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#1 #父親のモヤモヤ

「仕事優先」は男らしさの刷り込み? 「父親のモヤモヤ」語ってみた

記者(左)と娘。公園ではいつも走り回っている(画像の一部を加工しています)
記者(左)と娘。公園ではいつも走り回っている(画像の一部を加工しています)

目次

#父親のモヤモヤ
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今日は「父の日」です。記者(38)は、同い年で共働きの妻、保育園に通う娘(3)と3人暮らし。父親として、家事や育児の分担をしていますが、仕事とのやりくりで「モヤモヤ」することもあります。その正体について、「男らしさ」を研究する専門家と考えました。

「子育てひとごと」に返す言葉が……

話を聞いたのは、「『男らしさ』の現象学試論」などの論文がある国学院大学准教授(哲学)の小手川正二郎さん(36)。論文では、仕事優先といった「男らしさ」の呪縛や、男性優位の社会で「父親」が生きづらさを訴えることにひそむ「自己欺瞞(ぎまん)」について触れています。「自分のモヤモヤを聞いてほしい」と小手川さんを訪ねました。

小手川正二郎(こてがわ・しょうじろう)1983年、東京生まれ。フランス哲学、現象学が専門。著書に『甦るレヴィナス』。論文に「『男らしさ』の現象学試論」など。「男らしさ」や「親子関係」をテーマにした講演もしている。
小手川正二郎(こてがわ・しょうじろう)
1983年、東京生まれ。フランス哲学、現象学が専門。著書に『甦るレヴィナス』。論文に「『男らしさ』の現象学試論」など。「男らしさ」や「親子関係」をテーマにした講演もしている。
daisan 最初に告白すると、2016年に娘が生まれた時、私は長時間労働が当たり前で、育児休業中の妻は「ワンオペ育児」状態でした。

当時は政治報道に携わっていて、政府の「働き方改革」や天皇陛下(現上皇さま)の退位をめぐる取材にのめり込んでいました。深夜に帰宅することも珍しくなかったですし、週末はしばしば国会議員の地元に同行取材をしていました。

関係者宅の前で話を聞く「夜回り」に行く前、いったん自宅に戻ってお風呂に入れたりごはんを食べさせたりしました。夜泣きをすれば、起きてミルクの準備をしました。

でも、仕事優先のスタイルは変えませんでした。妻は育休を取り、生活のすべてを子育てにあてていたにもかかわらずです。私が目を向けなかったすべてを、妻は担いました。「子育てをひとごとに考えていた」と言われても返す言葉がありません。
 
daisan そういう父親は多いでしょうね。まず私のことをお話しします。専門は、哲学の一つである現象学です。現象学は、私たちの経験に立ち戻って、その成り立ちや意味を考える学問です。
現象学者のボーボワールはフェミニズムにも影響を与えた『第二の性』(1949年)の中で、「男女平等を唱える男性でも、妻とけんかをすると『俺のおかげで食えている』と言ってしまう」というような指摘をしています。

自分もまた、妻にそういった類いのことを言ってしまったことがありました。隠したくなる自分の本音に向き合おうと思い、現象学で男らしさを考えるようになりました。
「『子育てをひとごとに考えていた』と言われても返す言葉がありません」と振り返る記者(写真はイメージ)
「『子育てをひとごとに考えていた』と言われても返す言葉がありません」と振り返る記者(写真はイメージ) 出典:pixta

「仕事優先」に男らしさの刷り込み

daisan 「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方は、だんだんと薄れてきてはいるものの、根強く残っていますね。

「男女共同参画社会に関する世論調査」(2016年)によると、こうした考え方ついて、「反対」と「どちらかといえば反対」の人は過半数を占めますが、「賛成」「どちらかといえば賛成」という人も約4割います。

また、「結婚・家族形成に関する意識調査」(2014年度)によると、結婚相手に求める条件(複数回答)として「(相手に)経済力があること」をあげた20~30代の女性は5割以上いましたが、男性では1割に届きませんでした。「男らしさ」とは、「仕事に打ち込むこと」「お金を稼ぐこと」と思われているようですね。
 
