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「最強生物」クマムシに新たな伝説 月面に置き去り実験の行方は?

低温から高温、高線量の放射線や紫外線、地球上の自然にはありえない高圧にも……。

ツルギトゲクマムシ(走査電子顕微鏡像)=鈴木忠先生提供
ツルギトゲクマムシ(走査電子顕微鏡像)=鈴木忠先生提供

目次

マイナス273℃という超低温にも、プラス100℃の高温にも、ヒトの致死量の1000倍以上の放射線にも耐えることができる……。インターネットでもしばしば「最強生物」と謳われるのが、1mmにも満たない小さな生き物「クマムシ」です。2019年4月に、イスラエルの民間団体が打ち上げた無人探査機が月面に衝突。実は、その探査機にはクマムシが乗せられていました。どうしてクマムシが選ばれたのか、そもそもクマムシってどんな生き物? そして、月のクマムシは一体どうなるのか、研究者に聞いてみました。

かわいすぎる…! クマムシの魅力

まず、クマムシとはどんな生き物なのでしょうか。教えていただいたのは、慶應義塾大学の鈴木忠(あつし)准教授(生物学)です。著書に「クマムシ?! ―小さな怪物」 (岩波科学ライブラリー)や「クマムシ調査隊、南極を行く! 」(岩波ジュニア新書)があり、20年近く、クマムシの研究をされています。
慶應義塾大学の鈴木忠先生
慶應義塾大学の鈴木忠先生

鈴木先生によると、クマムシはムシではありますが、昆虫ではありません。「緩歩(かんぽ)動物」というグループに分類されます。その名の通り「ゆっくり歩く」のが特徴で、このグループにはクマムシの仲間しかいません。

土の中や海の中、コケの中など、さまざまな場所に何らかの種類のクマムシがいるそうです。しかし、大きさは0.2~0.3mm程度のものが多く、大きいものでも1mm程度。肉眼や虫眼鏡で見つけるのはほとんど不可能で、顕微鏡がないと姿をお目にかかるのは難しいとのことです。

どうして「クマムシ」という名前なのでしょうか。

鈴木先生「もう、見かけです。四対の足でのそのそ歩いている姿が『クマさん』のようで、親近感がわきます。見ていただければすぐにわかると思いますよ」

Acutuncus antarcticus ナンキョククマムシ(光学顕微鏡像)=鈴木忠先生提供

実体顕微鏡で、あらかじめ用意していただいたクマムシを見せてもらいました。レンズをのぞき込むと、丸みを帯びた、縦長の白っぽい生き物が何やら動いています。ん……? よく見てみると、ひっくり返ってしまっているようです。むにっとした足をばたつかせています。

「え、ウソ……かわいい」と思わずつぶやいてしまいました。「ですよね」と笑顔の鈴木先生。

「プラスチックやガラスのシャーレの上では、すべって歩けないんです」

なんて不器用で愛くるしいのでしょうか……。でも、顕微鏡からクマムシが入っている容器に目線を移しても、その姿は見えません。自分の目を疑ってしまいそうになりますが、こんなかわいい生物が、実際に私たちの身近にいるのです。

恐るべしクマムシの能力

そんなクマムシが注目されるのは、ある能力があるからです。

クマムシには陸上で暮らしている種類もいますが、呼吸するための気管などはなく、体表についた水から酸素をとりこんでいます。逆に言えば、水分がない乾燥した環境ではそれができません。

そこで、コケの中など乾燥しやすい場所で暮らすクマムシは、自身を乾燥から防ぐのではなく、乾燥した状態で耐える能力を持っているのです。

これを「乾眠」といい、代謝、つまり体の中のすべての化学反応が起こらない状態になります。

「普通の生物だったらそれを『死』というんですけど」と鈴木先生。クマムシの場合、再び水にめぐりあえれば蘇生することができるのです。ちなみに、クマムシは乾燥すると、「樽」のような形になります。

Acutuncus antarcticus ナンキョククマムシ(SEM)=鈴木忠先生提供

驚くべきは、この乾燥した状態のクマムシの耐性です。記事の冒頭のように、低温から高温、高線量の放射線や紫外線、地球上の自然にはありえない高圧にも耐え、水をかけると蘇生したと報告されています。

過酷な環境下でも生命を維持できるそんな特性から、今回の月面探査機以前にも、クマムシが宇宙に飛ばされた歴史があります。

2007年には、欧州宇宙機関などが乾眠しているクマムシを乗せた宇宙実験衛星を打ち上げ、宇宙空間に約10日間さらすという実験が行われました。地球に帰還した後、数百匹のうちの3匹が蘇生したそうです。

「この『数匹』をすごいと思うか、こんなものかと思うのかは人それぞれだと思いますが、太陽の強い紫外線を直接浴びて、全滅しなかったというのは大きいですね。普通の生物であれば生きられませんから」

月に残されたクマムシは…

では、今回月に残されたクマムシはどうなるのでしょうか。

先ほど紹介したように、乾燥状態のクマムシの耐性は非常に高いため、今も月で生き延びている可能性はあります。ただし、水がない限り、蘇生はできません。月に液体の水は存在しないとされているため、蘇生の可能性は低いと言えます。

鈴木先生は「もしも蘇生したとしても、目覚めた状態のクマムシには乾眠状態ほどの耐性はないため、よほど温和な場所でなければ生存は難しい」と分析します。

実体顕微鏡でクマムシを探す鈴木先生
実体顕微鏡でクマムシを探す鈴木先生

今回の月面探査計画で鈴木先生が懸念するのは、宇宙環境の汚染です。クマムシが月面に残されたことで、もしも今後生物の痕跡が見つかったとき、本当に地球外由来のものなのかを判断しづらくなるといいます。

「言ってしまえば、人類が初めて月に立ったアポロ計画などでも、しっかりと無菌操作がされていたかという疑問もあります。宇宙開発をしていく人たちが、汚染についてどれくらい考えていくかが重要」と警鐘を鳴らします。

クマムシだけじゃない「すごいやつら」

ネットで度々「最強生物」と話題になるクマムシですが、鈴木先生は「乾眠の能力を持つのはクマムシだけではない」と話します。

「コケの中で暮らすヒルガタワムシや、センチュウの一部のグループなども持っています。もっと身近に言えば、パンづくりで使うドライイーストも乾燥からの蘇生と言えますよね」

では、その中で「クマムシ」が取り立てて注目されるのでしょうか。「やはり見た目が面白いからでしょうね」と鈴木先生。

自身が専門に研究しているクマムシが注目されても、「生物学者はいろんな生物を紹介する義務がある」と話します。

「例えば深さ何千mの深海で繁栄してきた生物もすごいですし、すごいやつらはそこらじゅうにいるんです」

取材から、生物をリスペクトする鈴木先生の思いが見えた気がしました。

クマムシは現在、約1300種いるといわれています。この10年間でも数百種類の新種が発表されているほどで、まだまだ全貌が見えない生物です。

慶應義塾大学の鈴木忠先生。手前には知人からもらったという、革製のクマムシのぬいぐるみが見守る
慶應義塾大学の鈴木忠先生。手前には知人からもらったという、革製のクマムシのぬいぐるみが見守る

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