連載
#25 #となりの外国人
外国人労働者の「日本愛」と「絶望」ベトナム語で届いたアンケート
今回、ベトナム語で届いた約200人分のアンケートを日本語訳しました。見慣れない文字の羅列を訳してみたら、生活環境や仕事の厳しさ、民主主義の進んだ国だと憧れた日本で差別的な扱いを受けたやるせなさ――伝えたくても伝えられなかった彼らの声が見えてきました。
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#25 #となりの外国人
今回、ベトナム語で届いた約200人分のアンケートを日本語訳しました。見慣れない文字の羅列を訳してみたら、生活環境や仕事の厳しさ、民主主義の進んだ国だと憧れた日本で差別的な扱いを受けたやるせなさ――伝えたくても伝えられなかった彼らの声が見えてきました。
増える外国人労働者をテーマに取材をしてきました。日本に暮らす人たちの思いを、日本語や英語以外でも聞いてみたい。今年2月に取材班は「やさしい日本語」版、そして「ベトナム語、中国語」版でもアンケートをとりました。中でも、ベトナム語は、拡散された瞬間に爆発的に回答が寄せられました。現在、新たに来日する外国人で最多はベトナム人です。漁業や農業、建設業などの技能実習生の中核を担ってもいます。今回、ベトナム語で届いた約200人分のアンケートを日本語訳しました。生活環境や仕事の厳しさ、民主主義の進んだ国だと憧れた日本で差別的な扱いを受けたやるせなさ――伝えたくても伝えられなかった彼らの声が見えてきました。(朝日新聞記者・堀内京子)
アンケートは取材班の知り合いや取材先などに拡散してもらいました。中でも、ベトナム語は、拡散をお願いした一人、神戸大学の斉藤善久准教授がベトナムの技能実習生送り出し機関で潜入研究をしていた経験もあり、メッセンジャーで何人もの知り合いに送ってくれました。おかげで、最終的にベトナム語では200件近い回答が集まりました。
多くは技能実習生として日本で暮らしている人たちでした。その思いを届けられないかと、ベトナム語で得た自由記述欄を今回、すべて翻訳して公開することにしました。翻訳は、大阪府の箕面市国際交流協会が提供している有料の公的翻訳サービスにお願いしました。ここは、留学や、日本人との結婚などで来日した在日外国人の支援のために、翻訳事業などを手がけています。
自由記述欄の質問は、「あなたは今の生活や仕事に満足していますか。あなたはどのような支援が必要ですか」でした。
返ってきたアンケートは見慣れない声調符号のベトナム語が埋めていました。眺めても何が書いてあるか見当もつきません。翻訳を依頼する前に、内容が気になり、グーグルの自動翻訳に入れてみました。とたんに、多少は不自然でも、想像できる日本語になって画面にあふれ出しました。
…私たちは以前よりも貧しい国から来ましたが、私たちは多くの努力をしました。私たちがここに来たという証拠は、すべての風と風に耐え、働き、お金を稼ぎ、学び、将来に向けて蓄積するためのものです。私たちも同じように見てください。あなたの失望、傲慢な態度を止めてください。私の目の中の日本の印象がますます悪化しないようにしてください。私はそのようにあなたに叫ぶことをあえてしません、私は知っているので、みんなの態度は等しい、私は人々を変えるようにすることは許されません。しかし、一人一人が、もう少し深く、優しく、親切に見ているとしたら、人生は1万倍美しいのでしょうか。私たちの努力が理にかなってみましょう、私たちが努力をしましょう。すべての希望、美しい日本への私たちの愛をすべて出してはいけません
まったく分からなかった文字の中に、確かにメッセージが入っていました。
後日きちんと翻訳してもらったところ、このアンケートを書いたのは、レストランやホテルのサービス業に関連する仕事に就いているベトナムの若者でした。「日本での生活を経験し、そして日本人の働き方を学ぶために、日本に来ることを選択しました」と来日目的をつづっていました。
けれど来日して「一番困っていること」として、「考え方や文化、生活スタイルの違いもありますが、それ以上に外国人に対する偏見が強いこと。明らかにひどい偏見や差別について書かれた記事や話をよく読んだり聞いたりしました」と驚きを記します。
ベトナムでは有名な大学を卒業し、仕事での評価も悪くなかったそうです。しかし、日本に来たとたん、職場で偏見やハラスメントにさらされました。
「仕方なく受け止めています」とつづりましたが、抱えきれない思いがアンケートにぶつけられていました。
「大学で専攻した学科やこれまで培った経験が使えないかもしれないと覚悟した上で、すべてを置いて日本に行くことを選んだ私は、日本で今以上にたくさん学ぶことができると期待していました。しかし、私が見た現実にはとても失望させられました」
先に紹介した、グーグル翻訳した部分、きちんと翻訳してもらうとこのような内容でした。
日本より貧しい国から来たかもしれませんが、私たちなりに努力してきました。
日本に来てたくさんの苦労に耐えながら将来のために仕事をしていることが、その証明です。
どうか私たちを平等に評価してください。私たちを下に見ないでください。日本人に対する印象をもう悪くさせないでください。
生き方は人それぞれなので、私が無理に他人を変えることはできないとは思いますが、一人ひとりがもう少し優しい気持ちを持って、お互いに思い合って対応すれば、生活はもっともっと充実するのではないでしょうか。
私たちの努力を認めてください。私たちの日本に対する希望や愛情をつぶさないでください
日本の外国人労働者の数は現在146万人。国籍別にみるとベトナムが31万6千人で前年比で3割増えており、1位の中国(38万9000人)に迫っています。ベトナム人は8割が「技能実習」「資格外活動(留学生)」として就労しています。
