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「眠りから目覚めた」モダンガール 人工知能で現れた「予想外の色」
大正末期から昭和初期にかけて登場したモダンガールを写した写真は白黒です。それを人工知能(AI)によってカラー化する取り組みを、東京大学大学院情報学環の渡邉英徳教授のチームが進めています。和装が主流だった当時、洋装・断髪が特徴のモダンガールは、銀座などのごく一部の都市で見かける先端の存在でした。AIによるカラー化によって現れた色とともに、モダンガールの歴史を振り返ります。(東京大学大学院情報学環教育部・戸田有紀)
大正末期から昭和初期にかけて登場したモダンガール。
近代化・都市化が劇的に進んだ時代とは言え、当時の女性の服装は和装が主流でした。その中で、洋装・断髪が特徴のモダンガールは「モガ」と呼ばれ、銀座などのごく一部の都市で見かける先端的な存在でした。
その時代、モダンガールを写した写真は全て白黒写真です。先端の存在であった彼女たちが「どのような色の服を着ていたのか」など、当時の雰囲気をリアルなカラーで知ることはできません。
そこで、白黒写真の世界に閉じ込められている「モダンガール」を、AIによるカラー化で蘇らせると同時に、当時の流行色を参考に色付けを試みました。
AIによる白黒写真のカラー化の仕組みは、大量(230万枚以上)の白黒・カラー画像を学習させ、それぞれの特徴から色を予測し色付けするというものです。たとえば、白黒写真に写っている画像のうち「人間の顔」と認識した部分には、人間の顔の色として学習した色(例:肌色)が色付けされます。このように学習した色から予測し、白黒画像をカラー画像に変えるのがカラー化の技術です。
ちなみに、洋服の場合は多様な洋服から学習するため、結果として中庸な色(セピア色)になりがちです。よって、過去の文献などから考証し、手動で補正を入れています。
今回は、飯塚・シモセラ・石川先生のチームが公開している技術「ディープネットワークを用いた白黒写真の自動色付け」と、シンガポールのチーム、GovernmentTechnologyAgency("GovTech")の技術「ColouriseSG」を使用し、白黒写真のカラー化を試みました。
AIによる色付けをするにあたり、「モダンガールの色」は、明るく華やかなのではないかと想像していました。たとえば、大正から昭和初期に活躍した挿絵画家、竹久夢二の作品に登場する女性像はひとつの拠り所で、「秋の雲」に描かれているような女性の服の色をイメージしていました。
また、最先端であったモダンガールなだけに、「人目をひく赤や黄色などの純色や、それらの色をベースとした明清色を身にまとっていたのではないか?」と考えたのです。
ところが、実際にモダンガールの白黒写真をAIでカラー化してみると、予想は見事に裏切られました。「華やか」「明るい」といったイメージとは程遠く、中間色、または暗清色といった地味な色合いの画像が出来上がりました。正直、想像していたよりかなり暗めの色であることに驚きました。
では、実際のところ、大正、昭和初期における女性服の流行色は何色だったのでしょうか?
