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中国・上海周辺の農村に7LDKの豪邸が続々 不便さ一変「新農村」とは

中国の揚子江デルタ地域の農村に並ぶ豪邸=浙江省嘉善県
中国の揚子江デルタ地域の農村に並ぶ豪邸=浙江省嘉善県

目次

中国の農村と言えば、交通網が未発達で衛生条件があまりよくなく、「生活が不便」というイメージがある一方、緑豊かな農地が広がる桃源郷的な田園風景として紹介されることもあります。その農村が近年、都市開発に伴い大きな変化を遂げています。特に「江南水郷」と呼ばれる揚子江デルタ地域は、広さ7LDK、4~5階建ての豪邸が続々と出現。牧歌的だった風景を一変させています。

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農村でも自宅前の駐車があたり前
農村でも自宅前の駐車があたり前

ふるさとの浙江省嘉善県

私のふるさとの浙江省嘉善県は上海から約90キロ離れた地方都市です。幼い頃は田畑が広がり、民家が点在していた風景が、激変しました。

区画された土地に、ずらりと並ぶ豪華な4~5階建ての一戸建て。部屋を広々と使った7LDK以上が多く、100平米の部屋を、丸ごとリビングルームにする階も少なくありません。

公有地では、公園や健康器具が設置され、Wi-Fiも使えるなど、都市部とほぼ変わらない生活ができます。

嘉善県の地図
嘉善県の地図 出典: 嘉善県政府新聞弁公室提供

新農村建設

こうした変化は、2005年から中国で進められている「新農村建設」によるものです。農家が点在している古い農村地帯を、より整備されたコミュニティとして集約させ、土地の有効利用を図る都市計画です。

国は住民が使用権を持っていた住宅地と農地を回収し、都市部のような「小区」、いわゆる団地・コミュニティに住ませるのです。

そしてこの施策は、計画経済の時代から続く戸籍制度と大きく関わりがあります。

農村部の豪邸
農村部の豪邸

古い農村のイメージ 農民は不利な立場

戸籍制度上、「農民」を示す農村戸籍の人は、生まれた時からその身分を抜け出すことが容易ではありません。例えば、大都市で長年働いていても、大都市の戸籍を入手することが困難です。「出稼ぎ」として工場で働き、産業労働者であるにもかかわらず、これまで一般には「農民工」(農民労働者)と呼ばれています。

2017年の中国国家統計局のデータによると、農村の人口は5億7661万人で、全人口の41.48%を占めています。

もちろん「戸籍」に基づくものなので、全員が農業を営んでいるわけではありません。戸籍が農村だと、都市部に住んでいても、「農民」となります。ですが、いまだに農村では、農業で生計を立てる人が多いことも事実です。日本の農業人口は200万人を割り、全人口の1.6%以下であることからも、数の多さがうかがえます。

<中国の戸籍制度> 計画経済の時代、食糧や生活用品の配給は戸籍に基づいていた。政府の指示で都会に就職する場合などを除き、戸籍を移す自由もなかった。改革開放により移住の自由は広がったが、政府は都市戸籍発給に厳しい条件をつけている。
2013年3月27日朝日新聞朝刊「都会の大学、入れない 中国、戸籍地で差別」

もちろん、「非農民」である都市戸籍へ変更する手段はいくつかあります。一般的なのは学歴です。大学に合格することで、農村の戸籍から外れることができます。農民にとって、大学や専門学校に入学することは、いわゆる「登竜門」。これも、中国で大学受験の競争が激化する理由の一つです。

1990年代の一部の都市では、お金を払えば都市戸籍を購入することもできました。農村戸籍の子どもを都市部の小学校に入学させるために、親がわざわざ購入するケースも身の回りにありました。

村にもともとあった川を利用し新しく作った湖畔公園
村にもともとあった川を利用し新しく作った湖畔公園

二つの政策

このように、農村戸籍の人にとって「非農村戸籍こそが憧れ」という時代が長くありましたが、「新農村建設」の進展により、変化が生じています。特に上海の周辺都市では、土地やマンション価格が高騰しているため、政府が土地の集約を進め、農村地域の「引っ越し作業」を促し、農家に比較的高い補助金を出しています。農村戸籍がむしろ羨ましい存在になっています。

「新農村建設」の施策には二種類あります。一つ目は、家庭の戸籍人口に応じた「宅基地」(宅地)です。その宅地は国(村)所有で、農民には住居建設などへの使用権があるが、売買はできないとされています。そして子孫が、宅地の使用権を継承できます。

二つ目は、宅地を付与する代わりに、戸籍人口に応じた面積のマンションを与えるものです。マンションになると売買が可能ですが、宅地はなくなります。

土地はやはり大事ですので、農民たちは宅地を得る政策を歓迎しています。ただし近年、政府は二つ目の政策が推し進めています。土地が限られる資源なので、一戸建てよりマンションのほうが政府にとって土地の節約になるからです。こうした施策の結果、農村部と都市部の差が縮まってきています。

