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私だけの「かわいい」着ぐるみにあった 挫折、コンプレックスの先に
「いま、自分が楽しい」ーー。挫折やコンプレックスとともに、女性がそう言える理由とは。
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「いま、自分が楽しい」ーー。挫折やコンプレックスとともに、女性がそう言える理由とは。
女の子は「お手本」に出会うのが早い。ファッション雑誌を見ながら、友人に「これ、かわいいよね」と言われると、例えひっかかりがあったとしても、「うん、かわいい」と言ってみる。そして、自分の目を「お手本」に合わせていくーー。
「身長140cmの私はダンサーになれない」。そう思っていたちびたさんは、着ぐるみの中の人「スーツアクター」の道を見つけた。今はお気に入りの服や自作のコスチューム、そしてお面をつけてイベントに出る。コンプレックスに悩み向き合い、そして自分だけの「かわいい」に出会うまでの道のりを聞いた。
身長165cmの記者が近付くと、完全に見下ろす形になった。140cm、とても小柄な女性が、待ち合わせ場所に現れた。
ちびたさんは、キャラクターの着ぐるみの「中の人」として働くかたわら、個人としてはドールタイプと呼ばれる人型に近い着ぐるみを着て活動している。
二重の目にシャープなあご。パステルカラーをあしらった服装に、メルヘンなモチーフのアクセサリーがとても似合っていた。「服装も、雰囲気も、とってもかわいらしいですね」と言うと、「いえ、全然そんなことないです」。ちびたさんは、顔をそらしながら控えめに答えた。
日常会話でよくあるやりとりではあるのだが、なんとなくその様子が、少し気になった。
どうしてちびたさんは、仕事でもプライベートでも、「着ぐるみ」とともに生きているのか。
話を聞くと、ちびたさんのこれまでは、「かわいい」にとらわれ、「かわいい」に救われてきた。
ちびたさんの幼い頃の夢は、ダンサーになること。3歳頃からバレエを習い続けてきたが、テーマパークでダンサーの姿を見てから、それが「なりたい仕事」になった。
「昔から私は恥ずかしがり屋で、人前に出るのが苦手でした。バレエの発表会も、いつも恥ずかしさでいっぱい。でも、ダンサーさんがパフォーマンスで、周りの人たちを笑顔にしているのを見て、『私もこうなりたい』って思ったんです」
そんな思いを抱いていた中学生のとき、あることに気がついた。身長が伸びないのだ。
「私って小さいのかもな、くらいにしか思ってなかったんですけどね」。そうちびたさんは振り返る。
しかし、高校選びをきっかけに、将来を考えるころ、ダンサーの職業について調べてみることにした。当時見たテーマパークの募集要項にあったのは、身長160cm以上という条件。他の会社を探しても、「155cm以上」という条件より低いものは見つからなかった。その理由は衣装のサイズや、全体としての統一感。
そこで、自分がダンサーとして採用されることは非常に難しいと知った。
「ああ、私はなれないんだって思いました。あきらめなきゃいけないんだって」。ちびたさんは、そこで夢を手放した。
話す小柄なちびたさんが、更に小さく見えた。
それでも踊ることが好きだったちびたさんは、バレエは「趣味」にすることにした。「将来の夢を考えるのはやめよう」、そんなことを考えていたとき、エネルギーの向き先になったのがアニメだった。
もとも幼い頃からセーラームーンが大好きで、同じ趣味の友人ができたことも、ちびたさんに大きな影響を与えた。
好きが高じて、高校生になる頃には、イベントでアニメキャラクターのコスプレするようになっていた。扮するのは、決まって身長の低いキャラクター。自分の身長を活かし、大好きなアニメを自分で表現できる。学校とは別に、年齢の異なる人たちと関わることで、自分の世界も広がったという。
そして、「『かわいい』と言ってもらえるのがうれしかったんです」とちびたさんは話す。
