記者は以前からこのテーマを取材していますが、記事を出す度に見かけるのが「働かなくていいのにどうして働こうとするのか」「なぜ障害を持つ人を働かせようとするのか」というコメントです。
もちろん、働きたくない人を無理に働かせるなら問題です。一方で、身体障害を持つ当事者の方々を取材していると「働きたいし、働ける障害者はいる」ということにも気づかされます。
体の自由を失って初めて実感するという、“働く”ことが人生に果たす役割。身体障害者の就労をテクノロジーで支援する新しい試みとともに、当事者の想いから考えます。
就活中に突然の難病「わけのわからない病気に…」

国が障害者の雇用数を水増ししていた問題が発覚したのが2018年。これを受け、先の通常国会では、国の責任を明確にし再発防止策が盛り込まれた改正障害者雇用促進法が全会一致で成立しました。この障害者雇用促進法では、もともと障害者差別の禁止と、障害者が働く場合には個々の障害に応じた措置を取る「合理的配慮の提供」が義務づけられています。
このように、広がりつつある障害者の雇用。しかし「合理的配慮」の実効性について、当事者からは戸惑いの声も聞かれます。現在34歳の村田望さんは、大学3年のときに「自己貪食空胞性ミオパチー」という難病を発症しました。国内の患者数は100人未満の極めて珍しい病気で、原因は不明。徐々に体の筋肉が動かなくなっていきます。治療法も未確立です。
病気が発覚したのは、ちょうど就職活動中の時期。当時は「そんなに働きたいとは思っていなかった」と笑います。しかし、実際に働き始めてみると、厳しい現実が待っていました。
「急に『わけのわからない病気になってしまったな』というのが正直なところで。内定をもらったIT企業は辞退して、大学卒業後しばらくは経過観察をしながら、好きだった接客業などのアルバイトをしていました。26歳のときに障害者手帳を取得して、障害者枠で仕事を探し始めて。でも、そうすると接客のような求人はほとんどない。事務の仕事がメインでした」
働かないのは「後ろめたい」「胸を張りたい」
「自分のできること、できないこと」リストを作成し、提出するなど工夫をしてみたが、受け入れ側の体制は整わず、しばらくして辞めることに。また、車いすに乗るようになってから勤めた別の会社では、会社が多目的トイレのないビルに引っ越すことになり、このときも辞めざるを得なくなってしまいました。
「私の病気は進行していくものなんですね。できることは日々、どんどん少なくなっていきます。今は車いすから体を移すような場面では見守りが必要だし、家事も家族やヘルパーさんの手伝いがないとできません。今はパソコンで、リモートでできる仕事がメインになります。そうすると、平日は外に出る機会がなくなる。顔を合わせるのは家族やヘルパーさんだけで、社会との接点をどんどん失ってしまうんです」
村田さんは「できることが減っていくのに伴って、自分の中で“働く”ことの価値が上がっていきました」「働くことは、寝たきりになっても自分で自分のことができる唯一のことだから、働き続けたいです」と言います。
「それこそ、障害者として仕事をしないで生活するのは、ある意味で簡単です。でも、みんなが働いている社会で働けないというのは、すごく後ろめたいので……。私は働きたいし、働けます。自分にはできることがある、人の役に立てると胸を張っていたいです」
「生まれて初めての仕事」がロボットにより実現

20018年に第一弾を開催、10日間(1日4時間)の開催期間で約1000人の来店がありました。パイロットは村田さんを含む10人で、寝たきりの重度身体障害者や、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という運動機能が衰える難病患者など、通常の方法では就労が困難な人たち。中には接客業や、仕事、つまり働いて対価を得ること自体が、生まれて初めての人もいました。記者が取材したパイロットたちは、後にこんな感想を残しています。
“自分が接客ができるなんて、人生で一度も考えたことがありませんでした。 今はそれが嘘のように毎日たくさんのお客さまと出会い、やりがいと充実感でいっぱい! 自分には何もできないと思ってた高校生の時の自分に教えてあげたい… 明日からも楽しみです! - @fukomalu ”
“ALSになり、自由が奪われていく中で娘にも、手助けしてもらう事が増え、母親らしいことをしてあげられないと悔しい思いでいました。 このカフェで、働いたお給料で、私から娘へプレゼントしたいと思っています。 まだまだ母親として世話をやきたいのです。 - @mikarinnomahou ”
記者もこのカフェを体験しました。カフェの席につくと、パイロットの操縦するOriHime-Dが「ウィーン」と音を立てながら、注文を取りに来てくれます。注文を聞き、バックヤードに戻るOriHIme-D。生身のスタッフがOriHIme-Dの持つトレイにコーヒーを置くと、それをまた「ウィーン」とテーブルまで届けてくれました。内蔵されたカメラとマイクで、パイロットと会話も可能です。村田さんは第一弾の開催を「身体障害がある人の働く可能性が広がった」と振り返ります。
「これまで身体障害者の雇用には事務職が多く、接客はまずありませんでした。私自身、接客が好きなこともあり、『身体障害者に接客はできないもの』という固定概念を打破したいとずっと思っていて。当事者からすると、障害があるからと言って、仕事の幅を狭めないでほしいという想いがあります。そういう壁をポジティブに越えていけるプロジェクトだったのではないでしょうか」
「テクノロジー」は「福祉」?

