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和食の「博物館」開いた中国人実業家の素顔 あえて福岡に作った理由

取材に応じた鳴鳳堂の蘇慶社長
取材に応じた鳴鳳堂の蘇慶社長

目次

中国人の蘇慶(スゥー・チン)さんは、「日本初」をうたう和食博物館をオープンさせました。3千平方メートルという敷地に、大型観光バス100台が止まれる駐車場を備える博物館があるのは福岡市。目をつけたのが「海からやってくる」観光客でした。30年前に役人として来日しその後独立。貿易業や建設業など様々ビジネスを手がけてきた蘇さんの目にうつる「インバウンドの大きな変化」について聞きました。

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巨大クルーズ船と、ずらりと並ぶ観光客を待つバス
巨大クルーズ船と、ずらりと並ぶ観光客を待つバス

エリートの道、公務員からビジネスの世界へ

蘇さんは広西チワン族自治区の桂林市出身です。ビジネスマンというより、学者のようでおっとりしている一面を持っています。

1989年に広東省の名門、中山大学の日本語学科を卒業し、1991年に広西チワン族自治区政府の公務員として来日しました。1997年に独立し、北九州市で貿易会社を立ち上げ、さらに建築業、エネルギーなどの分野に事業を広げました。

蘇さんがビジネスを拡大する中、2004年に日本政府は「観光立国」を宣言し、2030年に外国人訪日客3千万人の目標を設定します。

日本政府観光局(JNTO)の統計によると、3千万人の目標は2018年に達成され、中でも一番多い中国大陸からの観光客は838万人を超えています。

高まる観光需要に目をつけた蘇さんは2016年ごろから、インバウンド事業に力を入れるようになります。

「日本では少子高齢化が進み、日本国内の観光事業は縮小し続けます。草食系と呼ばれる内向きな若者が増え、これまでのような国内消費が起きないと考えました」と蘇さん。

「日本人は勤勉で、会社員やサラリーマンがほとんどです。旅行に出かけるのは週末に集中し、平日はみんな仕事をしています。結局、既存の観光施設は、平日は客が少なく、週末だけの商売になっています」

先細る国内消費を見越してインバウンド事業にシフトした蘇さんですが、リスクも認識していました。

「インバウンド事業は国際関係、政治情勢などに左右されやすいため、いかに外国人の観光と地元の発展を融合されるかを考えることが大事だと思いました」

和食博物館で展示されている豪華なお弁当箱
和食博物館で展示されている豪華なお弁当箱

東京ディズニーリゾートの全席数に匹敵する座席数

蘇さんが注目したのがクルーズ船です。

2014年以降、外国から博多港に寄港するクルーズ船が急増しました。中でも、地理的に近い上海からの寄港地観光ツアーが盛んになっていました。

1回の寄港で訪れる観光客数は1000人以上もいて、バスも10台から20台が並ぶほど。福岡市内では交通が渋滞しやくなり、観光客の食事場所を確保するのも大変な状況になっていました。

バスの駐車スペースが確保できず、数百人を収容できる規模のレストランも不足していたのです。

そこで蘇さんは、飲食業の参入を決意し、2016年に九州和食広場を設立しました。福岡空港に近い立地で、面積も3千平方メートルを確保しました。1千平方メートルの駐車場には、大型観光バスが同時に100台が駐車できます。

オープンした2016年の来客は約4万人でしたが、2017年には30万人に急増。2018年に60万人となり、2019年には70万人を超えると予測されています。さらに2020年オリンピックの年には100万人突破が見込まれています。

現在、九州和食広場の厨房は、九州内で最も大きいとされ、1200席もあります。これは、東京ディズニーリゾートの全席数である1400席に匹敵する座席を一つの施設で用意していることになります。

九州和食広場の一部
九州和食広場の一部

観光客が「知的なものへの理解」に対するニーズの高騰

飲食業が軌道に乗ったことで見えてきたのが、観光客の日本文化への関心です。

そこで蘇さんが注目したのが、観光庁などなの調査でも、8割以上の外国人観光客が体験したいと答える「食」でした。

もともと日本語学科出身だった蘇さん。日本文化への興味から、個人コレクションとして、江戸時代の大名らが愛用していた豪華なお弁当箱を300点以上持ち、びょうぶや武将たちがかぶったかぶとも数百点集めていました。

そんな自身の関心に加え、観光客側も記念撮影やショッピングなどから、文化を体験する観光に関心が移っていることを実感。食事も、ただ食べてから帰るのではなく、「知的なものへの理解」に対するニーズを感じていました。

そうして2019年8月に生まれたのが、自身のお弁当箱コレクションも展示する世界初の和食博物館でした。

蘇さんのコレクションである武将たちがかぶったかぶと
蘇さんのコレクションである武将たちがかぶったかぶと

体験型・文化型イベントの企画

実際、九州和食広場でも体験教室は人気を集めています。

「すし作り体験」教室には毎月7千人以上の予約が入ります。Oriental株式会社クルーズ船対応の部長劉阿婷(リュー・アティン)さんによると、一般的なすし作り体験は20人から30人規模の教室が多く、遅延やキャンセルのリスクもあるクルーズ船の乗客への対応は難しいのが現状です。九州和食広場は、そのニーズの受け皿になっていると言えます。

すしに加えてラーメン作り体験の人気も高まっているそうです。

今後は、「和食文化博物館の開催と伴い、文化の発信に力を入れる」と話す蘇さん。和食博物館のオープニングセレモニーでは、一般社団法人日本食文化伝承協会の四條中納言山陰嫡流、四條司家第41代当主四條隆彦たちによる「庖丁の儀」が行われました。

将来的には、茶道の体験、マグロの解体ショーに加えて、日本の豆腐と中国の豆腐との比較などを展示するコーナーも予定されています。

四條司家第41代当主の四條隆彦さんたちによる「包丁の儀」
四條司家第41代当主の四條隆彦さんたちによる「包丁の儀」

インバウンド事業への展望

政府同士の関係に左右されることが大きい観光業ですが、近年、日中関係は比較的に穏やかなため、中国から来日した観光客も右肩上がりを続けています。

日本の観光立国の政策のもと、ビザの規制緩和が見られました。そして中国でも経済発展が続き、海外旅行が増え続けています。さらに福岡市にならではの存在であるクルーズ船の団体客。

このような状況を敏感に捉えたことが、蘇さんのビジネスがうまくいった理由だと考えられます。

中国人が「中華料理」を一つの概念として捉えていないように、日本人も普段から「和食」を一つのくくりでは考えていません。そんな中、和食「博物館」というコンセプトを打ち出せたことも、中国人である蘇さんならではの着眼点だったと言えます。

和食文化博物館の誕生には、ある意味で「外国」という視点が不可欠でした。今回、イタリア料理の巨匠、イタリアプロフェッショナル協会より「イタリアマエストロ」という称号が授与された石崎幸雄さんが、和食文化博物館の名誉館長になりました。「海外で長く生活したからこそ、和食への理解も深まった」という石崎さん。各国の料理との比較のなかに和食が存在していることに気付いたと言います。

日本初、世界初をうたう和食「博物館」。日本人にとっても新鮮な発見があるかもしれません。

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