連載
#15 #父親のモヤモヤ
1歳の父親、医師から「死ぬかも」 妻や子のために急いで備えたこと
ある日突然、0歳と3歳の父親である自分(35)が病気や事故で急死してしまったら…。最近、ニュースを見ていると、「自分が巻き込まれたら」と考えてしまうことがあります。不安のきっかけは、かつて仕事先で一緒だった男性が1歳の子どもがいながら、「突然の病気で死にかけた」と聞いたことでした。男性は死に直面したあと、妻や子どもが少しでも困らないようある備えをしたといいます。どんな備えだったのか。今回、この男性らに話を聞き、いざという時の備えについて考えました。
「下手したら死にます」。報道機関で働く東京都千代田区の男性(40)は3年前の夏、医師にそう言われ、耳を疑いました。妻と1歳になったばかりの息子がいて、子育て真っ最中。「死を覚悟して、何もかも『終わった』と絶望しました」
当時、出張や飲み会が重なり、頭の痛みを感じていました。肩こりからくる頭痛だと思っていましたが、通勤中も頭を手で押さえていないと痛くて歩けない。頭の中で「ドクドク」と脈を打ち、何か液体が噴き出すような感覚に襲われました。さすがにおかしいと思い、妻にも言わず、ネットで検索した会社近くの病院に行きました。
MRI検査を受けた翌朝、医師から「すぐに大学病院へ」と慌てた様子で電話。午後に大学病院に行くと「すぐに入院を」。首から脳に血液を送り込む椎骨(ついこつ)動脈の内壁が裂け、くも膜下出血で死に至る危険がありました。
診断後、病院のベッドの上で呆然としました。実家に子どもと帰っていた妻も駆けつけ、そばで泣いていました。明日死ぬかもしれないという恐怖と共に、不安だったのが自分が死んだあと、残された家族はどうなるのかでした。妻は専業主婦なので、もし男性が亡くなれば稼ぎはなくなります。
日頃から男性が家計を管理していましたが、契約した生命保険や、住宅ローンの内容を詳しく把握していませんでした。「妻にどんな保険に入っているかも伝えていなかった」。遺族年金がいくらもらえるか、といったお金の計算もきちんとしたことがなかったと言います。
ひとまず危険な状態は脱し、約10日後に退院できましたが、医師から「治癒した」という診断がおりたのは約1カ月半後のこと。その間も「いつ出血するか分からない」と死の恐怖と向き合っていました。眠れない日々が続き、睡眠導入剤を服用することもあったと言います。
義理の親から「万が一のことを考えて、保険など整理したほうがいい」と心配して言われていたこともあり、男性は妻と子供を連れて、生命保険の窓口に行き、契約内容や死後の手続きの方法など確認しました。
住宅ローンの団体信用生命保険にも加入しており、自分が死んだら残りのローンが完済されることも確認。遺族年金や死亡一時金などの受給額も計算した上で、お金の面では困らないことが分かりました。男性は「一つ一つ確認したことで不安の正体が分かり、少し安心できました」と振り返ります。
男性がもう一つ、「やって良かった」と話すのが、亡くなった時に妻がどこに連絡すればいいか困らないよう連絡先の一覧表をつくったことでした。
勤務先の総務局、労働組合をはじめ、生命保険や住宅ローンの会社、地元の年金事務所の電話番号など。保険は保障額も記入しました。印刷した紙を妻や義理の親に渡すと、そこまで備えると思っていなかったようで「すごく安心してくれた」と言います。銀行通帳や実印、請求書類など家の中の保管場所も伝えました。
男性はその後順調に回復し、職場復帰を果たしました。
一方、最近になって夫婦で2人目の子どもを産むか話し合っている中で、妻から「私が出産で亡くなったらどうするの」と言われ、ハッとしたそうです。妻が亡くなり、自分が残された立場になることは深く考えていませんでした。「妻が亡くなったら自分だけで子供を育てていけるのか」と不安がよぎったと言います。
「実際に妻が亡くなったら働き方を変えないといけないし、どうしたらいいか分からないですね」と話します。
滋賀県に住むファイナンシャルプランナー(FP)で行政書士の杼木(とちぎ)美絵さん(43)は30歳の時、夫が仕事帰りに交通事故に遭い、亡くなりました。
買ったばかりのマイホームに移り住み、当時は専業主婦として1歳の子どもの子育てに没頭する日々でした。あまりにも突然の死。深い悲しみの一方で、死後の手続きに追われ、「文字どおり、途方に暮れました」と振り返ります。
その中で、杼木さんは「もっと夫にあれこれ聞いておけば良かった」と話します。
葬式では、夫の好きな曲を流せますよと言われたが、何を流せばいいか分からない。できるだけ明るい曲で見送ろうと選曲したが、あれでよかったのかは分からない。棺の中にも何を入れたら良いのか分からない。お墓も新しく作った方が良いのか分からない。
限られた時間の中ですぐに決めないといけないことが多く、心残りに思うことがたくさんあったと言います。夫の携帯電話のロックを解除できず、連絡帳が見られないので、葬式に誰を呼ぶか年賀状からたどって連絡しました。
亡くなって月日がたってから「ああしておけば良かったかな」と思うこともありました。夫は事故で頭を打ち、脳死状態に。「あのとき臓器提供を考えられていれば良かったかなと思う。夫の臓器を誰かに提供することで、残された家族の支えになったかもしれない」
子供の育て方も聞いておけば良かった、と話します。「どんな習い事をさせたいとか、公立と私立どちらの学校に入れたいとか、教育方針を何も聞いていませんでした」
夫婦でお互いが死んだ時のことについて話したことは、保険の加入時ぐらいで、ほとんどありませんでした。杼木さんは「あらたまって話すよりも、テレビを見ながらでも、日頃からああしてほしい、こうしてほしいとつぶやいておくことが大事」と振り返ります。
杼木さんは死後の手続きで「悔しい思いをすることがたくさんあった」とも言います。
年金の手続きでは保険料の免除制度があると言われ、「支払わなくてもいいのならその方がいい」と全額免除してもらうことにしました。しかし、免除を選ぶと将来受け取る額が少なくなることを知りませんでした。あとから知って納めることができましたが、知識のなさを痛感しました。
また、夫の医療保険に死亡保障が付いていることも分からず、請求漏れしそうになりました。保険は請求しないとお金も入ってきません。役所や保険会社に任せていては、自分の身は守れない。そうした経験が、FPの中でも難関のCFPや行政書士の資格を取るきっかけになりました。杼木さんは、「夫婦どちらかに限らず社会保障制度を含めたお金の勉強をしておくことは大切」と話します。
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