お金と仕事
「○○の時代は終わった」って何で言う? 成功体験のしがみつき方
ウェブやSNSには「○○の時代は終わった」といったフレーズをよく見かけます。しかし、ベンチャー企業の社長でありながら、「なんでも否定する」風潮に違和感を感じた加藤公一レオさんは「過去の成功体験にしがみつけ!」と訴えます。「SNSで過激なことを言うのは1%の人間に過ぎない。99%の人間にとって大事なのは、先人の貴重な経験やノウハウです」。新入社員が仕事に不安を感じる時期、加藤さんに「過去の成功体験」への向き合い方を聞きました。
加藤さんは、ブラジル・サンパウロ生まれ、アメリカで育ち、三菱商事からアサツーディ・ケイ(ADK)など複数の広告会社を経て、ベンチャー企業「売れるネット広告社」を立ち上げました。
歴史ある大企業が経営不振になるなど、これまでの働き方が通用しない時代。そんな中、大企業もベンチャーも知っている立場から、あえて「過去の成功体験」の大切さを説く理由について、「ポジショントーク」への警戒があると言います。
「過去を捨てる、と言うと『なんとなくそれっぽく』聞こえてしまいます。とにかく目新しいものに興味・関心がある風に見せることで、自己満足な『イノベーター』風に見せているだけではないか、注意するべきです」
「なぜなら、新規事業など新しいことを広めたい人の中には、『過去の成功体験』を否定することで、イノベーションを起こした画期的・斬新的なサービスに見せたいだけ、というケースが少なくありません。私がいるIT業界、広告業界では、時代はSNS、コンテンツマーケティングなどと言って、新しいことだけに振り切ったサービス展開になりがちです」
では、なぜ「ポジショントーク」になりがちなメッセージがネット上で広まってしまうのでしょう? 社長として多くの就活生、新入社員を見てきた加藤さんは、そこに価値観の変化があると指摘します。
「強いメッセージに影響されてしまう人には、貧乏生活や恋愛の大失敗など、大きな不安を経験してこなかった傾向があると感じています。人生で言うと、プラスマイナスゼロの状態。モノがない人生がマイナスからのスタートだった時代には、生き方の指針が明確だった。それが今は、スマホで大抵のことは満足できてしまう。そんな状態で、伝え方が上手なインフルエンサーの言葉にいきなり出会うと、自分の考えがない状態で、影響を受けてしまうリスクがあります」
「でも、考えてほしいです。インフルエンサー、オピニオンリーダーと言われる人になれるのは、1%の人だけです。学歴を否定しても、実際に影響力を持っていることは否定できません。ネットが浸透した今こそ、99%の人にとって大事なことを、いま一度、見つめ直す時期だと思います」
変化の激しいネット業界で起業した加藤さんは、「過去の成功体験」を大事にした方が「圧倒的に近道」だと説きます。
「先人の貴重な経験・ノウハウをベースにマイナーチェンジした方が、有利なのは間違いありません。理由は簡単です。フルモデルチェンジを毎年するよりも、少しずつマイナーチェンジをしていったほうが、リスクが少ないからです。少しずつ改善をしていったら性能は確実に上がります。売り上げも極端に落ちることはありません」
加藤さんは、その典型例が車業界だと言います。
「最初はどの車も、新車として売りに出されます。メーカーは設計・開発段階から多くのテストを繰り返して実売にたどり着いていますが、購入者が実際に乗りはじめると『もっとこうして欲しい』『これがないと不便』などと言ったリクエストや、思いもよらなかった声がメーカーに寄せられます。これに基づいてニーズの調査・分析がなされ、マイナーチェンジされたものが、翌年に売り出されます」
「自動車に関わらず、世の中のほとんどのものは、少しずつマイナーチェンジしていくことで進化(効率化)しています。『サッカー日本代表』みたいなスポーツチームであれ、会社組織であれ、コンビニの陳列であれ、自動販売機の中身であれ、テレビ番組の編成であれ、女性の化粧であれ、ファッションであれ、少しずつ改善させていくというマイナーチェンジを繰り返しながら、世の中の様々なニーズに応える進化を続けているのです」
「だから、消費者もマイナーチェンジをされたものを好んで買います。それは、新しいという理由だけではありません。『この車の方が前よりも便利になった』と考えるからです」
加藤さんの本業であるネット広告においても、基本は、紙の時代のマイナーチェンジがベースになっているそうです。
「ネット広告の世界ではキーワードとして『A/Bテスト』というものがあります。ユーザーによって表示されるものをランダムに変えて、数字がいい方を採用するやり方です。これはマイナーチェンジに他なりません」
「通販サイトにある申し込みフォームには、郵送のDMやチラシから逆輸入したノウハウが使われています。現代のネット広告のトレンドとなる施策のほとんどが、ネットがなかった時代、オフラインでの成功体験を横展開しているのです。『過去の成功事例』 をキレイごとなしにパクって横展開してきたことで、ネット広告・ネット通販、そしてデジタルの業界は発展してきたのは間違いありません」
「○○の時代は終わった」論に動揺しないために必要なことは何か。加藤さんは「自分の考えを発信すること」だと説きます。
「実際にSNSに投稿しなくもいいんです。自分が今、何を考えているか伝えようとすれば、自然と頭の中が整理されます。インフルエンサーが発したメッセージを前にして、自分はどう思うのか。それはポジショントークじゃないのか。発信を前提に耳を傾けると、昔から大事にされてきた当たり前の考えに行き着くものです」
秒単位の改善が求められる業界にいるからこそ加藤さんは、先人の教えが身に染みる瞬間があるそうです。
「『○○の時代は終わった』という言葉・論調に惑わされ、新しいこと、フルモデルチェンジだけを求める『過去の成功体験』を否定する人たちにこそ、ふと立ち止まってもらいたい。実は、今あるもののほとんどが『過去の成功体験』の上に存在することに気付いてほしいです」
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