「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方についての調査
「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方についての調査 出典: 朝日新聞
daisan 一般に「仕事をしてお金を稼ぐ」も男らしさの一つとされています。今のお話にあった「仕事優先」を自明とすることは、男らしさが刷り込まれているとも言えます。

男らしさは、時代や地域によってさまざまです。「仕事をしてお金を稼ぐこと」のほか、「妻に威張り散らす」ことを男らしさと捉える人もいます。

ただ、男らしさには社会的に優劣があって、社会学者のコンネルは、先進国ではホワイトカラー、既婚者などは「覇権的な男らしさ」と位置づけられ、ブルーカラーやニート、独身者などは、対照的に「従属的な男らしさ」とされると指摘しています。

daisan 当時を振り返ると、むしろ「やれるだけのことはやっている」とすら、思い込んでいたように思います。

食事はあげましたが、いつから離乳食にするか、どう作るのかと調べ考えたのは妻でした。急に体調を崩して病院に付き添っても、網の目を縫うような予防接種のスケジュールを組み、実際に同行したのも妻でした。
 
予防接種の記録。妻がスケジュールを管理して同行した(画像の一部を加工しています)
予防接種の記録。妻がスケジュールを管理して同行した(画像の一部を加工しています)

染みついた「仕事優先」

daisan ある朝、出張から帰ると、感染症で何度も吐いた娘を夜通し看病した妻が、うなだれてカーペットに放心状態でへたり込んでいました。「もう限界……」。絞り出すような声に、自分を恥じました。

妻が職場復帰する時期に、私は時間のやりくりがしやすい部署に異動になりました。染みついた「仕事優先」の考えは、強力な形状記憶装置のようなものです。家事や育児時間の枠を先にはめないと太刀打ちできないと思い、均等に割り振りました。

保育園に行きだした当初、私が送り迎えを担当する1日のスケジュールは次のようなものでした。
 

当時のメモから書き起こしていますが、あまり記憶はありません。ただ、娘が好きだったNHK・Eテレの幼児向け番組「いないいないばあっ!」を録画して、早朝からぼんやりと見ていたことはよく覚えています。

仕事優先だった頃は、夜の勉強会に出たり、週末のシンポジウムに行ったり、知見を広げる機会にも恵まれました。それができないもどかしさに、干上がっていくような感覚もありました。上司に、さらなる働きを「期待」されると、応えられないことにほぞをかみました。
 
daisan 家事や育児を分担すると、仕事に割ける時間は少なくなります。一方、仕事の量で評価するスタイルは根強く残っています。

長く働けることが「使える」とされる。働き手自身もそう思い、評価を落とすのではないかと気にしてしまいがちです。ただ、妻から見れば、家事や育児を平等に分担するのは当然のことです。そこで、職場と家庭とで板挟みになって葛藤してしまうのだと思います。

早めの退社に申し訳なさ

daisan 「いないいないばあっ!」は今でも見ていますし、好きな番組ですが、オープニングソングを聞くと、つらい気持ちがよみがえります。妻も同じ感覚と聞いた時は驚きました。

娘がイヤイヤ期に突入すると、ごはんも着替えも、いつ爆発するのか、「黒ひげ危機一発」のような気持ちで接していました。会社にたどり着いた時にはヘトヘトで「落ち武者」のようだと自嘲したこともあります。慢性的に睡眠不足で、効率も上がりませんでした。

使える時間も限られます。それでも、夕方になれば保育園へのお迎えのため、帰り支度をせねばなりません。長時間労働が染みついた結果、どこかで働いた時間量で評価する自分もいるのでしょう。「こんなに早く帰って大丈夫だろうか」と不安になりました。

