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中国の「日本酒ブーム」は本物だった! 倍の値段でも品切れの理由
中国で「あなたが好きな日本カルチャーは?」と尋ねると、まず挙がるのは「アニメ」ですが、じわじわと人気が広がっているものがあります。それはズバリ、日本酒です。人気の背景には、日本にも通じる「飲みにケーション」の変化があるようです。一方で、「外交」問題で現地では飲めない銘柄も。そんな中、1400人が評価するコンテストが開催され、今年のナンバーワンが決まりました。中国で支持を集める日本酒には、一体どんな特徴があるのでしょうか?(朝日新聞中国総局・冨名腰隆)
まずは日本酒の品ぞろえを増やしているという北京市内の日本料理店に足を運びました。店に入ると、日本酒の瓶がディスプレーされています。
メニューを開くと、あるある。数えると、日本全国23種類の日本酒が置いていました。ざっくりとした平均価格は4合瓶(720ミリリットル)で400元(約6千円)といったところでしょうか。
少し意地悪とは思いつつ、日本の買い物サイトで値段を比較してみると……驚きました。ネットとレストランの差はあるにせよ、どれも日本で購入できる倍以上の値がついています。
これにはまず、関税などが大きく関係しています。中国の日本酒の輸入関税は40%で焼酎の10%と比べても割高です。10%の消費税(嗜好品が対象)や増値税(日本の消費税に相当)もかかります。さらに輸送費や、輸入手続きを担う代理店などの手数料を加えると、どうしても日本より元値は高くなります。
それでもよく売れているようで、女性店員(24)は「仕入れが間に合わない日本酒もたくさんあって、今もこのメニューの4割くらいは品切れです」と申し訳なさそう。
中には4合瓶で1800元(約2万7千円)というすごい価格の品もありましたが、「これもほぼ毎日出ます」と言われて、思わずのけぞりました。
データも昨今の日本酒人気をはっきりと示しています。
財務省の「貿易統計」によると、2018年の日本からの中国向け日本酒輸出量は4146キロリットル、輸出量は35億8700万円となり、北京五輪が開かれた2008年と比べても量で8.6倍、金額で12.9倍の規模になっています。
さらに今年1~5月を見ても、金額ベースで対前年比53%増と伸び続けています。日本酒の最大の輸出先はアメリカ(2018年は5952キロリットル、63億1300万円)なのですが、その背中もとらえる勢いです。
ご存じの方も多いかもしれませんが、日本政府はいま、農林水産物・食品の輸出に力を入れており、「2019年に輸出額1兆円」(18年は9068億円)の目標を掲げています。農林水産省農産企画課の兼井宏和企画官は、次のように話します。
「特にコメとコメ加工品については、『海外市場拡大戦略プロジェクト』を掲げて輸出の拡大に努めています。日本のコメ消費量が毎年減少しているという意味でも海外市場を広げる重要性があります。
中でも日本酒は半世紀以上の輸出の歴史があり、中国にも『サケ文化』の土壌はある。今の勢いを借りて、さらに輸出を増やしていきたいのです」
もっとも、現在、中国で起きている日本酒ブームは、単に日本の政策だけで説明がつくものでもありません。「日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会」が認定する日本酒のソムリエ「唎酒師(ききさけし)」の資格を持つ王兵さんは、支持が広がる背景について、こう説明します。
「大きな理由は二つあると思います。一つは、まず日本料理のレストランが増えていること。北京や上海ではずいぶん前からありますが、近年は内陸の都市部にまで『○○寿司』みたいなお店が増えていて、質も結構高い。やはり、おいしい刺し身があると日本酒が飲みたくなりますよね。
もう一つは、日本への旅行者の増加です。直接、日本へ行って日本酒のおいしさに触れる人が増えている。それが中国でも飲めるなら、と少し高くても手を出したくなる気持ちはわかります」
もう一つの特徴は、昨今の日本酒人気は若者を中心に起きているということです。これについては、月に1~2度は日本料理屋に通うという程佳慧さん(25)が興味深い話をしてくれました。