アンケートについて神戸大学大学院国際協力研究科・斉藤善久准教授に聞きました。
斉藤さんは、2014~15年にベトナム長期研究(送り出し機関などに潜入研究)をして、16年11月の外国人技能実習適正化法案の審議、また18年12月の入管難民法改正案審議の両方で、参議院法務委員会・意見参考人も務めました。
「ベトナムの人たちは、日本人に対する信頼がものすごくあるのです」と斉藤さんは話します。
「日本は賃金がよくて、高度な技術があるから来るんだろうと思っている人がいるけれど、実際はそうでもなくて、賃金だけ見たら最低賃金1千円の韓国の方がいい。中国やベトナムには日本を超える最先端の技術もたくさんあるし、技能実習生が日本でまかされるものはそもそも最先端の仕事ではない。ただ、それでも来るというのは、日本人は『礼儀正しくて親切で勤勉で、ルールを守る』、そんな日本人と一緒に生活して、一緒に働きながら、言葉や生活とか、ものの考え方を学べたら成長できるだろうなあ、楽しいだろうなあと思って、若者たちは日本に来る。それが日本の中で、よりによって差別したり粗野だったりする割と最悪な人たちに会っちゃうという悲劇が起きているのです」
斉藤さんの記憶に残る1人のベトナムの若者がいます。「技能実習の受け入れ企業では人間らしい扱いをされず、『日本人というのは、こんな人たちじゃなかったはずだ』と思いながら働いていたけれど、普通の日本人とは誰とも交流させてもらえなかった。非人間的な扱いに耐えきれず失踪して、北関東の下請け工場に入り、日本人や日系ブラジル人と一緒に働いて、『そこではじめて本当の日本人に触れた。みんな親切でルールを守って、礼儀正しかった』と喜んでいた」
アンケートの回答から、何が読み取れるでしょうか。「『実習』先の当たり外れもある。技術者なのか、留学生なのかなどの属性の違いや、アルバイト目的(を含む)留学生か純粋な勉強目的の(経済的に余裕のある)留学生か、などによって、日本での生活に対して抱いている感想が大きく違いますね。同じベトナム人でもそれぞれの階層間での交流は少なく、お互いの状況は理解していないようです」
「技能実習生たちの回答からは、ベトナムの大家族や地域コミュニティーという濃い人間関係の中から、皆の期待を背負って、希望とプライドを持って来日したのに、孤独な職場で、期待をはるかに下回る労働条件に失望し、プライドを傷つけられながらも、家族のために必死に働こうとしている様子が浮かんできます」
「今回のアンケートに答えられたのは、そもそも、時間に余裕があるとか通信設備があるとか、アンケートが届くだけのネットワークがある人たちに限られています。それでも少なくない回答者が、過酷な労働環境などに関する声を寄せている点は重要です。その背後には、アンケートが届く環境もなく、届いたとしても回答する余裕や機会を持たない、過酷な状況にいる人が多くいるでしょう」
どこに注目して読めばいいでしょうか?
「日本語や、日本人の働き方、日本人の礼節、遵法精神など、ベトナム人が日本で得たいと思っているのは、お金だけではなくて文化的な側面が大きいことに着目してほしい」という斉藤准教授。
「ベトナム自身が急速に経済発展していたり、また給与では他国の方が最低賃金が高いなど、競争は激しくなっていて、日本は出稼ぎ先として魅力的な国ではなくなりつつある。それなのに、受け入れる日本側では、依然としてベトナム人労働者は『貧しいから来日する人たち』と見下し、会話や交流もせず、差別的な態度を取る。借金や、転職の難しさにつけ込み、労働法規などにも違反するような労働条件のもとで働かせている。日本人自身が、海外・発展途上国の人々から見た場合の日本の価値に気づかず、むしろその価値を貶めるような行為をしていると言わざるを得ません。
もちろん、日本での立場(在留資格)や『実習』先の当たり外れなどによって、それぞれが置かれている状況は大きく異なるので、日本での生活や労働条件に満足している人々も一定数存在します。でも一方で、私たちがこれまで培ってきた、社会的・文化的な美徳への信頼という『日本ブランド』が、外国人材ビジネスや、外国人労働者を不当に働かせる、一部の日本人によって利用され、毀損されていることに気づいて、改善していかなければいけません」
普段生活をする中でも、ベトナム語に限らず、スーパーなどで日本人が分からない言葉を話す外国人のグループと一緒になることがあります。グループが盛り上がって談笑したりしていると、うっすらと疎外感すら感じます。すれ違うときには、緊張することもあります。何を話しているか分からないというのが原因かもしれません。
反対に、話す日本語が完璧ではないというだけで、子どものような扱いをされたり、思考力や人格を認められない外国人もいるようです。例えば技能実習生のことを、雇用先の人は愛情をこめて「うちの子たち」と言ったりもするけれども、やっぱり子どもではありません。
自分が分からない言葉も、当たり前ですが、翻訳してみれば大人の言葉です。分からない言葉を話していたとしても、心の中には、期待も、希望も、不安も、誇りも、すべてあるのだと、アンケートを通して改めて感じました。
パワハラや労災に直面する技能実習生を取材をしてきた私は、技能実習制度の上で生活しているという日本人だという負い目もあり、「日本を嫌いだという人も多いんだろうな」と少し身構えていましたが、アンケートには日本への優しさがにじむ回答もありました。彼らのメッセージを、翻訳と原文で紹介します。もし言葉が通じたら、いや、私たちが心を開けたら、日本社会はきっと、誰にでも少しだけ優しくなる。自分ではない誰かのために、何か行動できるようになるかもしれません。
アンケート結果をGoogleスプレッドシートにまとめました。以下からアクセスできます。
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