連載
#23 コミチ漫画コラボ
まだ公衆電話が主流だった頃 修学旅行先で助けてくれた「おじさん」
「遅刻はよくない」よりも、心の通った学びがありました
作者の日々ひみつさんは北海道出身。18年ほど前、中学校の修学旅行で札幌や函館に行ったときの体験を漫画にしました。
漫画に登場するのは修学旅行の自由行動を終え、宿に戻る途中の女子中学生3人組。市電の中で腕時計を見ると、集合時間の19時まであと7分に迫っています。
「絶対間に合わないじゃん!」。スマホどころか携帯電話もさほど普及していなかった時代。慣れない土地で距離感がわからず、さらには道を間違えたこともあって、遅刻が確定してしまったようです。
修学旅行は時間厳守の旅です。「遅刻したらお説教…」と狼狽する中学生たち。外に公衆電話を見つけ、旅館にいる先生に連絡するという考えがよぎりますが、一刻も早く旅館に到着しなければという焦りで市電から降りられません。
「どうしよう…」と今にも泣きそうになっていると、後ろから「君たち」と呼びかける声が。うるさくて怒られると思った女の子たちがソロリと振り返ると、そこには会社員と思われる「おじさん」。
「これ、使うかい?」とおじさんが差し出したのは、PHSです。
「いいんですか!?」と驚く女の子たちですが、車内は通話禁止であることを思い出し、はっとします。運転手さんに「すみません、私たち修学旅行で…」と説明しようとすると、一部始終を聞いていたのでしょう、運転手さんは「電話していいよ、今回は特別ね」と目をつぶってくれたのでした。
おそるおそる先生に電話し、市電のみなさんにお礼を言って旅館までダッシュ。やはり集合時間には間に合わず、先生は般若のような面持ち。「修学旅行は社会を学ぶ場だ! 遅刻するなんてもってのほかだぞ!」と怒られてしまいます。
またしても泣きそうになる中学生たち。しかし、「でもな」と続ける先生。おだやかな表情で「遅れると連絡したのはいい判断だ」と語りかけます。
「助けてもらえてよかったな」と言って「お説教」は終了。中学生たちは「おじさまたちのおかげだね」と安堵するのでした。
作者の日々ひみつさんは、中学生のころの自分を「先生に言われたことは割とそつなくこなすタイプで、怒られ慣れてない子どもだった」といいます。
「だけど、修学旅行はなぜかいつもと違って、何かやらかしてしまうんです。漫画に描いたのは、そんな忘れられない思い出のひとつです」
札幌や函館は同じ北海道と言えど、日々ひみつさんにとってなじみのない街。「わからないことばかり、初めてづくしでした」
事前に班で自由行動のルートを決めていても、時間内で回るのは難しいプランを組んでしまっていたり、慣れない土地で道に迷ってしまったり……。想像以上に時間がかかってしまったといいます。そして遅刻に気づいたのが市電の中。
「もうみんなでどうしよう、どうしようって。どうしようもないんですけどね」
引率の先生からは、「集合時間は絶対に守るように」とかなり念を押されていたそうです。先生に怒られるかもしれないと思うと、頭の中が真っ白になったそうです。
そんな日々ひみつさんたちがとっさに考えたのが、「先生に遅刻を連絡しなければ」ということでした。
公衆電話を探してやきもきしている間に、そっとPHSを貸してくれたのが、たまたま市電に乗っていた「おじさん」だったのです。
日々ひみつさんは、このときを振り返って「すごくありがたかったです。知らない街で頼れる人もいなくて不安でいっぱいになっているところを、助けてくださったので。しかも、携帯の通話料が結構高かった時代ですよ…」。
「いざ私が大人になってみて思うのは、困っている人を見かけても、実際に声をかけるのはなかなか自然にできることじゃないということです。変な人だと思われないだろうか、偽善だと思われないだろうかという気持ちがめぐってしまって踏み出せない。だからこそあのおじさんはすごいと思います」
実際には市電には何人かのお客さんが乗っていたそうです。運転手さんと同じように、一部始終を見ていたのか、誰も怒らず見守ってくれていたといいます。それもありがたかったと日々ひみつさんは話します。
先生からは事前に「時間厳守」は強く言われていたのですが、遅刻したときの対処は特に指導されていなかったといいます。それでも、「連絡しなくてもいいんじゃない?という子はいなかったですね」。
旅館では、先生のお説教がありましたが、想像したよりも短く終わりました。それは、おじさんがPHSを貸してくれて、先生に連絡できたおかげです。
このときは「あまり怒られなくてよかった」という気持ちが強かったそうですが、今になって思うことがあるそうです。
「社会人としても、2歳の息子を育てている親としても、集合時間に連絡なく生徒が来ていなかったときの、先生たちの気持ちもわかるようになりました。生徒たちが心配ですし、探しに行かなきゃいけないかもしれない。そんなときに連絡が入っていたら、安心しますよね」
日々ひみつさんにとって、この出来事が印象深かったのはどうしてでしょうか。
「今回はただ単に私たちが時間厳守というルールを守れなかったんです。でも、それで先生に叱られて、『遅刻はよくない』と学ぶよりも、心の通ったものを学べたように思います」
確かに、「遅刻した君たちが悪い」と言うことはできます。しかし、通話料もそこそこするのに、見ず知らずの中学生にPHSを貸してくれたおじさんの勇気と優しさ。本当は車内は通話禁止だけど、見逃してくれた運転手さんや乗客のみなさん……。この中の1人でも、「ルールを守る方が大事だろう」と言っていたら、ちょっと違う展開が待っていたかもしれません。
「この体験があったから、困った人を見かけた時に、自分ができることの選択肢が増えたような気がします。ルールは大事だけど、ちょっと柔軟にとらえてみるだけで、ほっとする人がいるかもしれません。私も、いつかあのときのおじさんのように行動することができたら、と思います」
日々ひみつさんは、これまで趣味で漫画を描いてきたといいます。今も家事や子育ての合間を縫うなど、早朝や仕事が休みの日に続けています。今後は自身の経験や子育てを通して感じたことなどを発信していきたいと話しています。
「生活の合間に細々とやっているので、ほんの少しでも『いいな』と思ってもらえるだけでとても嬉しい」と遠慮がちに言う日々ひみつさんが印象的でした。
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