福祉の領域にテクノロジーを導入する事例はこれまでにもたくさんありました。高性能な車いすや義手・義足、あるいは介護者の負担を軽減するロボットスーツなど……。いずれも重要なテクノロジーの進化ですが、オリィさんの発明にはまた別の特徴が。それは障害者や介護者それぞれで完結せず、分身ロボットカフェのように、社会と人をつなぐ機能を持っていること。
オリィさん自身、過去に不登校を経験し、社会から切り離されるつらさを実感したと言います。「そんなとき、私が欲したのは役割でした」とオリィさん。「何かしたいし、何かさせてほしい、そんな“孤独”を解消するためにOriHimeを開発したんです」――こうして生まれたOriHimeは、実際に当事者の方々に社会との接点を生み出しています。
「私はよく『福祉機器を作る人』としてカテゴライズされるのですが、それはちょっと自分の意識とは違っていて。やりたいことがあって、それをする上での障害がある。その障害を取り除けるものは、なんだって福祉機器的ですよね。だって例えば人間は、洗濯機によって洗濯板を使わなくても洗濯ができるようになった。手がない人にとっては、洗濯機だって福祉機器です。道具や、テクノロジーそのものが、福祉機器的なんだと思います」
人が仕事で得る「金銭」以外の大事なもの
「好評だった前回は『寝たきりの人が分身ロボットを使って働く』というコンセプトが世間にどう受け止められるのか、働いている人たちは楽しいのか、というテストでもありました。今回は、前回の来客者のアンケートや失敗を元に、今後このカフェを常設することを目標にした実験になります。パイロットの人数を10人から25人に引き上げ、運用のマニュアルを確立するためのものです」
今年の開催は10月7日から23日の12日間。大手門タワー・JXビル1Fの『3×3 Lab Future』で実施されます。注目度も増していますが、オリィさんの描く未来は「分身ロボットカフェを増やす」ことではないと言い切ります。
「『このカフェだから働ける』のではなく、『どこのカフェでも働ける』を目指しています。ロボットだけのカフェではなく、生身の人間とロボットの店員が入り交じる。身体障害があっても分身を使い、他の人に混ざって働くのが理想です。前回はエンジニアが張り付いていましたが、徐々に手を放していく。巣立っていってほしいと思っています」
たくさんの当事者との関わりがあるオリィさんは「働かなくていいのにどうして働くのか」という意見に対して「ニーズが違うのではないか」と答えます。
「私の親友で、OriHimeの開発パートナーの番田雄太は、子どもの頃に交通事故で脊椎を損傷し、20年以上、寝たきりで過ごしていました。その番田とよく話していたのが『人は誰かに必要とされたい生き物だ』ということ。そして、仕事は『誰かの役に立っている』ことを実感しやすい場です。体が不自由になり、働けなくなった人は、この実感をも奪われてしまう。単純に金銭的に保障されればいいということではありません」
「生きづらい」社会の価値観を相対化する場所
気の合うコミュニティに所属し、そこで役割を得て、頼られる存在になることで「自分は誰かの役に立っていると思える」「『必要な人間じゃない』と思わなくなる」ようになる。だからこそ、実際に村田さんがそうしているように、分身ロボットを使って働く意義は大きい、とオリィさん。
「分身ロボットの特徴は“もう一つの体”になり、離れた場所でコミュニケーションが取れること。だからこそ、自信の基盤になるコミュニティへの所属が可能になります。必ずしも自分がそこにいなくても、体が不自由でも、働きたいと思う人は分身ロボットで誰でも働き、誰かの役に立つ実感が得られる。人間を人間化するこの実感を、テクノロジーによる就労支援で実現していきます」
「分身ロボットカフェ」は、障害者のためだけにあるわけではありません。「生きづらさ」が取り上げられることが多くなった現代社会。障害者雇用の促進は、様々な理由で働けなかったり、社会からはじき出されてしまったりした人が生きやすい社会をつくる上で必要な大切な視点があることを気づかせてくれます。
コーヒーを運んできてくれるロボットの向こう側には、さまざまな事情を抱えた人がいる。それは本来、生身の人間の店員でも、客である自分たちも、まったく同様です。普段は意識せずにいる当たり前のことに気づかされる、分身ロボットカフェはそんな経験ができる場所です。
身体障害を持つ人たちの新しいコミュニティに触れることで、そうでない人たちは自分の価値観を相対化することができるでしょう。世の中にはいろんな人がいて、自分もその一人であると再認識する――その場を離れる頃には、自分の肩にのしかかっていた生きづらさの重圧が、少し軽くなっていることに気づくはずです。