「というのも、小さい頃から、自分の見た目にまったく自信がなくって……」
そう打ち明けたのは、話しはじめてしばらく経ってからだった。
特に、自分の顔がずっとコンプレックスだったという。誰かに言われたわけではないが、周囲の友だちの目や鼻と比べて、「私はかわいくない」と思い続けていた。
コスプレのイベントで「かわいい」と言われても、どれだけ楽しい時間を過ごしても、学校に戻ると違う「物差し」が待っている。中心的存在の女子グループに「オタク」と呼ばれ、コンプレックスを背負い込む。この世界の「かわいい」は、私のことではないーー。
「だんだんコスプレの『かわいい』はこの身長だから、サイズが小さいから言ってもらえるんだなって思うようになったんです。言われても、素直に受け取れないというか……」
一重のまぶたが気に入らず、アイプチは欠かせない。修学旅行では、誰よりも早く起きて、誰にも見られないようにまぶたを二重にした。
長年のクセがつき、今ではアイプチがなくても二重まぶただが、顔のむくみで一重になるときがある。そんなとき、「昔に戻っちゃうかもと思うと、ぞっとする」という。
ちびたさんの着ぐるみとの出会いは、ひょんなきっかけだった。
大人になり、アニメショップのレジでアルバイトを始めると、時々、キャンペーンで着ぐるみがやってきた。アルバイトやスタッフが中に入って、お客さんの対応をするためのもの。しかし、ある日は違った。
普段着ぐるみを担当しているスタッフが、「かがんでいないと入れなくてつらい」という。そこで白羽の矢が立ったのが、身長の低いちびたさんだった。実際に着てみると、サイズはぴったり。周囲の同僚たちも驚くほどだった。
動き方の知識は全くなかったが、店頭に立つと、お客さんが集まってきた。握手をしたり、一緒に写真を撮ったり、たくさんの人たちに囲まれた。
「『かわいい』『かわいい』って言ってもらえて、みんな笑顔なんです。『なんだこの気持ちいい感じは!?』と思って。これまで感じてきた『かわいい』って言われるうれしさを、はるかに上回ってきたんです」
今までどうしても避けがちだった「かわいい」を、不思議と素直に受け止めることができた。その理由を、ちびたさんは「お客さんには私の顔が見えないから、安心感があったんだと思います」。
これがきっかけとなり、スーツアクターの魅力を知ったちびたさん。テーマパークのマスコットキャラクターを演じるスタッフに応募した。
面接で「身長が低いんですが……」と言うと、「むしろ身長が低い人を求めていた」と受け入れられた。キャラクターのイメージを壊さないために、小さくつくられている着ぐるみもあるためだ。中学生の自分が想像していなかったところに、テーマパークへの入り口があった。
スーツアクターになるには、最近では専門学校などに通うケースが多い。初心者だったちびたさんは、一から研修で学び、実践で技術を身につけてきた。それでも、ダンスだけは得意。それは、趣味になってもバレエを続けてきた基礎があったから。
「あの頃は、着ぐるみの『中の人』の仕事を知らなかったけど、バレエをやっていてよかったと思いました」
身長で諦めてしまった夢だったが、積み重ねてきたことすべてが、報われた気がした。
それから7年近く、ちびたさんはスーツアクターの仕事を続けている。しかし、どうしても自分への自信にはつながらなかったという。
着ぐるみで登場すると、子どもも大人も喜んでくれる。数え切れない人たちから「かわいい」と言われる。それが当たり前になればなるほど、自分へのコンプレックスが際立ってしまう。
「お客さんから『かわいい』と言われてうれしいのですが、『これはキャラクターだから、私はかわいくないんだから』と言い聞かせてしまう自分もいるんです」
お客さんの期待に応えることへのプレッシャーもあいまって、「かわいい」という言葉に窮屈さも感じ始めていた。
ずっと追い求めている「かわいい」。でも、自分がなりたい「かわいい」ってなんだろうーー。