夜のニュース対応をする場合は、妻に相談してお迎えを代わってもらうなどしました。ただ、頻繁にはお願いできません。一方、私が抜けた分は上司や同僚がカバーすることになります。妻にも、職場にも、申し訳ない気持ちが募りました。
 
daisan 職場と家庭との葛藤は、家事や育児を担わされ続けてきた女性に顕著なものです。いわゆる「男女共同参画」では、家事も育児も仕事もすべてをこなす「スーパーウーマン」であることを求められがちです。

ただ、男性の場合は、仕事優先が当たり前という風潮が強い中で、定時で退社したり、仕事を途中で抜けたりすることに、より抵抗を感じるかもしれません
daisan 行き場のない気持ちからくるいら立ちは妻に向かいました。子どもの夕食を食べさせ、洗い物をすることを自ら買って出たのに、一休みする妻に腹を立てたこともありました。完全な独り相撲です。仕事を途中で切り上げて子どもを迎えに行き、自宅で遊んでいる時、「このままでよいのだろうか」と思う時がありました。

あるいはこんなこともあります。仕事でタスク管理する感覚を家庭に持ち込んでしまったのです。「睡眠時間を考えると、子どもを22時までには寝かせたい。そのためには、21時までにはお風呂に入り……」といった具合です。

仕事ならば、ある程度想定通りに進みます。しかし、子どもはそうはいきません。頭では分かっていたのですが、ついつい仕事と同じように考えてしまいました。もしかすると、仕事で果たせない達成感の代償として、そうした行動に出たのかもしれません。そして当然のように思い通りにいかず、いら立つ。悪循環でした。
 
自治体の健診では、子育てについて気持ちを顔文字で尋ねる項目がある。「ワンオペ育児」状態だった時、妻は5段階で下から2番目の「(><)」と回答したという。写真は、最近の気持ち。5段階で一番よく、ピースマークがついていた
自治体の健診では、子育てについて気持ちを顔文字で尋ねる項目がある。「ワンオペ育児」状態だった時、妻は5段階で下から2番目の「(><)」と回答したという。写真は、最近の気持ち。5段階で一番よく、ピースマークがついていた

モヤモヤ……うまく吐き出せず

daisan それでも、このモヤモヤは、うまく吐き出せていませんでした。

なぜでしょうか。ひとつに、「家事育児は平等にやる」と、自分に強く言い聞かせることで、むしろモヤモヤを抑え込み、認めないようにしていたのだと思います。当時を思い出すと、仕事が終わっても、家族の待つ自宅に足が向かない父親「フラリーマン」に対しては、反発する気持ちがありました。自分が肩ひじを張っているからこそ、「弱さ」を見せることに、羨望(せんぼう)がない交ぜになった嫌悪感を抱いてしまったのかもしれません。

もう一つに女性が置かれた状況との比較がありました。私のモヤモヤは、出産後に重要な仕事を任されず、キャリアアップに影響の出る「マミートラック」に悩む女性と似通った面もあるかもしれません。しかしながら、家事育児を半分担っただけの私の葛藤など、ワンオペ育児や負担の偏重に苦しむ多くの女性と比べて取るに足らないものであるという自覚もまた、ありました。

さらに言えば、性被害を告発した「#MeToo」運動によって、大学入試の点数操作、モラルハラスメントを含む家庭内暴力(DV)など、多くは女性が「被害者」となる差別や暴力にあらためて光りが当たりました。これらの背景には男性優位の社会構造があることを考えると、男性側がモヤモヤを語ることには躊躇(ちゅうちょ)しました。
 
「男性側がモヤモヤを語ることには躊躇する」と語る記者(写真はイメージです)
「男性側がモヤモヤを語ることには躊躇する」と語る記者(写真はイメージです) 出典:pixta

葛藤を語る場が必要

daisan 男性は、二つの自己欺瞞に陥りがちです。つまりは、偽りにどこか気がつきながら正当化しているのです。
一つは女性によるお膳立ての話です。家事や育児の多くを女性が担っていることに象徴されるように、男性は、社会で活躍しやすいよう、女性たちのサポートを受けている場合が多いです。にもかかわらず、成果をあげた場合は、彼女たちのサポートと切り離して考えることが往々にしてあります。

