連載
#28 コミチ漫画コラボ
「封筒いっぱいの手紙」より欲しかったもの……不登校の経験を漫画に
「あんたは、今日うちで1日何してるの?」
そう言い、仕事へ出かける母親に、「んー、色々……」とあいまいに答えるところから、主人公の女の子の1日が始まります。誰もいない家で、残された朝ご飯を温めている間、頭をよぎるのは昨晩の会話。「きょうも学校行かなかったね」と言う声に、ジュクジュクと痛むお腹をさすります。
不登校になったのは、クラス替えで仲のいい友達たちと離れてから。
「呼んでないのにこっち見た!!」「ねえ!! 何読んでんの!?」。
意地悪グループの存在がプレッシャーになり、「あんなとこ、行けないよ」とSOSを出します。
それでも心は、自宅にいても休まりません。帰宅した母親が手渡したのは、学校の先生から託された同級生からのお手紙。一枚一枚を開ける度に「学級会とかで書かせたのかな…」と気分が重くなり、意地悪い子の名前を見た瞬間、つらい記憶が蘇ります。
食事を知らせる母親に、「いらない」と答える女の子。心配そうな表情を見せる母親ですが、次の言葉に女の子は心を閉ざします。「あしたは…学校は…?」
「行かないよ!!」。そう叫んだ女の子は、ベッドの上で涙をこぼします。
「なんで学校に行くことだけ選ばせようとするの?」「家にいる時くらい安心したいよ……」
物語の後半は、大人になった主人公が、精神科の訪問看護師として、学校や社会にうまくなじめなくて悩む人たちと接する姿が描かれています。
「家にいても、色々考えて焦っちゃって……」と相談する利用者の女の子に、「周りがよく見えて焦っちゃうんですね」と寄り添います。
「看護師さん来てくれるのうれしい」と笑みを浮かべる女の子に「よかった」と返す主人公。そして、こう締めくくります。
「この仕事をするようになったのは、学校でも家でも安心できなかった自分の気持ちを、忘れたくないからだと思う」
お手紙のエピソードは2学期に入った頃のことです。学校の封筒いっぱいに入った手紙をある日、母親から渡されました。全員からのメッセージが書かれていましたが、「うれしいという気持ちはありませんでした」。クラス替えの直後に不登校になったので、よく知っている人も少なく、無理して書いてくれているのが伝わってきたそうです。
「大人になった今なら、みんな頑張って書いてくれたと分かりますが、当時は受け入れられなかった。気を使わせて申し訳ないとみじめな気持ちでした」
漫画のエピソードは「ごく一部」と語る、のまりさん。学校の配慮もあって、3年生から通学を再開しましたが、「休んでいた分、勉強についていけなかったり、男子生徒からは悪口を言われたりしたので、毎日行けたわけではなかった。『かろうじて』通っていました」。
知り合いのいない高校に行くことも考えましたが、体調面から地元の学校に進学。「なので高校もあまりなじめませんでした。今でいう『隠キャ』。学生生活で楽しい思い出はなかったですね」
のまりさんは高校卒業後、大学進学のため地元を離れました。「私を知っている人が誰もいない土地で、一人暮らし。子どものころから好きだった漫画を好きなだけ書いて、バイトもして、とすっきりしました」。そして、就活のタイミングになって「一生働ける仕事を」と看護学校に入り直しました。
看護学校で、自分のような不登校の子どもにも関わることを知り、「この道に進んでみたら、色んなことが見えてくるのかな」と精神科の看護師に。病院の外来などで数年キャリアを積み、昨年、児童精神科の外来で働くようになって、「あの頃の自分もそうだった」と今回のベースとなる漫画を描き始めました。
ただ、「書きたいことの整理がつかなくて、何を伝えたいのか分からなくなってしまった」と、のまりさん。いったんは執筆から離れ、コミチが開く講座などで漫画の勉強を続けました。
転機になったのは、今春から始めた訪問看護の仕事です。家を訪れるのは引きこもりの人も多く、「みなさん、『家にいても居場所がない』と言うんです。だいたいは、社会にも居場所がなくて。そのことが、『ああ、私も昔感じた』とリアルに感じられたんです」。
「その時、漫画のテーマの『#わたしの居場所』がすっと入って来ました。中学生の時の学校に行っていなかった気持ちと、今は訪問看護がすごく楽しいという気持ちをつなげて描けるかなって。1年ぐらい悩んでいた話が、4~5日で完成しました」
看護師の経験が生かされているのは、主人公が最後に発した「学校でも家でも安心できなかった自分の気持ちを忘れたくない」というセリフです。
「この仕事を長くしてきて、自分が関わっても必ずしもいい結果につながるわけではない経験をいくつかしてきました。人によって、学校に行けなくなったり、精神的な病気になったりするきっかけは違います」
「自分の体験を基に患者さんたちと接しても、ほとんど通用しない。むしろ、こっちが挫折してしまう。それだったら、あの頃の気持ちを自分の中で大事にし続けた方が、挫折した時にも、原点に戻れるんじゃないか。そう思って、あの言葉を書きました」
不登校中にベテランの先生から「今はつらいかもしれないけど、未来は明るいから」と声をかけられた時、「今つらいのを何とかしてほしいんだけどな」と受け止めきれなかったという、のまりさん。親や周りの大人、友達にも自分の気持ちを分かってもらえない。「仕方ないな」と半ば諦めながら生きていた時に、楽しみにしていたのが、週刊少年ジャンプでした。
「ささいなことなんですけど、毎週発売するジャンプをすごく読みたいとか、ジャンプの漫画をマネして絵が描きたいとか、そういったことが支えになっていた部分がありました。いわゆる『逃避』という行動だったのかもしれないんですけど、それが自分の居場所だったというのは、間違いないです」
「私は今、子どもたちと接する時に『振り返り』を大事にしています。一人でもできますし、この人にだったら話せるという人と、好きなことや楽しいことを振り返るだけでも、気持ちが少し楽になることがあります。あの頃、学校でも家でも安心できなかったけど、『こういう人もいるんだ』というのが分かってもらえたらうれしいです」
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