大正時代には、退廃的な雰囲気のある薄曙色や、平和色といわれる緑、新勝色の紫みのある青、えんじ色などが流行していました。特に、大正後期は大正緑と言われる色や、新勝色が流行したようです。
また、藤色や長春色などの中間色も流行し、実際に、先に紹介した竹久夢二の作品にも中間色の和装姿の女性が多く描かれています。
昭和初期は、洗朱、青磁色、蘇芳色、杏色、葡萄鼠、金泥色などが流行色でしたが、昭和恐慌や忍び寄る軍国主義の影響で、刹那的な享楽が時代のムードになると、赤、青、黄などの派手な純色も見られるようになりました。
その後、戦時体制に突入すると、「贅沢は敵」とされ、国民服に代表されるカーキー、その他、紺色などが主流となっていきます。
AIによる色付けの結果と当時の流行色とを比べてみると、合致している点が多いことがわかります。
帽子をかぶった二人の女性をカラー化してみたところ、服の色はAIによって薄曙色に近い色で表現されました。色付けすることでセピア色になることは多いので、その影響もあるかもしれませんが、当時の流行色と似ていることは見ての通りです。
コートを着た女性が和服の女性2人と歩く写真では、女性の着ているコートが、カラー化によって藤色に近い色に変わりました。元の白黒写真からはコートの色が藤色だとはなかなか想像できないので、AIで色付けした結果が当時の流行色と合致していることに、ある意味驚きました。
ブラウスを着た女性をカラー化した結果、蘇芳色に近い色に表現されています。また、別の女性のワンピースはやや暗い印象ですが、もしかすると、大正末期に流行した新勝色なのかもしれません。
全体的にセピア色となってしまった写真の場合、はっきりと色が出ていないのですが、当時の流行色のひとつでもある金泥色に近いと見ることができるかもしれません。一方で、流行色とは関係のない色である可能性も十分に考えられます。
モダンガールは、当時の流行の先端として憧れの対象であると同時に、開放的、享楽的、あるいは「不良」などのレッテルを貼られていた側面もあります。
一方、現代からモダンガールを見た場合、彼女たちが「和の文化」の中に存在しているからこそ、魅力があるのではないかと感じました。
和装が一般的であった時代の洋装は、まさに変化の象徴。和文化の中に混在する西洋文化は目を引くだけでなく、近代化への過渡期にあった時代の空気を感じさせる光景でもあります。「日本家屋とモダンガール」「和装女性とモダンガール」という和洋の対比、あるいは伝統と先端の対比に、時代の移り変わりを感じ、そこに心惹かれるのかもしれません。
また、当時、新しいファッションや生活スタイルを取り入れることは、「新たな自分」への挑戦でもあったはずです。
多様なファッションが楽しめる現代においては大げさに感じるかもしれませんが、和装から洋装への変化は小さな変化ではありません。和装と洋装では身体の自由度は全く異なり、行動範囲・生き方・考え方にも影響を及ぼす変化だったと思います。
洋装の女性たち、そして特に先端文化の象徴だったモダンガールたちは、勇気、好奇心、憧れなど、それぞれの想いと共に「変化」し、未知への期待と希望を抱いていたのではないでしょうか。
実際のところ、慣れ親しんだ日本家屋や和装のある風景の中に存在するモダンガールは、ある意味ちぐはぐに見えます。でも、だからこそ、大きな変化の予兆や動的なエネルギーを感じます。
今回、AIによるカラー化を行ったことで、当時の「モダンガールの色」の一部を知ることができました。また、カラー化によって醸し出される“色あせ感”は、画像に時間の経過を映し出すことに一役買い、大正末期・昭和初期という時代や当時の女性の生活スタイルについて、思い入れを持って接するきかっけとなりました。
実際に、カラー化によって、当時の雰囲気がイメージしやすくなるだけでなく、過去を身近に感じることができます。より温度感のある「自分と近しいもの」という親密さが出てくるのです。それは、「もっとその当時の様子を知りたい」という興味につながり、同時に、現在の自分と対比して、あるいは現在に生きる自分らの視点から見て、「何が同じで何が違うのか」を考えることにも繋がりました。
ちなみに、私が初めて見たカラー化写真は、戦時中の人々の様子を写したものでした。
それを見た時「写真が眠りから目覚めた」ように感じました。止まっていた世界が動き出したような感覚で、単純に心が踊りました。また、その画像を見て、自分が体験したわけでもその時代に生きていたわけでもないのに、画像に映し出されている「過去」を取り戻せたような気分になったことを覚えています。
写真の代表的な役割は、記録、そして記憶です。白黒写真の場合は「眠りの中」であるがゆえの静けさとよそよそしさをまとっていますが、カラー化によって血が通い、見る側の感情に変化を与えます。そして、それが「過去」と「現在」の繋りをより鮮明に実感する体験をもたらすと思っています。
当時、モダンガールは先端文化でした。
彼女たちは既存の価値観から脱皮し、意思を持って新しい自分を表現しました。都市部に限定されていたとは言え、モダンガールのファッションは流行します。それは新しいものを面白がり、変化を恐れず、前向きに受け入れたからこそです。
戦争を経て、その後も様々なファッションが流行しますが、新しい価値観を受け入れ、変化を続けた結果が「現在」に繋がっているのだと感じています。
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