私は大学で職を得た時、「コネもなく自分で手に入れた」と誇りました。実際には、家事のほとんどを担い、英語の発表や論文の添削もしてくれた妻の支えがありました。

二つ目は、「男らしさを自分に強いる」という形で、自分で自分に縄をかけていることにうっすら気づいているのに、「妻が」「社会が」と他者から求められているように振る舞ってしまいがちだということです。自分への期待を他者のまなざしのなかに投影してしまっているのです。

もちろん、「男なんだから泣かないの」と子どもの頃から言われるなど、社会に求められるものもあります。それでも、自分は社会の被害者だと主張するだけでは何も始まりませんね。

どれだけ家事や育児をやっているんだとイクメンの競い合いをするのではなく、家事育児と仕事の間の葛藤を葛藤として、語っていく場が必要だと思います。その上で、仕事優先だった価値観の軸が、少しずつ家事や育児にうつってきたというなら、そこで感じたことを言語化して職場や社会で共有していくことも大切ですね。
daisan私も今、娘のイヤイヤ期が落ち着いてきました。少しの余裕が出てきたこともあって、自らのモヤモヤと向き合い、言語化することができるようになりました。

同時に、もしかしたらこうした気持ちを抱いている父親がほかにもいるかと思い、可視化するきっかけになればとモヤモヤを語ることにしました。
 
daisan 父親のモヤモヤの中には、たんなる不平不満にとどまらないものが含まれていると思います。家事育児と職場の間で葛藤している父親たちは、「マミートラック」だけではなく、転勤でキャリアを断たれるのではないかという不安など、これまで女性が負ってきたことを追体験しているのかもしれません。

だとしたら、そうしたモヤモヤを言語化して問題化できれば、家事や育児や介護を過小評価してきた日本の職場や社会の評価基準を変えていくことにもつながるはずです。そうした積み重ねが社会に広がっていけば、大きな変化が生まれ、仕事と家庭とのバランスを保てる環境になるのだと思います。
公園で娘(右)と砂遊びをする記者。着替えや洗濯が頭をよぎり、ブランコなど別の遊具に「誘導」することも
公園で娘(右)と砂遊びをする記者。着替えや洗濯が頭をよぎり、ブランコなど別の遊具に「誘導」することも

#父親のモヤモヤ 聞かせてください

仕事と家庭とのバランスに葛藤を抱え、子育ての主体と見られず疎外感を覚える――。共働き世帯が増え、家事や育児を分かち合うようになり、「父親」もまた、このようにモヤモヤすることがあります。

一方、「ワンオペ育児」に「上から目線」と、家事や育児の大部分を担い、パートナーとのやりとりに不快感を覚えるのは、多くの場合「母親」です。父親のモヤモヤにぴんとこず、いら立つ人もいるでしょう。「父親がモヤモヤ?」と。

父親のモヤモヤは、多くの母親がこれまで直面した困難の追体験かもしれません。あるいは、父親に特有の事情があるかもしれません。いずれにしても、モヤモヤの裏には、往々にして、性別役割や働き方などの問題がひそんでいます。

それらを語り、変えようとすることは、誰にとっても生きやすい社会づくりにつながるはずです。語ることに躊躇しながらでも、#父親のモヤモヤ について考えていきたいと思います。

     ◇

記事の感想や体験談を募ります。連絡先を明記のうえ、メール(seikatsu@asahi.comメールする)、ファクス(03・5540・7354)、または郵便(〒104・8011=住所不要)で、朝日新聞文化くらし報道部「父親のモヤモヤ」係へお寄せください。

 

共働き世帯が増え、家事や育児を分かち合うようになり、「父親」もまた、モヤモヤすることがあります。それらを語り、変えようとすることは、誰にとっても生きやすい社会づくりにつながると思い、この企画は始まりました。あなたのモヤモヤ、聞かせてください。

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