連載
#4 働き方を問う
「先生の自由、急激に奪われている」残業代裁判で本当に訴えたいこと
たくさん残業しているのに、その分の給料がもらえないのはおかしい――。埼玉県内の小学校に勤める先生が、残業代を求める裁判を起こしています。現役の先生があえて声を上げた背景には、「先生の自主性が急激に奪われている」という危機感があったそうです。原告の田中まさおさん(仮名、60歳)に思いを聞きました。
――埼玉県に残業代240万円の支払いを求める裁判を起こしましたね。提訴の理由を教えて下さい。
「学校の先生は働いた時間に見合った残業代をもらっていません。いわゆる残業代はもらえず、その代わりとして月給の4%に相当する『教職調整額』が支給されています。私は提訴した当時、月平均で60時間ほどの残業をしていました。それに対して、支給された教職調整額は1万6千円ほどです。少なすぎると思いませんか」
「おかしい、おかしい、とずっと思いながらも、がまんしてきました。退職を目前にして、訴えようと決意しました」
――公立小学校の先生の約3割、中学校の先生の約6割が「過労死ライン」(月80時間超の残業)を超えていると聞きます。
「長時間労働を防がなければなりません。中学校の先生も大変ですが、小学校は部活動がないのにもかかわらず、超過勤務が発生しています。小学校の先生の授業の持ち時間は週25時間ほどで、ほとんど授業の空き時間がないのが特徴です。児童が下校した後もテストの採点や翌日以降の授業の準備などに忙殺されます」
――裁判でいちばん訴えたいポイントはどこですか。
「埼玉県は、自発性や創造性に基づく教員の仕事に時間管理はなじまない、と言っています。しかし、いま先生たちがやっている仕事の多くは、自主的・自発的なものではありません」
「たとえば私がいた学校では、子どもたちがつくった図工の作品には必ず一言コメントをつけて返せ、と言われました。たしかに、一人ひとりの作品を丁寧にみることはいいことです。恐らく子ども思いの先生が自発的に始めたものが全校に広まったのだと思います」
「ところが、後からその学校に赴任した私はこの『一言コメント』を守るべきルールとして指示されました。この時点で自発的な仕事とは言えないでしょう」
――先生たちは多くの仕事を強制されている、ということでしょうか。
「そうです。では、その命令はどこから出ているのかと言うと、私は職員会議だと思っています」
「たとえば、こんなことがありました。学校にやってくる児童を見守る『登校指導』という早朝の仕事があります。私はある日の職員会議で、『登校指導は負担が大きいからやめよう。続けるなら、少なくとも当番の人はその日早く帰れるようにしよう』と提案しました」
「ところが、会議で出た結論は『今まで通りに行う』です。会議で決まったことなので、私は不満でも早朝出勤するしかありませんでした」
――管理者である校長に代わって、職員会議が時間外労働を命じているのですか。
「職員会議の位置づけが、今と昔とではガラッと変わっているのです。私が先生になった頃、職員会議は先生たちが教育の内容を話し合う場でした。たとえ早朝出勤の提案があったとしても、子育て中など事情を抱える先生が反対すれば、そうした提案は採用されませんでした」
「ところが2000年に職員会議の位置づけが『話し合いの場』から『校長の補助機関』へと変わりました。職員会議で決まったことは命令として守らなければならない、そういう風になったと私は考えています。その結果、先生一人一人が自主的に取り組む仕事が減り、『やらされ仕事』が増えました」
――多忙なうえ、自主性も奪われているとしたら、先生たちがかわいそうです。
「いちばん心配しているのは、教育の質が下がることです。また例を出しますね。ある学校では、掃除や給食の配膳を無言で行うように指導していました。職員会議で『無言清掃』、『無言配膳』を指示された記憶があります」
「子どもたちを黙らせるのはものすごく大変です。子どもたちは自分を表現したくて学校に来ているのですから。大変なことを無理にでもやろうとするから、若い先生たちは子どもたちを静かにさせるのに、とにかく一生懸命でした。『一列に並んだら口を閉じようね』とか『先生が頭の上で両手をクルクル回したら静かにしようね』、とか。彼らをみて、先生の仕事は子どもを静かにさせることだと勘違いしてしまっているように思いました」
「校長や職員会議による管理が強まり、先生たちが『教育とは何か』を自分で考える機会が減っているのが心配です」
――田中さんは、『無言』の指導をしたのですか。
「私自身は『無言』の強制に反対です。大事なのは、子どもたち一人一人が考える力です。一方的に黙らせる代わりに、子どもたちには『自分でいま必要なことを考えろ』と言い続けています。その結果、みんなある程度静かになりました」
――裁判の話に戻りますが、提訴後、いま勤めている職場の反応はいかがですか。
「正直言って、それほどよくありません。残業代をきちんと支払えということは、1日8時間勤務を基本にしろということです。ベテランになればなるほど、『言いたいことは分かるけど、それじゃ現場は回っていかないよ』と言われます。しかし若い人のなかには、理解してくれる人もいます」
――若い先生のほうが現状の働き方に疑問を持っている人が多いのでしょうか。
「教員の仕事を多忙なものにしてしまったのは、我々の世代です。だから、一度増やした仕事を自分たちで減らすことはできないと思っています。我々がすべきなのは、ルールを元に戻しておくことです。働く時間をきちんと管理し、長く働いたら残業代を支払うというルールです。そこから先は若い世代に託します」
「定時で帰るのを基本とした上で、残業してでも必要な仕事があるのか話し合うべきです。今ある仕事をすべてこなすのではなく、若い人が納得したものだけ選んで取り組めばいいと思います」
――裁判を起こしたとはいえ、制度を変えるのは大変なことでしょうね。
「いまはさいたま地裁で審理されていますが、私としては最高裁まで闘うつもりです。そうすれば、あと3年くらい裁判を通じてこの問題をアピールすることができますよね。皆さんに考えるきっかけを提供できるわけです。裁判の勝ち負けよりも、世の中に問題提起することが大事だと考えています」
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