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タイ拠点の振り込め詐欺、アジトにあった秘密マニュアル その手口は
3月下旬、タイ中部パタヤの高級住宅地で、「振り込め詐欺のアジト」が摘発されました。そこにいた日本人15人は遠くタイから日本に詐欺行為を働き、2カ月ほどで約2億円をだまし取っていたとみられています。このグループは5月、全員が日本に強制送還され、詐欺容疑で逮捕されました。タイ警察が押収した「マニュアル」には、相手の心理をもてあそぶ、だましの手口が詳細に書かれていました。(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)
タイ中部パタヤは、ビーチや歓楽街で有名。3月29日夜、その住宅地の一角に、警察や報道陣が集まりました。タイ警察が、日本人グループが振り込め詐欺をする「アジト」に強制捜査をかけたというのです。
日本では通常、事件現場は証拠保全、現場保存を理由に記者は近づかせてもらえないもの。発生直後から警察官が現場をがっちりガードし、黄色いテープで「規制線」をはることもあります。
それが、今回の現場では、さらっと門をくぐって家の中に入っても、現場にいる警察官は誰も何も言いません。それならと、アジトとされた部屋の中をじっくり見ることにしました。
広いガレージや屋外プールが備えられ、壁や床もきれいな一軒家。実は昨年建ったばかりといいます。
玄関を入るとすぐに広い部屋があり、警察官が写真を撮ったり、証拠品をビニール袋に入れたりしていました。記者が触ろうと思えば手に取れる状態で、「ずいぶん管理が緩いな」と驚かされます。
部屋には壁に沿って長机が置かれ、その上にノートパソコンや電話、メモ用紙などがありました。壁を見ると、タイ語や日本語で書かれたA4の紙がいろいろ貼られています。近づくと、表のようなものが。
「新規」「目標」「獲得」などの文字が並び、名前が書き込まれています。
取材すると、どれだけ被害者からだまし取ったかの額を書き込む、振り込め詐欺の「達成表」だったことがわかりました。
別の紙には、「毎週 水曜日、日曜日 床掃除 仕事場整理……」などとありました。
15人はほとんど外出せず、家事を当番制にしながらこの家でずっと過ごしていたようです。
部屋の奥に、男ばかりの集団が座っていました。マスクをしたり、すっぽりフードをかぶったりして顔を隠しています。実は、これが日本人グループだったのです。
日本では、記者が逮捕直後の容疑者と接触することはまずありません。これもまた貴重な機会。せっかくなので「ここで何をしていたんですか」「詐欺に関わっていたんですか」と尋ねてみましたが、何の返答もありません。
日本人グループが逮捕された容疑は「不法就労」です。振り込め詐欺ではありません。
実は、タイ警察は数日前、この住宅をグループに貸していたタイ人の不動産代理店の男性から、「不審な日本人がいる」と通報を受けていました。大量の電話機を購入していたことも明らかになりました。
3日様子を見て、タイ警察は強制捜査に乗り出すことに決めました。詐欺をしているかどうかの確証はない。ただ、アジトにいる日本人が旅行ビザで入国しているらしいことはつかんでいました。だから不法就労。え、詐欺行為が「就労」?