そんなとき、人気の女児向けアニメのキャラクターショーを見た。もともとパステルカラーやファンシーな雰囲気が好きなちびたさん。仕事として「やってみたい」と思った半面、やはり身長が足りず難しい。そんなとき、ふと気付いた。
「そっか、個人でやればいいのか」
そこから、ちびたさんの行動は早かった。
オリジナルの着ぐるみの「お面」を調べると、「これだ」と思えるものがあった。それが、ドールタイプと呼ばれる着ぐるみ。フルフェイスのようなお面をかぶり、体は肌の色に合わせたタイツの上に、洋服を着る。アニメの女の子のキャラクターを彷彿とさせつつも、健康的でポップな顔立ちのお面。
購入しようと思ったが、普段仕事で身につけている着ぐるみより体のラインが出ることが気になり、ダイエットを決意した。これまで何度やっても長続きしなかったというダイエットだが、運動と食事制限で半年で8kgほど痩せた。「お面」に寄せて、自分をつくっていった。
「かわいい=痩せている、とは思わないんですけど」と、ちびたさんは強調する。
「このお面が似合う姿ってなんだろうと思ったら、痩せた方がより理想に近いと思ったんです。でも結果的に、そのためにダイエットを頑張れたっていうのは、自分にとっても自信につながりました」
体重を絞って「お迎え」したオーダーメイドのお面。恐る恐るかぶってみると、うれしさがあふれた。
「まぎれもなく『かわいい』って思いました。それも、私だけの『かわいい』なんです!」
思えば、いつも誰かの「かわいい」に合わせようとしていた。クラスメイト、アニメ、マスコットキャラクター……。周囲の物差しと比べながら、それに合っていない自分を卑下していた。
自分が決める、自分だけの「かわいい」がやっと見つかった。
イベントやSNSで、自分の着ぐるみを披露するちびたさん。周囲からも「かわいい」と声をかけてもらえた。ちびたさんは「心の中で『そうでしょ!』って思っています」とにやり。
「自分でコーディネートして、自分が着る。自分で選んだものを『かわいい』って言ってもらえることが、すごく嬉しいってわかりました」
ちびたさんの笑顔がはじける。
オーダーメイドとはいえ、もちろん生身の体ではない。スーツアクターの時に感じたキャラクターと自分のギャップ、お面でもそれを感じることはもうないのだろうか?
質問をぶつけると、「うーん、そうかもしれないですねえ」と少し考えるちびたさん。
「でも、だとしても『もっとかわいくなれるかもしれない』っていうワクワクだと思います」
「自分の顔にはまだ自信はないですよ。それでも、これまで『私なんて』『かわいくならなきゃ』ってネガティブだったのが、『もっとかわいくなるにはどんなことができるだろう』ってポジティブになれてるかな」
「いま、自分が楽しいんです。『かわいい』をすごく自由に感じています」
◇
ちびたさんの道のりを聞いて、私(筆者)には、高校生のときのある光景がよみがえった。横並びの手洗いで、友だちが「私、かわいくないよね」とつぶやく。「そんなことないて、かわいいよ」と言いながら、鏡に映った自分の顔を見る。私だって、かわいくない。「いつまでこんなことを続けなければいけないのだろうか」とため息が出た。
今思えば、周囲の流行りから飛び出して、自分だけの「かわいい」を選べる自信がなかったし、あったとしても周囲に受け入れてもらえなかったらと思うと怖かった。個性的な姿で活躍している若い世代の人たちを見ると、まぶしく、清々しい気持ちでいっぱいになる。
でも、画一的な「かわいい」に染まってきたことは、あながち損ではない。これから、どうやって表現していこうか、考える楽しみがあるのだから。とがってもよし、落ち着いてもよし。世の中に対して、ひときわ敏感に過ごした「基本」があるからこそ、見えるものがあるはずだ。
マスク/お面をかぶり、着ぐるみをまとう人たちがいる。その人たちが隠したいものは何なのか、そして得たものは何なのか。それぞれのバックグラウンドを通して、私たちの社会にある「生きづらさ」について考える。不定期配信。
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