共有スペースに遊具も設置され、都市部を彷彿させる風景
共有スペースに遊具も設置され、都市部を彷彿させる風景

宅地面積は戸籍の人数とも緊密な関係にあります。私のふるさとの浙江省嘉善県では、4人家族の場合、110平米の宅地が与えられます(「一人っ子政策」を守った場合、125平米になります)。

土地がタダなので、住居の建設費用や内部装飾費用を合わせても、100万元(約1600万円)未満で大規模な住居を構えることができます。同じ面積を都市部で購入する場合、10倍近くの費用がかかると言われています。

「豊かな生活に広々とした住居。これらは農村住民、農村戸籍しか享受できない待遇です」と都市部の人々も嘆きます。かつては農民の身分を嫌がり、なんとか都市戸籍を入手した人たちも、現在はむしろ「農民が羨ましい」と言うほどです。

嘉善県で農村戸籍が優遇されるようになったのは、2006年ごろからです。現在、農村戸籍から都市戸籍に移行することは簡単ですが、逆が非常に難しくなっています。農村戸籍の子どもたちは、たとえ大学に合格しても、安易に戸籍を離脱しなくなってきています。

道路も整備されている
道路も整備されている

農民から賛否両論も

「新農村建設」に進むにつれ、農村が大きく変容していくのを実感します。それに伴い、農民から賛成の意見や、不満を口にする人も出てきています。

賛成派には次のような意見が多く聞こえます。「コミュニティ(団地)では、ゴミが回収されるなど生活環境が良くなり、虫や蚊も少なくなった」「都会にも近くなり、交通がとても便利」。都市部とほぼ変わらぬ生活を送ること、あるいは住居が都市部よりも大きいことは、生活が豊かになった象徴と言えます。

一方、長年耕作してきた田畑から離れ、野菜作りができなくなったり、ニワトリやガチョウなども飼育できなくなったりという寂しい思いを持つ人も少なくありません。

「確かに家は立派になり、部屋もきれいだが、やはり古い家のほうが落ち着きます。井戸から水をくんだり、家畜の世話をしたりするのが日課だったが、現在の活動範囲はかなり狭くなっている」「もうこの年なので、子供たちのために引っ越してきました。私たち年寄りだけならば、そのまま元の農村で暮らしたいです……」

こうした意見は高齢者に多く、元の生活を懐かしむ意見もよく聞きます。引っ越しを選択したのは、苦渋の決断の様子です。土地を失った寂しさを紛らわすように、新居の庭に家庭菜園を少し残し、簡単な野菜を作る人もいます。

印象で言うと、40代以下の若者世代は新住居に賛成する人が多いが、高齢者は以前の生活に未練がある人が多いです。

豪邸の前に設置されている「燃やすゴミ」と「燃やさないゴミ」のゴミ箱
豪邸の前に設置されている「燃やすゴミ」と「燃やさないゴミ」のゴミ箱

依然と存在する農村部の格差

嘉善県の農村の「団地」に訪れた時、若い「出稼ぎ労働者」と出会ったことがあります。彼ら、彼女らは四川省、河南省、安徽省などの出身の農民で、賃貸などで団地に暮らしています。

子どもたちが公園の芝生で遊んでいる様子を見て、嘉善県の「新農村建設」がよいと言います。ただし戸籍制限のせいで、「子どもが学校に入学する年齢になったら、元々の戸籍所在地に帰ることになる」といいます。

まだまだ人々の移動を縛り付ける戸籍制度。上海に近く、経済が急成長している長江デルタ地域にある嘉善県の農村戸籍はある程度羨ましい存在になったとは言え、全体で見ればまだ農村戸籍が不利益を被ることが多い現状です。中国では、同じ農村でも格差が存在すると改めて感じました。

立派な作りの豪邸
立派な作りの豪邸

不平等な制度、完全撤廃までには課題

(中国事情に詳しいジャーナリスト・中島恵さん)中国で戸籍制度ができたのは計画経済を実施していた1950年代。都市住民への食糧供給を安定させ、社会保障を充実させるために導入されたものです。しかし、改革開放後も、農村から都市への移動は制限され続け、社会保障の面で、都市戸籍(非農村戸籍)保持者は有利、農村戸籍保持者は不利という不平等なままでした。

ですが、格差是正の動きにより、逆に、農村戸籍者に有利な措置が取られるという新しい現象が生まれているのも事実です。中国は2014年に「国家新型都市化計画」を発表し、戸籍制度改革、新農村建設などを実施しているところです。

ただし、いくら豪邸を建てられたとはいえ、長年生活した土地を離れ、新たな土地でコミュニティを形成し、職を得ていくことは、たやすいことではありません。

また、現状では、総合的に見れば、まだ都市戸籍保持者のほうが農村戸籍保持者よりも有利なのは事実です。都市戸籍保持者となるには、都市で不動産を購入したり、都市で一定期間以上働いたりするなど、クリアしなければならないハードルが高いといえます。長年実施してきた不平等な制度を完全に撤廃するまでには課題が山積しているといえるでしょう。

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