日本の警察の知人曰く、「この辺はタイ警察独特なんでしょう」。
日本人グループは捜査に対して話をせず、容疑についても「知らない」「わからない」などと繰り返したといいます。それでも日本の警察が詐欺容疑で逮捕できたのは、タイ警察が確固たる証拠をおさえていたからでした。
彼らの手法はこうです。
まず、日本にいる組織がはがきやメールなどで、「有料サイトを見た滞納金が高額になっている。この電話番号に連絡を」と被害者に知らせます。心配になった被害者が電話をした先が、パタヤの住宅でした。
インターネットを介するIP電話を使えば、「03」から始まる番号を海外でも受けることができるといいます。
東京理科大の宮部博史教授(情報工学)に聞いてみると、通常の電話は掛け手から受け手までつながっていますが、IP電話の場合、インターネット回線を経由します。そこでハッキング行為などがあれば、なりすましなどができるということでした。
掛ける方はまさかタイにつながっているなんて、知らないわけです。
証拠によると、グループは1月から活動をはじめていました。毎月「売り上げ」を計算していたらしく、身柄を拘束される3月下旬までのわずか3カ月足らずで、2億円をだましとっていたとみられています。被害者は200人以上にのぼります。
記者はこれまで、日本国内でもいくつかの「振り込め詐欺事件」を取材してきました。そのたびに、どうすれば防げるかを専門家らに聞いて記事に盛り込んできました。ただ、どうしても「なぜだまされてしまうんだろう」という思いが消えなかったのも事実です。
今回、タイ警察は多数の書類を証拠として取得。その中に、詳細な「詐欺マニュアル」がありました。そこには、細かく電話での手順が書かれ、時には手書きで「コツ」までも記入されていました。
まずは名乗ることから始まります。すぐ下に、「※名前、生年月日、スマホかガラケー、携帯電話番号の利用期間の確認」とあります。相手の個人情報を聞き出すわけです。
「覚えがない、登録していない」などと言われた場合には、
と、なにやら専門用語を出してたたみかけます。
身に覚えのない料金をなぜ払う人がいるのだろう?と思ったことはありませんか。マニュアルから、「あなたのせいではない」として安心させ、別の可能性を示す手法がわかります。
この後も相手を信じさせるような手が次々と繰り出されます。
つまり、今切ったら金払うことになるぞと脅しているわけです。
タイ警察が押収したマニュアルは、グループが実際に使っていたもの。手書きのメモまで書き込んであります。この部分にはご丁寧に、
と書かれていました。
被害者は「高額な料金を払わなければならないのか」と不安になるところです。ここで、詐欺師側は
「あなたがやったんじゃないなら返ってきますよ」と。なぜ95%かというと、
と。一体誰が調査するのか、謎です。手書きのメモでは
とだけ。ここで重要なのは、「返金」するということです。一度全額払うが戻ると信じさせ、その代わり多額の金をだましとろうとするわけです。もちろん、返金するなんてうそなわけですが……。
さて、ここでマニュアルには、「お話の途中ですが、アクセス解析の結果が出ました」とあります。これが本当なら、ずいぶんあっという間に解析できるものだな、という話ではあります。
ここで意外にも、
と下手に出ます。疑ってすいませんでした、と。マニュアルには手書きで
とありました。ちゃっかりしてますね。そして、
と、支払いができるかを確認。
この部分には、手書きで
さて、今回のグループは、コンビニで買える電子マネーのギフトカードを使って支払いをさせていました。
これは、銀行振り込みだと口座凍結や、銀行で入金の際に発覚するおそれがあると考えられています。マニュアルでは、
と尋ね、コンビニでカードを買うよう指示します。すぐにコンビニでギフトカードを買わせるため、
と質問をし続けます。手書きのメモは
コンビニに行かせ、ギフトカードの番号を聞き出したら、最後のシメです。
と言います。家族に相談され、うそだとわかると捜査の起点になりかねないという不安からなのでしょうか。
今回の被害者は、多くが被害額30万円でした。一度に同じ枚数のギフトカードを買わせていたと考えられます。
さらにグループは、1人ずつ、被害者に「気が弱い」「いい人」などとメモして、被害者によっては複数回だましていたとみられています。
その際は同じ手口ではなく、「今後、ハッキングなどに合わないためにサイバー保険に入った方がいいと思われます」などの口上で、金をだまし取っていたようです。
特殊詐欺に詳しい鈴木護・岩手大准教授(社会心理学)に、マニュアルを分析してもらいました。
鈴木教授によると、「まず、自分から電話を掛けてきている時点で心理的にだまされやすい状況になっている」と指摘。マニュアルは、「相手の不安をかき立てる一方、『返金される』などと安心させるなど心理を操ろうとしている。巧妙だ」と話しました。
こういったマニュアルは、詐欺集団の間で売買され、より見つかりにくい海外での犯罪で使われているとみられています。鈴木教授は、「詐欺をなくす特効薬はない」としながらも、「詐欺をされる人が特別ではない。自分も対象になると考え、社会全体で防止策を考えるべきだ」と話してくれました。
記者も、まだ「自分が引っかかることはないだろう」などという気持ちがあります。ただ、今回取材して、その細かい「戦術」に、思わず、「相当うまい」と感じてしまいました。マニュアルはどんどん改定され、巧妙になっていく可能性があります。
人を信じる人がだまされやすいというのは非常に残念ですが、最後は「詐欺ではないか」と疑う自分次第なのかもしれないと思います。
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