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連載

#2 遁走寺の辻坊主

たいして仲良くない友達がつらい……坊主となった辻仁成が答えます

若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動
若者の悩みに「遁走寺の辻坊主」の答えは……=イラスト・山田全自動

辻仁成さんがお坊さんとなって10代の悩みに答える「遁走寺の辻坊主」。男子中学生が相談した「友達と無理して合わせるのがつらい」という悩みに、辻坊主が授けた教えとは?

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今日の駆け込み「友達と無理して合わせるのがつらい」

今日も私はぐうたら、猫の百地三太夫と濡れ縁でごろんと怠けておった。
ここのところ暇で暇でしょうがない。
坊主は儲かると人がいうが、儲からない坊主もおるのじゃ。
でも、なぜか若い子たちがひっきりなしにやってくるので、仕事はないが忙しい。
境内に堂々と踏み入れない子もいて、ご神木の銀杏の高木の背後からこちらの様子を窺っている。

「なんか用か?」
言うと、逃げ出した。
何か相談したいことがあって来たのじゃろうが、ここまでたどり着けない。
よほど度胸のない子なのであろう。
暫くするとまたご神木の陰から顔を出して、こっちを見ておる。
訴えるような目でわしを見ている。
可哀そうになったので、こっちへ来い、と手招きした。
すぐに来たわけじゃないが、十分くらい悩んだ挙句、そろりそろりと近づいてきた。
にゃあ、と三太夫が鳴いた。今日も悩みを解決辻坊主、と言ったのだが、猫語が分からないその子には猫の鳴き声にしか聞こえない。

「どうした」
わしが告げると、少年は、祥吾といいます。そこの中学の2年生です、と言った。
「祥吾、こんにちは。わしが辻坊主だ。で、相談ごとはなんじゃね」
少年は三太夫を長いことじっと見つめておった。
三太夫が痺れを切らせて、にゃあ、と一声吐き出した。ご名答、ぐずぐずするな、と言ったのである。
「あの、ぼく、友達はいるけど大して仲良くないんです。本当は一人でいたいけど、無理して合わせてるんです。辻坊主、ぼくの居場所はどこですか?」
ふむ、わしは帽子をとって頭をかいた。
「あのな、じゃあ、無理してるのなら無理をやめたらいい。無理は心の毒じゃ」
「でも、無理しなきゃ、学校に居場所がなくなるんですよ」
「一生、無理をして生きていくつもりか?」
「え? でも……」
祥吾の眉根がぎゅっとにじり寄った。
「ずっと無理して、どこに辿り着くつもりだ。そこはお前が望む場所か?」
「でも、社会ってそういう世界ですよね?」
「そういう世界もあるだろうが、そうじゃない世界もいっぱいある。最初から祥吾は妥協しているし、無理し過ぎてる。友達を無理して作ろうとするから苦しくなる」
「でも、和尚」
「辻坊主でいい」
「にゃあ」
三太夫が、この人は和尚というほど立派な人じゃない、と偉そうに言った。
余計なお世話である。

「辻坊主、でも、学校という場所は無理してみんなの輪の中にいないとはじき出されてしまうようなところじゃないですか」
「君は一人が好きなんだろ? ずっと一人でいればいい。何を無理している」
「でも、……」
祥吾は黙ってしまった。
「そもそも、友達はいるけど大して仲良くない、という言い方が気に入らん。友達に失礼じゃ。向こうはどう思ってるんだ? 友達を鋳型にはめて見てるな、おぬしは」
濡れ縁から三太夫が飛び降りて、祥吾の足元をぐるぐると回った。
みゃあ、みゃあ。
「人間は無理をしないと生きていけない哀れな生き物だ」
わしは思わず噴き出してしまった。
「辻坊主、何がおかしいんですか? 人が一生懸命相談しているというのに」
「すまん。三太夫が、人間を哀れんだので、おかしくなった。猫は人間みたいに無理はしないから気楽でよい、と言うとる」
祥吾が三太夫を見下ろした。
わしも濡れ縁から降り、祥吾の前まで行った。

「誰の人生じゃ」
わしは祥吾の目をじっと見つめてそう告げた。
「祥吾が生きるその人生は誰の人生なんじゃ?」
「もちろん、ぼくの人生ですよ」
「じゃあ、無理をするな。何を無理する必要がある。わしを見ろ。何も無理はしたことがない。出世はできなかったが、この辺りの子供たちには好かれとる」
わしが笑うと祥吾がクスッと微笑んだ。
「祥吾、お前はもう無理をしなくていい。一人が好きなら一人で生きていけ。でも、世界に心を閉ざすな。いつか心を通わせることのできる本当の友達が出来る」
祥吾が真剣な顔でわしを見つめた。

「昔な、わしは友達がおらんかった。そしたら、母さんに、お前はいつも一人だな、とからかわれた。わしは胸をはって言ってやった。無理して合わせないと仲良くなれない人をぼくは友達とは思わないってな。あんまりわしが真面目な顔で訴えたものだから、わしの母親は笑わなくなった。しかしな、祥吾。わしは一つも恥など持ったことがない。それは、この人生は常にわしのものだからだ。いいか、祥吾。一人が好きだという君の生き方は、友達が5千人いると豪語する人間よりも尊い。友達が多いことに負けないくらい一人でいることには意味がある。わしがいいたいことはそれだけだ。いつでもここに遊びにおいで。もちろん、来たくなったらでよいぞ」

祥吾の顔にぬくもりのある血が流れはじめたのがわかった。だから、わしは落ちていた竹ぼうきを拾って祥吾に手渡した。
「掃除でもしていきなさい。いつでも掃除をしにおいで。落ち葉を掃いておると、気持ちが楽になるぞ。ここは庭だけ立派で困っておる」
わしは笑った。
振り返ると、三太夫は濡れ縁に戻り、丸くなっていた。

辻仁成(つじ・ひとなり)1959年、東京都生まれ。『海峡の光』(新潮社)で芥川賞、『白仏』(文芸春秋)で仏フェミナ賞外国文学賞。『人生の十か条』(中央公論新社)、『立ち直る力』(光文社)など著書多数。

山田全自動(やまだ・ぜんじどう)1983年、佐賀県生まれ。日常のふとした光景を浮世絵風イラストにしたインスタグラムが人気。著書に『山田全自動でござる』(ぴあ)、『またもや山田全自動でござる』(ぴあ)。

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