「私たちの世代は白酒をあまり飲まなくなっている。あれはアルコール度数が高くて強すぎる。その点、日本酒はさっぱりしているから」
ここで少し、中国の酒文化について簡単に触れておきましょう。日本で「中国のお酒は?」と聞けば、「紹興酒」と答える人が多いかもしれませんが、これはコメからつくる醸造酒「黄酒」の一種に過ぎず、中国では上海近辺でしか通じません。そもそも紹興とは、上海に隣接する浙江省にある都市の名前です。
一方、中国北部を中心に圧倒的に飲まれるのが蒸留酒の「白酒(パイチュウ)」です。これが、アルコール度数40以上は当たり前。50以上もざらにあって、宴会でテーブルに登場すると、思わずピンと背筋が伸びます。
中国人にとって、客人や上司のもてなしなどに白酒は欠かせないものでしたが、最近はこうした意識に変化が出ています。「酔いつぶれるまで飲んで、一体なんの意味があるの?」と若者が感じるのは、何となく日本にも共通する感覚かもしれません。
習近平国家主席も、政府や共産党の会合でぜいたくな料理や酒を振る舞うことを禁じました。日本酒は、白酒が少し追いやられて生まれた市場の隙間に、うまく飛び込めたのかもしれません。
さて、そんなブームをさらに盛り上げようと、ユニークな試みも始まっています。その名も「SAKE-China」。今年で2回目となる同コンテストの最大の特徴は、一般の中国人が採点し、最もおいしいと思う日本酒を決める点にあります。
7月下旬に北京でコンテストが開催され、日本から40蔵108本が参加。応募した中国人1400人が審査に臨みました。
審査の様子を取材すると、その厳正さに驚きました。10人ごとに狭いブースに入ると、子供用かぜシロップを飲むような小さなコップでゴクリ。5段階で評価する作業を7~8回続けるのですが、審査員は自分が飲んだ日本酒の銘柄を伝えられることなく、まさに「舌」のみで採点しています。
実行委員長の君島英樹さんは「不正がないのは当然ですが、有名無名で差が出ないように工夫している」と話します。
もっとも、まだ課題もあります。2011年の東京電力福島第1原子力発電所の事故後、中国は10都県(東京、福島、宮城、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、新潟、長野)の食品輸入規制(新潟県産米は除く)を続けており、該当地域の蔵の参加を認めていません。
「普及促進を目指す以上、中国で売れない日本酒はお断りせざるを得ないんです。もちろん、国内で金賞を取り続けている福島のお酒や酒蔵が集まる新潟からも来てほしい。ただこれは、外交による解決を待つしかない」と君島さんは語ります。
さて、1400人の評価による表彰式は8月23日、北京の日本大使館で開かれました。
最高賞を受賞したのは、女性を中心に高い評価を集めた加藤吉平商店(福井県鯖江市)が生んだ純米大吟醸「梵・ゴールド」でした。マイナス10度で1年間熟成するこのお酒は、透き通るような香りと、存在感のある味が特徴。世界展開を目指して開発され、現在は102カ国に輸出されているというので、世界も認める納得の受賞でしょう。
加藤団秀当主は「1400人の中国人に選ばれたというのは、大きな自信にある。うちにはまだ30以上の商品があるので、積極的に提案していきたい」と喜びを語りました。
「蓬莱」ブランドの銘柄をそろえ、多くの部門で受賞した渡辺酒造店(岐阜県飛驒市)は毎年、世界で50以上の賞を獲得する蔵です。笑顔になれるお酒を目指して、24時間365日、蔵のお酒に漫才を聞かせていると言います。
世界で評価されるポイントを渡邉隆専務に聞くと、「今は世界的にリッチな味わいと、フルーティーな香りのあるお酒が好まれている。特に中国では甘めのフレッシュなお酒が受ける」と鋭く分析してくれました。
市場の盛り上がりや中国人の反応に触れ、中国で日本酒はさらに拡大していくと確信しました。同時に、別々にお話を聞いた加藤さん、渡邉さんが、今後の目標について全く同じ言葉を発したことも、強く印象に残りました。
「飲んでくれた方が『このお酒が生まれた町に行きたい』と感じ、来てくれるような酒を造っていきたい」
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