MENU CLOSE

話題

中国人観光客が求め始めた「和食」 巨大博物館が福岡に生まれた理由

和食文化博物館の展示館の外観
和食文化博物館の展示館の外観

目次

世界的な和食ブームが起きる中、和食をテーマにした民間の「博物館」が誕生しました。世界に和食をアピールする施設ですが、オープンした場所は福岡市。設立したのは中国生まれ中国育ちの社長です。いったいなぜ? 背景には、豪華クルーズ船で押し寄せる「お客様」の存在がありました。

【PR】指点字と手話で研究者をサポート 学術通訳の「やりがい」とは?
九州国際観光広場(KISS福岡)の外観
九州国際観光広場(KISS福岡)の外観

ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」

2013年に「和食、日本人の伝統的な食文化」としてユネスコ無形文化遺産に登録された和食。「長寿」という国際的なイメージもあり、海外からは健康食として和食に興味関心を持つ人が多く、和食ブームが起きています。

来日した外国人観光客にとっても、和食目当ての人は少なくなく、「日本で体験したいこと」の中には、「食」が上位に入ります。

日本政府が力を入れるインバウンド政策により、外国人観光客が年々増える中、目立つ存在になっているのが福岡市の博多港です。大型のクルーズ船が連日のように寄港し、その数は2015年に横浜港を抜き日本一になりました。

そんなインバウンドの「最前線」である福岡に注目したのが、和食の博物館を作った鳴鳳堂社長の蘇慶(スゥーチン)さんです。

中国広西チワン族自治区生まれの蘇社長は、30年間近く日本でビジネスを手がけてきました。貿易や新エネルギー事業を展開していましたが、中国人観光客のニーズをとらえ、2016年に観光客を相手にした商業施設「九州国際観光広場」を開設。来場者は2018年に60万人近くなるなど、右肩上がりを続けています。

蘇社長は和食の持つ文化的な側面の価値に気付き、展示施設を構想しました。

「博物館のような『場所』があれば、日本食をそこまでよく知らない観光客でも、和食の持つ様々な情報に触れることができます。和食の歴史を知ってもらうことで、自分の国の食文化との違いを発見し、博物館での体験を通して、文化交流を活発にしたいと思いました。」

和食文化博物館の内部
和食文化博物館の内部
和食文化博物館の内部
和食文化博物館の内部

見どころは豪華なお弁当箱

約1年間の準備時間を経て、和食文化博物館が設立されました。展示面積は249平方メートルで、和食に関する様々なパネルが設置されています。和食の分類と歴史的な変遷、さらに和食の調味料、原材料などの「実物」も展示されています。開業に合わせ、伝統的な日本料理の料理法を伝える四條司家第41代当主の四條隆彦さんたちによる「包丁の儀」も行われました。

レストランスペースを入れると、延べ面積は3000平方メートルにもなる。施設内では、寿司づくり体験、ラーメン作り体験などのイベントも開催されています。
 
もう一つの見どころは、ほとんどが蘇社長のコレクションという色鮮やかな弁当箱です。
 
展示されている弁当箱の多くは江戸時代のもので、大名や貴族たちが使った豪華なものばかり。デザインはモダンなものや、200回以上、漆が塗られた箱もあります。

展示品の配置に関わった戸嶋大斗(ひろと)さんも、「お弁当箱は日本人自体もあまり目にしたことのないものが多く、貴重だと思う」と話します。

大名家が使ったお弁当箱
大名家が使ったお弁当箱

イタリアマエストロの石崎幸雄氏が名誉館長に

意外なことに、和食文化博物館の名誉館長は、イタリア料理「ダイシザキ」のオーナーシェフの石崎幸雄さん(56)です。

石崎さんはイタリアプロフェッショナル協会より、「イタリアマエストロ」という称号が授与された「イタリア料理の巨匠」です。

その石崎さんがなぜ和食? 理由は石崎さんのキャリアにありました。

石崎さんは中学卒業後に一度、寿司職人の世界へ。その後フランス料理とイタリア料理の修行をし、イタリア留学を経て、イタリア料理のシェフになりました。

「海外で長く生活したからこそ、和食への理解も深まった」という石崎さん。海外生活では、日本料理のことも聞かれ、各国の料理との比較のなかに和食が存在していることに気付いたと言います。「和タリアン」とも言える、和風にアレンジされた料理も人気で、例えばわさびしょうゆを使うパスタは現地で定番と言われるほど人気です。

