基地トップの司令官マイケル・ライリー大佐(47)が取材班を迎えてくれた。筋肉がついた、いかにも海兵隊員というがっちり体形だ。
基地の広さは東京ドーム26個分にあたる309エーカー(約125万平方メートル)。その基地内のあちこちに鉄棒がある。なんでまた、鉄棒……。ライリー大佐に尋ねると、「海兵隊の基地に鉄棒がないなら、何かおかしいということになる」と笑われた。海兵隊員たるもの、暇があれば懸垂せよ、ということらしい。
在日米軍によると、日本には約1万8千人の米海兵隊員がいるが、このうちキャンプ富士には軍人として135人がいるだけだ。さらに米民間人従業員が15人。彼ら150人の仕事は、沖縄にいる米海兵隊の部隊を受け入れ、隣にある演習場での訓練をコーディネートすること。いわゆるサポート部隊にあたる。
基地内のバラック(兵舎)には2100人が寝泊まりでき、6週間~3カ月ほどの訓練に訪れる隊員らの面倒も見る。基地では米国人と同規模の日本人従業員150人も働く。消防隊は全員日本人で、食堂や施設管理なども日本人が担っているといい、ライリー大佐は「日本人スタッフがいないと、基地が回らない」と話す。
キャンプ富士は第2次世界大戦後、米軍が接収した旧日本軍の施設跡地に造られた。県道を挟んで陸上自衛隊滝ケ原駐屯地と向かい合っており、隣に広がる陸自の本州最大の演習場「東富士演習場」を日米で共同利用している。ライリー大佐は「この規模で米軍が恒常的に使える訓練施設はここぐらいで、北東アジアでも珍しい。日本で最高の訓練施設だ」と語る。
記者が訪れた8月28日は、沖縄の米海兵隊員が、キャンプ富士配備の水陸両用車(AAV)を使って口径50ミリ機関銃の実弾射撃訓練などをしていた。AAVはこのまま水に浮いて進むことができる海兵隊らしい装備で、上陸作戦に使える。こうした車両をいつでも使えるように整備しておくのもキャンプ富士の仕事だという。
基地はちょっとした町のような造りだ。高校を卒業したばかりの18歳、19歳の若手が多いため、「母国と同じ味、雰囲気を味わってもらう」配慮が徹底されている。ホテルや体育館のほか、スーパーマーケットやフードコートがあり、ビールなどが飲めるバーもある。もちろんすべて英語表記で、使える通貨は米ドルのみ。
ピザ店「アンソニーズ・ピザ」とサンドイッチ店「サブウェイ」が並ぶフードコートは、小さいながらも米国のショッピングモールの雰囲気そのもので、採用や訓練が厳しいことを表した標語「TheFew.TheProud.TheMarines.(誇り高き少数精鋭。海兵隊)」が壁に書かれているのを見て、海兵隊基地だと分かるほどだった。
年に1度、基地を公開する祭りでも雰囲気が味わえるが、地元との交流イベントにも熱心だ。米海兵隊員が日本人の子どもたちに英語を教えるイングリッシュキャンプを開くほか、若い隊員らには地元の協力農家で田植え体験もさせている。ライリー大佐自身も静岡県警の警察署に通って剣道を習い、今年初段を取ったといい、「地元コミュニティーを通じた日本国民との交流と相互理解は(基地に)欠かせない」と強調する。プレスツアーでは若林洋平・御殿場市長(47)と握手し、地元との友好関係をアピールした。
翌日訪れた米海軍横須賀基地は、巨大だった。
東京ドーム49個分、568エーカー(約230万平方メートル)あり、米国外では最大の海軍基地だ。原子力空母「ロナルド・レーガン」の母港で、前方展開する米海軍第七艦隊の艦船がずらり。指揮艦「ブルー・リッジ」をはじめ、空母と一緒に行動するミサイル巡洋艦3隻、ミサイル駆逐艦7隻が配備され、基地はものものしい雰囲気に包まれていた。
ここでは、海軍将兵が9千人いる。米国民間人スタッフも1300人働き、米国人の家族が7100人いる。保育園や小、中、高校もそれぞれあり、ボウリング場、映画館(2カ所)のほか、レストランやスーパーマーケット、病院も完備。車のディーラーまである。米国人に加えて9千人の日本人も働いており、あわせて約2万6千人で形作る「米国の街」だ。
説明してくれたクロイ・メイヤー少佐(37)によると、米国外でここまでの規模を維持する基地の最優先の仕事の一つは「ロジスティックス(後方支援)」だ。旧日本軍の施設を接収した基地のため、六つのドックをそのまま使え、設備が元々充実している。第七艦隊の担当海域は、日付変更線付近より西側の太平洋からインドとパキスタンの国境線のインド洋まで。そのほぼ真ん中にある日本で軍艦を整備できる。米西海岸から軍艦を寄越すよりも3日から5日間早く展開できる地の利があり、「時間が稼げる」のが利点だ。
軍艦の整備も日本人従業員が支えている。修理部門で働く2千人のうち9割が日本人で、高い技術の蓄積があるという。基地では弾薬や燃料も大量に備蓄しており、「米国にとって戦略的に重要な場所」(メイヤー少佐)という位置づけだ。
ツアーでは、誘導ミサイル駆逐艦「マスティン」にも乗艦した。敵の弾道ミサイルを迎撃できるイージス・システムを搭載し、船首と船尾に計96のミサイルの発射口がある。全長509フィート(約155メートル)で、乗組員は380人。横須賀で整備を受けられるからこそ、ここに常駐できるという。
艦長のライアン・リーリー中佐(41)は、日本勤務をとても気に入っている。「居心地がいいので、このまま日本に居続けられるように、異動希望を出したんです」。日本人の「寛容さ」を感じているといい、基地を受け入れるホストとして、「日本は信じられないぐらい素晴らしい」と語った。
私は、日本国内の米軍基地を初めて訪れた。門をくぐると英語と米ドルが通用する別世界が広がり、まさに日本の中にある外国の街だった。
こうした在日米軍のため、日本政府は今年度予算で日本人従業員の基本給など駐留関係経費3888億円を負担している。基地の地元自治体への交付金381億円なども出しており、グアムへの海兵隊移転など米軍再編予算も1679億円を計上。これらの合計は6204億円になる。加えて、米軍に無償で提供している国有地の地代を計算すると、さらに1640億円かかっているとの試算もある。
プレスツアーでは、日本国民の負担のもと、大勢の米軍人らが任務にあたる「日米同盟」の一端を垣間見た。目にしたのは後方支援業務を黙々とこなす静かな日常だったが、その先には世界規模で軍事展開する米軍の「前線」がつながっている。
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