和食博物館の開業式。左から一番目は名誉館長の石崎幸雄氏。
和食博物館の開業式。左から一番目は名誉館長の石崎幸雄氏。

和の専門性の確保 マグロの解体ショーなど体験型イベントの導入

施設内のフードコートには、「鉄板焼き」「天ぷら」に加え、地元の有名ラーメン店である「天砲ラーメン」など多くの店が出店しています。

ランチタイムには、千人規模の団体客がクルーズ船から訪れ、多い日には一日で5000人を受け入れます。膨大な観光客に対応するため、1時間に7000皿洗える食器洗い機も備えています。

「知識や文化を伝承する拠点」というコンセプトのもと、体験型イベントは今後も力を入れていく予定です。将来的には、茶道の体験、マグロの解体ショーなども楽しめるようになるそうです。

「博物館」が体験に力を入れる背景には、中国人観光客の変化も影響しています。

2018年に3千万人を突破した訪日外国人の中には、リピーターも少なくありません。中国人観光客の「爆買い」ブームはすでに去り、最近は体験型観光が人気が移っていると見られており、世界的に人気が上昇している「和食」は体験型観光の柱の一つとして大きな可能性を持っています。

例えば、温泉。大分で有名な「地獄温泉めぐり」ですが、中国人にとって新鮮なのは「地獄蒸し」という料理です。材料を温泉ガマに入れて蒸すだけですが、観光客が自分で厚手の手袋をはめ、注文したお肉やお野菜とタマゴなどを釜に置き、自分でそのカゴを取り出す「体験」は、買い物とは違った楽しみを提供しています。

温泉タマゴや、浜焼きなど、料理と観光地を組み合わせた「体験型観光」には多くの可能性があります。

四條司家第41代当主の四條隆彦さんたちによる「包丁の儀」
四條司家第41代当主の四條隆彦さんたちによる「包丁の儀」

中国人にとって「和食」のイメージ

中国人にとっての和食のイメージは「健康食」です。種類が豊富で、一皿の量が少なく、たくさんの栄養をバランスよく取ることができると考えられています。素材本来の味を大事に、調味料も油も少ないのも特徴だととらえられています。

器に関心を持つ人も少なくありません。季節を意識した取り合わせなど、和食は「目で楽しむ食事」とも考えられます。

人気メニューとしてあがるのは、お寿司です。和牛も定番で、最近では、福岡発のラーメン、一蘭や一風堂も知られています。

スーパーでは中国産も売られているウナギですが、ウナギ料理を目当てに来日する中国人観光客もいます。中国でもウナギは栄養が豊富な食材として知られていますが、料理方法は、蒸すとしょうゆ煮の2種類だけの場合が多く、日本のかば焼きなどに比べると、脂が多く感じられます。

日本のかば焼きは、丁寧に焼くことで余計な脂が落とされ、タレと身のうまみが組み合わさった味は、日本ならではのものと言えます。

クルーズ船の観光客たちが賑わう九州国際観光広場の館内
クルーズ船の観光客たちが賑わう九州国際観光広場の館内

博物館の今後

内覧会では、「全体的にはとてもいい雰囲気だった」という声がある一方、「日本についてまったく知らない観光客向けには、もう少し詳しい説明が必要」、「もっとスペースがあれば、情報量も増えるし、色々なものが置ける」などの指摘がありました。

実際、天ぷらやラーメンなどは、もともと外国発祥だったのが省かれるなど、歴史についての説明は簡略化されている印象を受けました。

「博物館」を打ち出してはいますが、メインはレストランや体験施設である点は否定できません。展示品はお弁当箱など十数点のみでスペースは250平方メートルほど。全体に比べると、展示は少ないと言わざるを得ません。

蘇社長は、「和食文化博物館は中国人観光客だけではなく、より多くの国々の観光客、さらに日本人にも興味関心を持ってもらいたい」と意気込みます。

そのためには、外国人だけでなく、地元の人々と交流を深めることも大事になってきます。季節に合わせた花見や盆踊りなどのイベントを開催するなど、地元との交流の場として「博物館」を活用できれば、新たな展開も期待できます。

「爆買い」から「体験」へ。福岡に生まれた民間の和食「博物館」の変化からは、インバウンドの将来像が見えてきそうです。

関連記事

PICKUP PR

PR記事

新着記事

CLOSE

Q 取材リクエストする

取材にご協力頂ける場合はメールアドレスをご記入ください
編集部からご連絡させていただくことがございます